ブログ「言葉美術館」

■■サガンとサルトル、同じ誕生日のふたり■■

2016/05/22

511hfz54rflあなたは、夏になると活動的になるね、軽井沢の冬が好きだとか言って、毎年長い冬の間こもりモードになるけど、私は活動的な夏のあなたのほうが好きです。

と、知人に言われた。

冬のこもりモードがないと、まとまったものが書けないから、もしかしたら憧れの季節労働者に近づいているのかも! と意味不明なことを考える今日この頃の、眠る前の本はサガン、「私自身のための優しい回想」。

昨夜は、サルトルとのくだりを読んで、なんだかとても胸が熱くなった。

熱くなった後、ぐーっと眠ってしまったけれど。

サガンとサルトルの年齢差は30歳。

サガンは物ごころ……というより「作家ごころ」ついてからサルトルを敬愛していた。

サルトルが七十四歳の時、新聞にサルトルへの愛の手紙を発表。

ふたりはサルトルが亡くなるまでの一年間、とっても親密になり、10日に1度、と約束して夕食を共にしていた。

盲目となっていたサルトルは動作もかなりぎこちなかった。

周囲のひとたちはそんなサルトルについて「耄碌(もうろく)した」などと嘆いてみせたけれど、サガンはそんな人々を悲しみ、サルトルのすべてを愛した。

「私は彼の手をとって支えるのが好きだった、そして彼が私の精神を支えてくれるのが……」

「あの陽気な、勇気ある、そして男らしい声を聴き、彼の話題の自由闊達さに耳を傾けさえすればよかった」

ふたりの会話! どんなに魅力的だったことだろう!

想像しただけで胸が躍る。

ふたりの間にたしかに存在する敬愛の感情、出逢うべくして出逢ったという確信、言葉の一致、ともに過ごす時間に対する意識(どれだけ貴重なのか、痛いほどに感じているということ)、そういうものが夕食のテーブルの上に、あっただろうと私は想像する。

サルトルは1905621日に生まれた。

サガンは1935621日に生まれた。

こういう運命的な一致にサガンもサルトルもぞくりとしただろうけれど、サガンの愛読者の一人である私も、ぞくりとし、人と人との出逢いということに想いを泳がせる。

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