▪️トルコ旅行5日目「香水ショップの悲劇」を経てカッパドキア洞窟ホテルで軽井沢の家を想う
★10/30(水)5日目
新市街〜イスタンブール空港〜カッパドキア・ネヴシェヒル空港〜ギョレメの洞窟ホテル
▪️香水ショップの悲劇
いつものように礼拝の「アザーン」とともに目覚めた。
7時半すぎに、1番のり状態でレストランに入店し、ボスポラス海峡を眺めながらのんびり朝食ビュッフェを。
昨日もそうだけれど、この時間帯の空は、元気じゃない朝陽、夕陽の残照のような朝陽で色づいていてとても美しかった。
今日の私は出版社ブルーモーメントから刊行した『りんごちゃん』のリンゴちゃんが胸のところに3人いるワンピースを着た。
Yも前日りんごちゃんのデニムをはいていた。
「りんごちゃんをイスタンブールに連れてきたいって、そうなるよね、ほんと、かわいいものね」
私の赤いスーツケース、Yのブルーのスーツケースにもトップのところにりんごちゃんのシールが貼られている。すぐに見つけられる。
今日は新市街を昨日にひき続きぶらぶらして、それからカッパドキアに行くというスケジュール。
14:30イスタンブール発15:50カッパドキア着の飛行機。
国内線だから13時すぎに空港、ということは12時までは時間があるね。
どこ行こうね。
「ある人のサイトにあった、ぜったいおすすめの雑貨ショップでも行ってみようか。そのへんのお店とは違って、オーナーのセンスがあふれでているとても素敵なお店らしいよ」
提案した私にグーグルマップを見て「30分近く歩くようだけど、遠いけど、行きたい?」とひじょうに消極的なY。
じゃあ、どこに行く? カフェでまったりとか? 昨日たっぷりまったりしたよ。
そんな会話をしながらパッキングやら仕上げのメイクやらなんやらしていたときのことだ。
「え……」という、この「え」という文字を、点線、あるいは薄墨にしたいような、声とも言えないような、でもいちおう声、が耳に入った。
Yを見ると、昨日購入した香水の箱を手に、箱をぢっと見ている。
声をかけた私に「見て……」とYが箱を差し出す。「見て……」、これも「え」と同じデザインにしたいような、そんな声。
私は近寄ってYが差し出したものを見る。
Yが言う。「いま、つけようとしたら割れてた」
Yはまさに愕然、といった表情。ひとは思いもかけないものを見ると、悲鳴ではなく、消え入りそうな声しか出ないのか。
さてどうする。……って考えることではない。幸運なことにすぐに空港ではなく、3時間という時間が私たちにはあるではないか。
インスタグラムでお店がオープンしているのを確認して、ホテルのフロントにスーツケースを預けて、すぐに出かけた。チェックアウトのときに。「冷蔵庫の飲み物を飲みました?」と問われて「飲んでない」と言ったとき、すんなり受け入れてくれたことにほっとする。
なぜなら、フルーツを入れようとして昨夜気づいたのだけれど、冷蔵庫に、開封されたコカコーラの缶が入っていたからだ。どうでもいいようなことだけれど、私たちじゃないのに、飲んだ、ってされるのはすごく嫌だ。遅いとは思ったけど、昨夜証拠写真まで撮ってあるのだった。
さてさて。
新市街のメインストリートをちょっと急ぎ気味で歩く。25分くらいかな。香水のお店に到着。昨日のおじさまがいらっしゃる。覚えていてくれて「またきてくれてありがとう」と挨拶される。
Yが来た理由を説明して、香水の箱を差し出す。おじさまは困惑した表情で、でもとてもやさしいかんじで問う。
「これは、床に落としたりしたのではないですか?」
「いいえ、開封したら割れていたのです」
おじさまは香水瓶の割れ方、残っている香水の量などを、時間をかけて観察している。
「香水瓶を開けるときに、何か無理な力をかけませんでしたか?」
「いいえ、開ける前から割れていたので」
私はふたりのようすをじっと見つめる。振り返ってYが言う。「疑われているみたい」
私は頷く。でもちょっと考えてみれば当然だ。床に落とすかなんかして割っちゃって、「うそついて交換してもらおうっと」なんていうちゃっかりさんだっているだろう。
そして何も証拠はないのだ。「見て見て! 新しい香水を開封する瞬間だよ!」とかいう動画を撮っていれば別だけれど。撮っていない。
おじさんはやさしく言う。
「ボスに連絡するから待っていてくださいね」
