◆腕の痛みと「相場は1千万」
2016/10/30
踏んでもらいたいんです。
なにもかも、どうでもよくなってしまいます。
気のせいか家事をしているときが一番つらいです。
すべてを他人のせいにして生きたくなります。
月に一度の割合でそれは起こります。
……これらは先日、整形外科の先生に言ったこと。
右の腕が一本、痛いだけで、いろんなことに支障が、なんてなまぬるいものではなく、こんなに精神が壊滅状態に。
昔から思っていはいたけれど、なんて、なんて逆境に弱いのだろう私は。ほれぼれする。
ひと月前は肘部なんとか症候群。先日は胸郭出口なんとか症候群。だと思います、という診断。
たいしたものではない。ただ、痛いときは、ごめんなさい!もう悪いことはしませんから、あんなことこんなことも、しませんから、神様許してください!
ってくらいに、だるくて痛くて自分の腕じゃないみたいになる。
それで、先日もあまりに痛いから病院に行ったのだけれど、人気の整形外科だから、待ち時間がけっこうあると前回知ったのに、私は原稿も文庫本も忘れてしまって、しかたなく病院にある雑誌を読むことにした。
健康に関するものが多く、そのなかに、なぜか、一年分くらいの「婦人公論」がどっさりとあった。
一番手前にあるものを手にとってぱらぱらとページを繰る。これ、とてもまじめな雑誌なんだろうけど、これを読むといつも暗澹たる気持ちになるのはなぜだろう、不思議だ。
でも、ひとつ面白いのを見つけた。瀬戸内寂聴のエッセイで、たしか夏くらいの号だったから、芸能人の「不倫」で世間が盛り上がっていたときで、そのことにふれつつ、彼女ならではの考えが書かれていた。瀬戸内寂聴自身、「不倫」だろうとなんだろうと、恋愛のどろどろはまかせてねっ、って作家だから、安心して読める。正義感でいっぱいのエッセイは体に毒だから、私は注意深くそういうのを避けて生きているのだ。
瀬戸内寂聴は、本をいっぱい読むよりも真剣な恋を一度したほうが人生が深く味わえる、どんな恋でもしてごらんなさいな、と、いつもの寂聴節を披露し、エッセイをこう結んでいた。
「今の日本に姦通罪はない。しかし、相手のつれあいに訴えられたら慰謝料はとられることを知っておくことだ。相場は一千万円。覚悟はあるか」
な……なんてわかりやすいのだろう!
私は、ちょっと感動してしまった。
「慰謝料」ということにすごく興味のあるときがあって、もう10年以上も前に色々と調べて、物語を書こうとしたこともある。
だって、面白いなあ、と思ったから。夫が出張に行ったらなるべく帰ってきてほしくないとか、生命保険があるから早く死んでほしいとか、そんなふうに思っている妻であっても、相手の女性に「慰謝料」を請求できるって、とっても興味深かったから。
でも、調べ始めて、判例集とかも読んでいたら、具合が悪くなってしまった。ほんとうに、嘔吐とかそういうふうに具合が悪くなった。あまりにも、あまりにも、もういっかい、あまりにもっ! 醜いものがそこにあったから。
身がもたない、ほかのことを書こう、と私は「慰謝料」から離れた。
だから先日は久しぶりに「慰謝料」にふれたように思ったのだった。
世の中には「不倫」というものをしている人がたくさんいるようだ。いや、いるのだろう。
私は一時期「不倫」という言葉が嫌いで、それは恋愛ということを大切にするあまりだったのだけれど、だから敢えて「婚外恋愛」なんて言葉も使っていたけれど、いまは「不倫」は「不倫」でいいじゃない、と思っている。社会には決まりってものがあって、それからはみ出そうとしたら、それなりに覚悟しなくちゃいけない。「不倫」なんて言葉イヤっ、とか言っている場合ではない。
そう思うようになったからだ。
いま、結婚をしている人と恋愛関係にある人たちに、「相場は1千万円、半年後(ひと月でも3カ月でもいいんだけど)にはそれを支払って、関係を終わらせなければならない。それでもいまの関係を続けますか?」って聞いたら、ほとんどの人がやめるんじゃないかなあ。
そこまで「覚悟」をもって恋愛、いや、「不倫」をしている人って少ないんじゃないかなあ。
「奥さんはそんな、訴えたりするような人じゃないって、彼が言うの」って話も聞いたことがあるけど、何を根拠にしているのかわからない。そんな頼りない根拠にすがりついている人は覚悟のない人なのだと思う。
そういえば私、以前に「私、借金があるんです。1億くらいかな。10人の人たちから訴えられて、ええ、慰謝料で……」って言ったら本気にされたことがあって、生き方を反省したことがあった。
手が痛いのに、くだらないことを書いてしまったか。キーボード打つのはそんなに痛くないの。ペンとかお箸とか、そういうのが痛いの。
「先生、私、痛いと、さらにダメ人間になって、もはや公害と化すので、痛み止めをください」
って言ったら、
「痛み止めね。あんまり効かないんですよね。でも出しておきますね」
って優しく先生は微笑んだ。ダンディなくせにたくましい先生は、とっても優しく微笑んだ。
でも、先生、ほんとに効きません。
絵はホセ・デ・リベーラの改悛するマグダラのマリア。*絵はイメージです、本文とは関係ありませんふうなかんじで。