★絶筆美術館4:モディリアーニ『自画像』
自画像を描かない画家の絶筆は『自画像』だった。
胸がぎゅっとなるほどに弱くて薄い自画像だった。
この自画像は私に三十年も前の祖父の葬儀、遺影を思い出させる。
祖父は八十一歳で亡くなった。なるべく最近の写真を使おうということになって、数か月前のなにかのお祝いの席での写真が使われた。とてもにこやかな笑顔だったが、かなしいほどに弱々しくて薄かった。
写真がピンボケだったとかそういうわけではない。くっきりと映っていた。なのに、弱い。薄い。それはもう存在が、としか言いようがなかった。半分魂がいってしまっているような。
伯母が「もうこのときには死を知っていたのかもしれないね」と誰に言うともなしにつぶやいた。
祖父は写真を撮ってからのちに突然倒れたのだから、知っていたのかどうか、それはわからないけれど、モディリアーニは死を予感していた。
厳密には、最後の未完の作品はほかにある。イーゼルに残されていた友人の肖像画だ。けれど、私は『自画像』をモディリアーニの芸術的絶筆と見る。
彼はこれが最後になるかもしれない、いやきっとそうなるだろう、と覚悟して描いた。
問題は、なぜそのとき、最後の作品に、はじめての自画像を描いたのか、ということだ。
私は絵画の世界に興味をもち始めた二十五年くらい前からずっとモディリアーニのファンで、彼の破滅的な人生に異様なまでに引き寄せられ、後追い自殺をした恋人ジャンヌ・エビュテルヌの悲劇に心を大きく動かされてきた。
あとになって、私が夢中になった物語には後世のひとたちによる悲劇の脚色がずいぶんとなされていたようだと知ったけれど、それでも基本的な事実は変わらない。
モディリアーニは三十五歳で病死、ジャンヌはその二日後にアパルトマンから身を投げた。妊娠八か月だった。二歳の娘が残された。脚色なし、事実だけでもじゅうぶんに悲劇的だ。
とにかく私の興味はジャンヌとの関係に集中し、絶筆について深く考えるということはしてこなかった。
人生がめぐり、私のなかでもさまざまな変化があり、そしていま、絶筆をテーマにして好きな画家たちを眺めたとき、モディリアーニの絶筆は自画像だった、という事実を前に、私は愕然とした。
え、なぜ、そんなに大切なことを素通りしてきたのだろう。
大好きな画家の自画像だ、知らないはずはない。けれど私は、ただ眺めていただけで、見つめてはいなかった。
そう、見つめてはいなかったのだ。だから、見えなかった。
あらためて、絵を見つめる。古い画集の絵を、見つめる。
画家の、知っている限りの人生を思い浮かべて、そして人生の最後、キャンバスに向かう画家に寄り添う。できるだけ深く寄り添う。
そして私は見たのだ。いや、画家の想いを見たように、思った。
涙が出てきた。そこで見たものは私のモディリアーニへの愛をさらに募らせた。