そしてボスに電話。なにやら長くなっている。何を話しているのだろう。気になる。グーグル翻訳でトルコ語の音声を聞き取るけど、そうなんです、はい、そうです、わかりました、そうなんです…といったことしか聞き取れない。これ盗聴っていうのかな。でも録音していないし、大丈夫よね。
私は聞き取りをやめて、グーグル翻訳で日本語をトルコ語に変換しておじさまの電話が終わるのを待つ。
「朝起きて、香水をつけようと箱を開けたら瓶が割れていて、私たちはとても驚いて、とても残念な想いのなかにいるのです」
これを見せよう、とYに画面を見せると、うんうん、と頷く。
電話が終わった。おじさまが言う。
「ボスから折り返し電話があるので、あと2分待っていてくださいね」
あと2分。
これもよく聞いたな。レストランとかで、「あと2分待ってくださいね、すぐに持ってきます」みたいに。なぜ2分なんだろう。1分でも3分でもなくて。いま「トルコ あと2分」で検索してみたけど理由は見つからず。
そしてたいていは2分以上になっていた。ここでもそうだった。10分ちょっとは待ったんじゃないかと思う。ひじょうに居心地が悪い。
待っている間、昨日のようにおじさまと雑談などはしない。開店したてでほかのお客さんもいない。通りも人が少なかったからお客さんは入ってきてくれないだろう。しん……とした空気が流れるなかYと小声で会話する。
「だめだったらどうする?」「しょうがないよね」「でもきっと交換してくれるよ、ちゃんとしたお店のようだし」「そうだね」「リブロアリア(Yのコスメブランド)だったらどうする?」「交換だね」「だね」「もうこうなったら誠実エナジーを全身から出すしかないね」「なにそれ」「だってそれしかないよ」「この人は悪い人ではないね」「良い人でよかったね」「でも交換してくれなかったら悪い人に変身だね」「それな」
どっちがどっちでも成り立つ。ひそひそ、ひそひそ。
ようやく念願のボスからの電話があって、今度は短い会話で電話は切られて、おじさまは言った。
「だいじょうぶですよ、交換しましょう」
「ありがとうございます」
にっこり。
新品を戸棚から取り出したおじさまにYが言う。「開封して、中を確認していただけますか?」
そうよね、それは大事なこと。
おじさまは頷き、箱を開封し、華奢なクリスタルの香水瓶を取り出して、上のところの小さな蓋をくるくる回しながら開けた。
そしてそのようすを見せて「だいじょうぶですね?」と。
Yは頷いて「ありがとうございます」
そして、おじさまは蓋をくるくる回しながら箱に戻そうとした。けれど何やら時間がかかってる、あんなにくるくる回さないとダメなものなのかな。結局、最後はちょっとぐいっと押しこむかんじでおじさまは箱におさめた。
まさか蓋が閉まらない不良品だとは思わない。思う人がいる? いるのかな。私たちが甘いのだろうか。
蓋が閉まらない不良品だったとして。この状況で蓋が閉まらないものを渡す、ということをする人がいるなんて私たちの想像を超えていた。甘いのかな。甘いのだろう。
甘い私たちはそのまま箱を受け取って、お店を出たのだった。
よかったね、よかったよかった、交換できてよかった、今日という日はまさにこのために用意されていたようだ。新市街、残された時間の最高の活用だね…そんなことを言い合って喜んでいたのに。
後日談となるが、翌日、カッパドキアで香水をつけるために箱を開け「割れていない!」と言いながら瓶の蓋をくるくる回して開けて、手首と耳の後ろにちょいちょい、とつけたあと、香水の瓶を閉めようとしてYが言った。
「あれ、閉まらないんだけど」
私が代わりにやっても同じだった。ぐいっと押しこんでも、ぽん、てあがってきてしまう。何度やっても同じだった。
「やっぱり、あのとき、おじさまは、箱に無理やり瓶を押しこんだのね」「ちょっと無理やりっぽいとは思ったけどね。まさかと」「なぜだろう不思議だ」「新しい商品を開けてそれもダメってことになるのが嫌だったのかな」「ボスに怒られるとか」「いや怒るのおかしいって」「それにすぐわかることだよね」「旅行者だからかな」「わからない」……もう、何もわからない。
そしてその数時間後、カッパドキアの岩の間を歩いているときYが言った。耳の後ろ、見てくれない? 見たら赤くかぶれていた。痛くて痒くてたまらないんだけど。香水しかないね、香水にかぶれたんだね。100%ピュアオイルって言っていたのに。合わなかったのね。
