◆香り立つものを尊重する
2017/02/08
好きな色彩、好きな音、好きな香りはなんだったのか、たしかめたくなって、ひさしぶりにアナイス・ニンにふれれば、たちまち、自分の居場所に戻ったかのような感覚にたゆたう。
ページのはしをたくさん折っているから、そうでなくても分厚い本が、さらに厚くなっている、アナイス・ニンの日記『インセスト』。
ページを適当に繰り、アナイスの声を聴く。
たとえばこんな声。
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肉と肉とが触れあうところで香水は香り立ち、言葉の摩擦は苦しみと分裂を引き起こす。
知性には干渉されず、殺されず、枯らされず、壊されず、かたちを創ること、感覚が持つ、たおやかな荘厳さを知ること。
それが、生きて、私が学んだこと。
その香り立つものを尊重することこそ私の芸術創作の掟だ。
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摩擦。摩擦は痛みも生むし、そしてうっとりするような香りも生む、ということか。
じっとして、自分を閉ざして、人と極力接っしないように注意深く生きれば、そこには痛みも少ないかもしれないけれど、よい香りもない。
私はしばしば、香りなんていらないから痛みのない生活がほしいっ、と閉じこもったりするけれど、アナイスは、だんぜん、香りを選んでいた。以前から思っているけれど、ほんとうに、しなやかな強さをもった女性なんだなあ、と思う。
アナイスのこと、いつか書きたいという想いをまた強くして、記念にアナイスのページをつくった。プリントアウトしていたものを書きうつしたのだけれど、よく探せばもっとあるかもしれない。もっと書いていたような気がする。アナイスのことを想うと、軽井沢での日々を思い出す。アナイスが暮らしたパリ郊外のルヴシエンヌの家。そして私が暮らした軽井沢の家。重ねて、アナイスを真似して、「美しい牢獄」なんて呼んでいた。牢獄から出て、年月が経てばまた印象は違ってくる。アナイスはルヴシエンヌを出てから、ルヴシエンヌでの日々をどんなふうに振り返ったのだろうか。それが知りたい。