◎Tango 私のブエノスアイレス〜タンゴ紀行〜

■私のブエノスアイレス*11■

2018/12/13

 ブエノスアイレス、観光への興味はほとんどゼロ。

 タンゴでいっぱいいっぱいだと思っていたし、実際その通りだったけれど、シューズショップ以外にも、2つだけ行きたいところがあった。

 ひとつはブエノスアイレス最古のカフェ「Cafe Tortoni カフェ・トルトーニ」、そしてもうひとつが「Fueguia フエギア」だ。

 カフェ・トルトーニの話はまたあとで書くとして、フエギアのことを。

 

「Fueguia 1833」は「ブエノスアイレス発のフレグランスメゾン」、そう、香水のお店。

 調香師ジュリアン・ベデルは1978年ブエノスアイレス生まれ。とにかく多才。デザイナーや音楽家としての顔ももつ。

 その彼が愛する詩やタンゴ、彼の人生に影響を与えたパタゴニアの自然や文化からインスピレーションを得て、香水を創る。コレクションのタイトルにも彼の世界観が表現されていて、物語があって、詩があって、「知性にうったえかけるフレグランス」と呼ばれているのもわかる。一度知ってしまうと虜になってしまう、なんとも魅惑的な香水。それがフエギア……。

 1年半前くらいかな、ハーパーズ・バザーの編集者さんからフエギアのことを聞いたのは。

 彼女は、調香師ジュリアン・ペデルが「京都でお香体験」って記事を書いた。「とにかくただものではないひと、それにフエギアのフレグランス、路子さんぜーったい好きだから、一度行ってみて」と勧められていたのだ。

 彼女からあれだけ熱心に勧められたら行かないわけにはいかない。そんなわけで六本木のグランドハイアットにあるフエギアのブティックは訪れたことがあった。

 けれど私は、そのころ別の香水を買ったばかりだったので、購入はしなかった。

 ブエノスアイレスへの旅が決まったとき、わあ。フエギアに行こう、そこで気に入ったのをひとつ選ぼう、と楽しみにしていた。

 とはいえ、現在はブエノスよりもミラノのブティックがメインになっているみたいだから、それほど期待はしていなかった。

 5日目の午後、「Neo Tango ネオ・タンゴ」のあとフエギアを訪れた。

 ブティックの雰囲気は六本木とそっくり。店員さんの雰囲気はぜんぜん違う。六本木のほうが100倍くらいよかった。ほんとに、ねえ。ここまでにしておくけど。

 とにかく。

 フラスコがかぶせられた、フエギア・スタイルで香水がずらりと並ぶ。

 疲れていたし、早く済ませたくて(なんて、もったいないショッピングタイム)、私はお店の女性に、いつもつけている香水の名を言う。

 シャネルの「ココ」、「ガブリエル」、ゲランの「アンソランス」「モンゲラン」……。

 すると彼女は「ああ、じゃあ、このあたりね」と指さした。

 私はそのなかから、ひとつを選んだ。それほど迷わなかった。一緒に行ってくれたお友だちが、「似合う」と言ってくれたし、もう、ほんとうにクタクタだったし、とにかく「ブエノスアイレスのフエギアで香水を買う」を実行したかったので、それを買うことにした。日本での価格は知っていた。けっして安価ではない。だから六本木でも買わなかったのよ。でも、ほら、ペソが、いまはね……、と期待していたのに、日本で買うのとあんまり変わらない価格だった。そうよね、天下のフエギアだもの。しかたないわ。しょんぼり。

 そんなかんじでのショッピングだったので、自分が買った香水にどんな物語があるのか知らなかった。

 香水は、もちろん、買った夜のミロンガからつけて、とってもとっても気に入っていたけれど。

 それで、帰国してからしばらく経って、つまり最近、リサーチした。その結果、知った物語も、香り同様、とってもとっても好みだった。

 

    私が選んだ香水の名は「Tinta Roja ティンタ・ロハ」。

 これ、タンゴの曲のタイトルからつけられていた。しかもこの曲、いつも聴いているじゃないの、トロイロのをプレイリストに入れているじゃないの。

 自分の頭の弱さを嘆くよりも喜びのほうが勝る。

 さきほどからずっとアニバル・トロイロとロベルト・ゴジェネチェの「ティンタ・ロハ」を永遠にリピートしてる。

 

「Tinta Roja」は赤いインク、という意味。作詞:カトゥロ・カスティージョ、作曲:セバスティアン・ピアニャ。

 私が感じとったイメージ、あくまでも。直訳翻訳から、スペイン語の単語調べたりしながら、感じとったイメージだけど、こんなかんじ。

***

 歌詞世界は、まるで一枚の絵画のようで。

 古びた灰色の壁にぶちまけられた赤いインク、いったいどんな形をしているのか。

 ブエノスアイレスの街角、ひとりの男がノスタルジーのなかにいる。
 明るい月あかりのもと、男の魂の一部がふらふらと過去を旅する。
 過去にはさまざまな色合いの「赤」がある。昔の恋、どくどく流れ出す自分の血の色は黒々とした赤、そして彼女の血の色の赤はどんな赤なのか。彼はふかく息をつく。彼女は「深紅の彼方」に去ってしまったと。グレーのブエノスアイレスの街角で。

***

 こんど、「Tinta Roja ティンタ・ロハ」をつけて「Tinta Roja ティンタ・ロハ」を、ちょっとノスタルジックに、深紅の彼方に去ってしまうイメージで踊ってみようかな。ひたりすぎで不気味かな。

 さて。

 この「Tinta Roja」、「美しくも悪戯に魔力を持つ香り」(よいでしょう?)とされていて、おもに、Vanilla、Tuberose、Gardenia、が調合されている。

 「Tuberose チューベローズ!」(注:まぎらわしいけどローズ、バラとは関係ありません)

 これに反応するのは当然。いつだったか、花言葉を調べたとき、チューベローズのがいいな、って記憶の片隅にあったから。

  チューベローズの花言葉。 いくつかあるけど、たとえば。

「危険な関係」。これは長ーい茎の先に、2輪ずつ咲く花が男女をイメージさせることからきているみたい。

 もうひとつ。

「危険な楽しみ」。この花の最大の武器はその芳香で、夜になるとその芳香は強さを増す。そこからきている花言葉。

 中国では、夜に香りが増すことから「夜来香(イエライシャン)」「晩玉香(ワンユイシャン)」なんて呼ばれている。

 そして日本でもこのチューベローズ、「月下香」の別名をもつ。

 

 んもう。

 すべてが好みっ。

 疲労のなか、かなり雑に選んでしまった気もするけれど、私、自分にいま言いたい。よくやったわ、私、えらいっ。

 

 しかしながら、5日目の夕刻、フエギア後、私は悲惨な状態になってしまう。

 夜には大っ好きな「La Juan D'Arienzo」のライブがあるというのに。

 そう。

「私、今夜は行けない」

 お友だちに伝えたとき、私は本気だった。

(<12>につづく)

 

おまけ:トロイロとゴジェネチェの「ティンタ・ロハ」。

 

(2018.11.3)

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