泣きっ面に蜂とはまさにこのこと。
以上、前日に「これは後述」とした「香水ショップの悲劇」の物語でした。
▪️他人の「すてきなセンス」と「ときめき」と「シミット」
さて。
そんなことが翌日起こることを知るべくもなく、私たちは、私がネットで見つけた「オーナーのセンスがあふれでているとても素敵なお店」を目指した。香水瓶が割れる前は、ちょっと遠いんじゃない? と消極的だったYだけれど、これまた何かが引き寄せたかのように、香水のお店からすぐのところにあったのだ。
さあ、どんなお店かな! 期待して入ったのだけれど、ごくふつうのお土産屋さんだった。センスはひとによって異なる。そんなことをいつも言ったり書いたりしているけれど、またまた体感させていただいた。
すべてに一人称があるはずなのだ。「私はすてきだと思う」と誰かが言ったものが、私自身の「すてき」と一致することはひじょうに少ない。そんなことをうっかり忘れていた。旅先のせいにしよう。いつもなら、「それはあなたのセンス。私とはたぶん一致しない」とひねているのだから。
肩を落とす私にYが言う。
「よかったね。わざわざこのために30分歩いて来たら、その程度の落胆では済まなかったよきっと」
たしかにね。きっと、これは、よかった、って言ったほうがいい出来事なのよね。
それからスターバックスをのぞいた。「トルコのスタバのスイーツとかドリンクメニュー見たいから」とYが言ったから。Yがどこの国でもすることだった。
それから名前を忘れてしまったけど、トルコ発スタバっぽいカフェにも行った。
どっちに入ろうかな。
どっちでも同じようなものじゃない。なんて言ってはいけません。それは私の感覚。
私にはまるでない興味をもつYを私は、おもしろいなあ、と眺めていた。
Yのブランドは「ときめき」をたいせつにしている。
スイーツが並べられたウインドウを覗きこむYの横顔を見て思った。きっとこのひとは、驚くほど頻繁に海外旅行に出かけているけれど、各地で、そしてこのトルコでも、その国のひとの「ときめき」を感じとろうとしているのだろう。
だからこそ、なおさら、「ときめき」があったから、ちょっと高価だけれど購入した香水の瓶が割れているというのは、とてもとても残念なことなのだろう。
Yはどちらか少し迷って、スタバではなく、トルコ発スタバっぽいカフェを選び、そこでちょっと時間を過ごしてから私たちはホテルへの道を歩いた。
「あ、プレッツェルがある。ずっと食べたかったプレッツェル。誰かさんがきもちが悪くなったとき、プレッツェルを買って帰ろうと思ったのに、そのあたりを探しに行くのもできない、って拒否られたプレッツエル」
Yがイヒヒ、という口調で言う。
悪かったわよ。どうぞどうぞ買ってください。
けれど、Yはいくつものプレッツェルの屋台を、ここはダメ、ここもだ、と言って通り過ぎる。「なぜだめ?」と問うと「チーズかヌテラを塗ってもらいたいのに、なぜかどの屋台にもプレーンしかない」と言う。
ここで「プレーンでいいじゃん」なんて言ってはいけません。こだわりが違うのだから。Yが納得できるものをぜひ食していただきたい。
ホテルが近づいて来てYに焦りが見え始めたころ、「あった!」と声が。「あ! でもチーズがない! ヌテラでいっか」
すごくいいと思うよ、と私は言った。
「ヌテラ(ココアパウダーとヘーゼルナッツが入ったスプレッド)を塗ってください」とYは嬉しそうにプレッツェルをオーダーしている。
これも焼き栗などと並ぶイスタンブール名物で、「シミット」という。堅めの食感、ほんのり塩味、たくさんの胡麻が美味しいパン。
「よかった。思い残すことが一つ減って」
Yは嬉しそうにヌテラたっぷりのシミットをモグモグしながら、私は「ヌテラがなければ二口くらはいけたのだが」とか言いながらホテルに到着。
YがUberでタクシーを呼ぶ。背の高いタイプのならいいね。と言っていたら到着したのは、それどころではない、とても大きなゴージャスな車だった。
なんて運がいいんだ、と喜びながら乗りこんだ。
しばらくしたとき、iPhoneを見ていたYが言った。
「やらかした。間違えた。近くにいるタクシーをUberにすすめられて、早い方がいいからそれにしたんだけど、すっごく高い車だった」
どんまい、としか言いようがありません。どんまい。快適だし。
イスタンブール空港に着いて、順調に搭乗して、1時間ちょっとでカッパドキアに到着。
