ブログ「言葉美術館」

■解放する愛 「シーシュポスの神話」カミュ■

2016/05/22

Si「ドン・ファンの生き方」の章を面白く読んだ。 「明るく悦びにあふれている」ドン・ファンと「悲哀に沈む人間」を比べている。悲哀に沈む理由は二つあり、「無知であるから」と「期待をいだいているから」。 たしかに、予告もなく訪れる悲哀に似たものは、この二つが要因かもしれない、と思う。 ドン・ファンの愛について、カミュはこんなふうに言う。 ドン・ファンは「解放する愛」をもって、女たちに接していた。この「解放する愛」の対極にあるのが、「大いなる愛」。 この大いなる愛に生きる人というのはこんな人。自分の個人としての生き方に完全に背を向けている。たとえば「母親」や「情熱的な女」。彼女たちはたった一つの対象だけを追い求め、結果、相手を食いつくしてしまう。 ここには完全な献身と自己の忘却があって、ドン・ファンはこういう愛を感動的だと知ってはいるが、重要ではないということもまた知っている。 ドン・ファンは自分に近づく人を「解放する」のと同じだけ自分自身を「解放する」ようなやり方で愛した人だった。 ……情熱的な女は、解放する愛とは無縁だというあたりが、ひどく気になった。

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