★西洋絵画のスーパーモデル ブログ「言葉美術館」 路子倶楽部
★西洋絵画のスーパーモデル:1「リリス」*初回なので公開
■男の心臓(むね)にまきつき 息の根を止める一本の金髪■
連載をスタートするにあたって、はじめに私が敬愛する男性(大手出版社の雑誌編集長)の言葉を紹介したい。
いまでも私の心に強く残っている印象的な言葉。
「絵を観ている女性はたいへん美しい。絵を観るということ、それはパーフェクトな心のメイクなのです」
私のエッセイがあなたの「心のメイク」に、ささやかでも彩を添えられればと願う。
***
絵画に興味のないひとも「女の魅力」とか「美」「男女の色恋」には無関心ではいられないだろう。
この連載では西洋絵画のスーパーモデルとも言うべき女性たちを紹介しながら、それらを語っていこうと思う。
第1回は元祖ファム・ファタールの「リリス」。
ファム・ファタールというのはフランス語で、「宿命の女」という意味。
その美しさで男たちを誘惑し、男の運命を狂わせる、危険だけれどたまらなく魅惑的な女。
これに憧れを抱かないといったら、私の場合は嘘になる。自分がそういうタイプであるなしは関係なく、やはりどこかで「一生のうち一度くらいは、男にとってのファム・ファタールであってみたい」願望がある。
愛するひとがいて、そのひとに愛されることこそ最高の幸せ、と知ってはいても、自分のなかの「女の可能性」という生あたたかい生き物が、ファム・ファタールという美味なる果実に引き寄せられてしまう。そんな感覚。
さて、リリス。
彼女のイメージは、古来、画家たちの格好のテーマとなった。
彼女の虜になった男のひとりがロセッティ。彼の手によるこのリリスは、彼女の魅力があますことなく描かれていて、私はいつ観てもぞくりとしてしまう。
手鏡を手にうっとりと髪をくしけずる女性。
右上に描かれた白薔薇(純潔)で男を油断させつつも、彼女の本性はケシ(右下)と毒草ジキタリス(左上鏡台の上)にある。
彼女の本性……それは、死。
その証拠に鏡台上のハート型の容器(男の心臓)は、凄まじいまでの威力をもつ黄金の髪に脅かされている。
まさにロセッティがソネット「リリス」で唄った、「男の心臓(むね)にまきつき 息の根を止める一本の金髪」!
これを観るたびに、ファム・ファタール願望を心のすみっこに秘める私は「よし、今度こそ髪を伸ばそう!」などと短絡的なことを思うのだが、たしかにゆたかな髪には、どうしようもない力がある。
ぱさぱさの茶髪は論外だが、よく手入れされた艶やかな長い髪は、その存在、その動きだけで確実に女の強力な魅力の一部となる。
そう、思い出せば、私の髪が長かったころ、夏、裸の肩に髪がさらさらとふれる感覚はそれだけで私の気分を潤した。
それにしても、なんて美しいリリスの姿。
今夜はゆっくりとひとりの時間をつくり、シルクのナイティなどをはおって、ファム・ファタールをイメージしながら鏡に向かってみようか。
私が言いたいのは、「めざせ、ファム・ファタール」ではなく、こころのなかにそれを思い描く時間をもつということ。それはきっと、とびきり贅沢な美容液となる。
そういうことなのだ。
***
◆「リリス」伝説◆
ユダヤの伝説に登場する、イヴ以前のアダムの妻。
その美しさと淫蕩さでアダムを虜にするが、彼と同じく大地から生まれ、対等であったリリスはアダムから求められる従順さを拒絶。
性においても主導権を強情に主張したため、ついに、楽園を追われた。
しかしその後も彼女はアダムに執着、眠っている彼の上にまたがりその欲望を満たし、その行為で人類の災厄が地上に撒き散らされたという。(*女性上位はリリスが最初、とも)
女の権利を主張したリリスは世界最古のフェミニストと呼ばれることもある。
*絵のタイトル「レディ・リリス」
*画家:ダンテ・ガブリエル・ロセッティ(1828ー1882)
イギリス美術界の革新を目指して結成された「ラファエル前派」の中心的人物。伝説、神話、聖書をテーマにしたロマン主義的な作品が多い。
*1999年の記事です
***
◆現在の感想
リリス感覚、しばらく忘れていました。
これから私はリリスと名乗りたい、そんな気分です。
ロセッティには一時期、はまりました。彼のミューズ、リジーとジェーンに夢中になって。いろんな本でも書いています。
こちらをぜひ。「泣けるほどに美しい季節、たとえそれが短いときであっても」