▪️カッパドキアの洞窟ホテルで軽井沢の家を想う
機内から見えたカッパドキア、ネヴシェヒル空港はガソリンスタンドみたいに見えた。小さな空港だった。
送迎を予約していたので、これもすんなり。大きなバンに乗りこむ。もちろん天井に黒い点々がないか確認ののち。
1泊だけの予定のカッパドキア。目的は広大なる自然観光でも気球でもなく、「洞窟ホテル」だった。
Yは「トルコに行くならぜひともカッパドキアの洞窟ホテルに泊まりたい」と言っていた。理由は何かで見てとても魅力的だったから。……え。それだけっていけない? ……いいえ。
私は映画『雪の轍』で魅せられていたから。
「カッパドキアの風景の美しさと濃密な物語。感嘆せずに はいられない、圧倒的な3時間16分!」というキャッチコピーにあるように、たいへん長い映画。洞窟ホテルを舞台に繰り広げられる複数の男女の濃密な愛憎劇、会話劇。濃くてたまらない映画だった。2014年カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞している。
こんなホテルがあるんだ、と「いつか泊まれたらいいな」と思っていた。
そもそも洞窟ってなにかこう、閉塞感があって、太古の歴史エナジーがあって、そしてとてもあやしいかんじがする。
宿泊したのはカッパドキアの中心地ギョレメにあるCappadocia Cave Suites。
洞窟っぽいホテルではなく、本物の洞窟をホテルにしている。
チェックインして、スーツケースはあとで運ぶよ、と言われスタッフの男性に部屋まで案内されたのだけど、洞窟なものだから、あっちこっち岩の階段を登ったり降りたりまた登ったり左に曲がって右に曲がって……。
これは迷うよ。私はヘンゼルとグレーテルのように何かを落としながら歩きたかった。食べ物ではだめね。猫に食べられちゃうから。
眼下に素晴らしい景色が広がっているというのにくだらないことを考えながら、岩を歩いて部屋に到着。
扉を開けたとたん、わあ、と声が出る。と同時に、とてもとても懐かしい空気につつまれた。
カッパドキアの気温はイスタンブールより10度以上低い。外はひんやりとしている。なのに、部屋のなかは、なんて暖かいのだろう。床暖房がとてもよく効いていて、スリッパを履くのがもったいないくらい。
いかにも洞窟、ってかんじのフォルムの壁や天井に囲まれている。大きなバスタブが部屋の奥にどーん、とあって、こちらはトイレと洗面ね、こっちにも何か部屋がある……、と扉を開けて大感動した。
だって、そこは広々としたハマム(トルコ式浴場)だったのだから。ハマムって、サウナと岩盤浴がミックスされたみたいなかんじね。
まさかここでハマムを体験できるなんて。
嬉しかったのは、旧市街で予定していた「ヒュッレム妃のハマム体験」をキャンセルしていたからだ。それは旧市街にあり、混雑シーズンの新市街から旧市街移動をなめていた旅行前に予約していたのだ。けれど、くるくるセマーのときにその大変さを思い知ったから、そして体力のことも考えて、夜に新市街から旧市街へ移動してハマム、を諦めたのだった。
一度、泣く泣く諦めたものが目の前に差し出されていた。ほんとうに嬉しかった。
事前にちゃんとホテルの設備詳細を見ていれば知っていて当然なのだろうが、ちゃんと見ていなかった。だからこその感動。
だとすれば、前もってあれこれ知っていることが良いとは限らない。
インターネットですべてを事前に知ることができて、どこに行くにも口コミで大体のことが把握できるって、失敗が少なくて便利なんだろうけど、なにか根源的な旅の感動を失っているようにも思う。
あー。「オスマン帝国外伝」を私に熱烈に勧めてくれたMさんがここにいたなら、このハマムで「ごっこ遊び」ができたのになあ。
すごく好き、すごくここ好き、ずっといたい、と騒いで、それからロフトになっている2階のベッドスペースへ。
「ずっとキングってことになったね」
とYが言う。
どのホテルにもツインタイプ希望、と連絡はしていたのだが「あいにくキングベッドとなります」となっていたからだ。
旅行前「一つのベッドだと私は安眠が難しいなあ」とか言っていたのに、いまとなっては、なにそれ、となっている。中央に枕で堤防を作ってベッドの端っこでふたり、それぞれに、気を失ったかように眠っていたのだから。
