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◆小説「タンゴ、カタルシス」9:エル・ウラカン、ハリケーンの夜

2020/09/16

 

9:エル・ウラカン、ハリケーンの夜

 

■八月×日

 軽井沢に来て私は、いままでの人生に欠けていたものをまざまざと見せつけられている気がする。タンゴは別格として。

 ひとつは料理。

 料理上手の女性がこんなに魅力的だなんて、知らなかった。料理本を出すような女性に惹かれたことはない。私の好みではないだけの話だと思っていたが、出会ったことがないだけだったのだ。私が編集者だったらアンナのレシピ本を出したいと思う。

 疲れていないときのアンナは、そう、最近のアンナは伏せっていることが多い、だから手伝う誰かが必要だったのだ、とわかってきたのだが、元気なときのアンナは冷蔵庫にあるものだけで、私の舌をとろけさせるような料理を作った。たとえばフレッシュトマトとニンニクのパスタ、たとえばカブと三つ葉とつみれのお雑煮、たとえばクスクスと南瓜のラタトゥイユ。私はこれまでの人生、それなりのレストランには行っているはずだが、すべてが私史上最高に美味しい。それを短時間で、鼻歌を歌いながらさささと作るのだから惚れてしまう。

 そんなアンナが作るサンドイッチがこのカフェのランチだった。テイクアウトもしているのだが、数が限られているため、行列ができる。ハイシーズン、別荘族の間では幻のサンドイッチと呼ばれているくらい。

 サンドイッチは、正確にはチョリパンと言う。チョリパンとはアルゼンチンのソウルフードのひとつで、粗挽きの大きなソーセージに「チミチョリ」という特性ソースをかけたサンドイッチ。本国ではさまざまな野菜などを自由にトッピングするらしいが、アンナは一種類だけしか作らなかった。 

 材料はなにひとつスーパーマーケットでは買わない。パンはアンナが焼く。これがもっちりとしていてやみつきになる。特製ソースもアンナのオリジナルで、レシピがないから作るたびに味が変わるのよ、と笑う。ビネガーやオイルの種類、量、香辛料もそのときどきの気分だから、と。

 パンに挟むのはソーセージとレタスとアメリトマトにチーズ、これがアンナのスタイルだったが、すべて知人の牧場や畑から購入していた。ソーセージにいたっては、時間だけはたっぷりある老夫婦を口説いて、試行錯誤を重ね、自家製ソーセージを完成させたという。

 これだけこだわっているサンドイッチを私は食べたことがなかった。はじめて口にしたときは、感激で目が潤むほどだった。何かを食べて、こんな感激を味わったことはない。料理とは無縁のような女性がつくる最高に美味しい食事というギャップもたまらなかった。

 私はこの体験で、料理が上手な女は色気から遠ざかる、という長年の偏見をあっさりと捨てた。そして、アンナの料理の様子をじっくりと見て研究、少しずつ料理というものに興味も抱いていった。

 アンナに美味しい料理の秘訣を聞いたときの話。にこにこと私を見ながら彼女は言った。

「タイミング」

 材料を入れるタイミング。どんなに合う食材も、そのタイミングがよくなければ、不味くなる。

「ひととの出会いみたい」

 私が言うとアンナはパプリカを刻む手を休めることなく言った。いつものように歌うように。

「そうね、出会いも、ね、いつ、何をするかも、ね」

 同じ人間でも、人生のどの場面で出会うのかで違ってくるし、そうか、いつ、何をするかも重要なのか。

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