▪️蓼科親湯温泉 小旅行と本と
家族3人、ドリームチーム夏の小旅行の記録。蓼科親湯温泉。3万冊の蔵書があるそうだよ、本好きにはたまらない宿だって。幹事である娘の父親が言っていたから楽しみに出かけた。
着いてウエルカムドリンクのシードルを飲みながら、ああ、ここ好きだな、とすぐに思ったのは、ロビーの壁面を埋めつくす本たちの風景が美しく、家具も好みで、造花ではあるけれど、ゴッホが描いた白薔薇に似た花、そして低く流れるシャンソンがすべて好みだったからだ。
そこは「みすずLounge & Bar」と名づけられた空間だった。みすず書房の社主が茅野市の出身で、その功績を讃えてつけられたという。HPには「珠玉の良本が揃う…」とうたってあった。
だから、そのなかに自分の本『シャネル哲学 ココ・シャネルという生き方』『それでもあなたは美しい オードリー・ヘップバーンという生き方』『あなたの繊細さが愛おしい マリリン・モンローという生き方』『エディット・ピアフという生き方』を見つけたときは、嬉しかった。絶版状態で私の本のなかでは売れていないピアフの本があるのは、シャンソンが流れていることとつながっているのだろうと思う。オーナーの好みが反映されている、たぶん。
出版社ブルーモーメントの本を3冊見つけたことに娘はもちろん喜びながらも「この3冊なんだね」と冷静になにかを分析していた。
部屋に案内される途中、圧倒的な風景を目にした。「岩波文庫の回廊」だ。片側にブルー、片側にピンクレッドの岩波文庫の壁がそそり立っていた。
岩波文庫の創業者は諏訪市の出身で、そのことを誇りに思って作ったスペースであることがパネルの説明にあった。この宿を作ったひとへの興味がまた募った。
回廊を抜けたところに小津安二郎のコーナーもあり、読みたかったエッセイ『僕はトウフ屋だからトウフしか作らない』を発見、滞在中に読んだ。
創業は大正十五年、けれど、料理にしてもサービスにしても、センスが光る。気になって調べてみたら、私が「好き」と思った宿をつくったのは4代目の栁澤幸輝さん。昔から読書が大好きで、同じように本好きなひとたちをメインターゲットにしようと決めて、自分の蔵書に加えて、数年かけて神保町などをめぐってさまざまな分野の古書を集めたという。そしていまは3万冊を超える蔵書に。
栁澤幸輝さん。お会いしたら会話がはずむだろうか。どうかな。
案内された部屋は「太宰治」ルーム。幹事の心遣いお金遣い。
午前中はハイキングっぽいことをしながらも、本に囲まれる快楽と美酒美食とドリームチームの愉快さを堪能した2泊3日だった。
このところ、なにかにふれては自分は歴史のなかの「大河の一滴」なんだな、という感覚をいだいているけれど、蓼科親湯温泉でも、そんな感覚をいだいた。
そして、このところ、あらゆる選択の結果がいまを作っているという、あたりまえのことを、いちいち再認識することが多いのだけれど、蓼科親湯温泉でも、そんな感覚をいだいた。
どちらも悪くない感覚で、穏やでさえある、そんな感覚だったから、目を閉じて微笑みたいような心持ちになった。