美しいベッドカバーの上にごろりん、と横たわって、明日の予定などを話し合った。
しかし、ここちいい部屋だ。
食事出かける支度をしながらYが言った。「ねえ、この部屋って……」
「そうね、最初から感じてた」と私は言った。
Yがしみじみとした感じで言った。「軽井沢の家にそっくり」
▪️カッパドキア、ギョレメのブルーモーメント
寒いね、とコートの襟を合わせながら少し歩いてホテル近くのレストランへ。
シーシャもあるし、ここで食事をしましょう。
案内された席は、またまた絶景であった。
夜が始まろうとしていた。
メニューを眺める目を止めて空を見る。見上げるのではない。視線の先に空が広がっている。深く青い空が。
まさにブルーモーメント。
うっとりと見つめる。
ブルーモーメント。4年前にYが立ち上げた出版社。いまではここからコスメブランド「リブロアリア」も生まれている。
「帰ったらすぐに新刊の執筆をお願いしますよー」とYが言う。
「現実だね。でも早く書き始めたい。ほんとだよ」と私。
いまもこの旅行記を書きながら、最初に決めた1週間以内にこの旅行記を終えて次の原稿の執筆にとりかかりたいと思っているのだ。ほんとうです。
トルコ、カッパドキアのブルーモーメントを眺めながら、自分のなかに「書きたい」という欲望があることが嬉しかった。
ブルーモーメントの最新作である『私を救った言葉たち』が好評で版を重ねている。読者さんからのお便りも多い作品となった。次もがんばりたい。
さて、何にしようか。とメニューに目を移して、失敗のないように、野菜と豆中心の前菜とラビオリをオーダー。私はいつものトルコビール、エフェスとシーシャを。
寒そうにしていたらお店のスタッフが火を焚いてくれた。穴のあいたドラム缶みたいなものを運んできて、その中に、梱包なんかに使うぷちぷちのビニールとかダンボールとかをがんがん入れている。原始なかんじがしてよい。けれど、ダンボールはよいとしてもビニールは悪い煙が出るんじゃなかったっけ。まあ、いいか。暖かいし。
私たちのテーブル担当の女性は、たぶんYよりも若いかんじの女の子で、とても好ましい雰囲気だった。彼女とすこし会話をした。彼女は私たちの名を聞き、私たちも彼女の名を聞いた。それから会話が始まった。
名前から始める。これ、私の好みです。
彼女は「アー・ユー・シスターズ?」とお決まりの感じでは聞かなかったけれど、遠慮がちに姉妹ですか、と尋ねた。おやこです、と言うと、「えー、見えなーい」という反応ではなく「おさない顔立ちなので姉妹のように見えますね」と言った。だから私は暗いところを好むのだ。暗いところでは細部が見えないもんね。
Yが「嬉しいお言葉ですねー」とからかうように笑っている。いくらでも笑ってよい。その通りなのだから。
あれこれと気を使ってくれて、かわいくて、あまりにも好ましいひとだったので3人で記念撮影までしてしまった。こんなことはそうないことだ。
彼女はいったいどんな人生を歩んでいるのだろう。カッパドキア出身なのだろうか。それともどこからかこの地にやってきたのだろうか。何かしたいことがあってお金をためるために働いているのだろうか、それともこの仕事を愛しているのだろうか。どんなことが好きなのだろう、本は読むのかな、映画は観るのかな、恋しているのかな……。
想像はどこまでもふくらんで、カッパドキアのこのレストランを舞台にした、彼女がヒロインの短編小説が書けそうだった。
そう思ったとき、ああ、こういうのも久しぶりだな、と思った。
この旅行、何かが私に刺激を与えているようだ。それが具体的にどういうことになるのか、これを書いているいまもわからないけれど、悪くはない感覚だった。
お料理も美味しくて、心地よいレストランで、暗くなってからもイルミネーションが美しく、カッパドキアの一夜を私たちは堪能した。
部屋に戻ると、Yが吸いこまれるようにベッドへ。寝かせてあげたいけれど、そうはいかない。
「おふろに入ってからのほうがいいよ。明日は気球を見るために5時半に起きないとなんだから」
小さな獣のような声をあげてYが、それでも部屋のなかに置かれたジャクジーつきのバスタブのほうが勝ったようで、ごそごそと起きる。
そう、明日は5時半に目覚ましをかけた。旅行中目覚ましをかけたのははじめてだった。
そしてこの夜も泥のような眠りに。明日は旅行最終日。1日だけのカッパドキア観光だ。
(続く)