◆それだけのものをいま書いているんです
2017/05/27
よく眠れない。数時間で目が覚めてしまう。食欲もない。っていうか食に対して興味がいかない。しかたなく何かを体内に入れているというかんじ。たまーにこんなふうになる。大きな悩みや、原稿への集中で。たまーに。でも一定の体重をキープしておかないと、体調が悪くなるとわかっているから、気をつけないといけない。3キロ減ってた。これ以上はだめ。
仕事が目の前に、ほんと、山みたいになっている。イメージね、あくまでも。
いま書いている本が、かなり精神的にきついみたいで、それは「死」を扱っているからで、そして私はいつものことだけど、書いているそのひとに憑依したみたいになるから、こんなふうになっているのだと思う。
それでも、書けていればいい。問題ない。鶴の恩返しみたいなかんじで書くのはいつものことだ。
けれど昨夜、もうだめかもしれない……とかなり苦しくなってしまった。創作の苦しみなんて誰かと共有するものでないことはわかりきっているから、でも、どうしようもなくて、深夜、迷惑と知りつつ、お友達に愚痴のメッセージを送った。もう書けない、だめかもしれない、って。
そうしたらお友達は優しいから、だったらいったん離れて他の原稿を書けばいいよ、きっとまた、書ける時期がくるよ、無理はしないほうがいい、って返事をくれた。
ありがとう、って言いながら私、わかっていた。いま書かなかったら、私はもうこれを書くことはないだろう。だって2年前に放り投げたものへの再挑戦なのだから。
やはりほとんど眠れなくて、泣きながら目を覚まし、階下に降りると娘が出かける準備をしていた。
ああ、まったく家事に気がいかない、ここ乗り越えないと、って感じで。部屋、乱れてるね。
ぜんぜんオッケー。パウンドケーキつくってみたから食べてみて。我ながらおいしくできた、元気になるよ。コーヒーいれようか?
いや、午後のおやつにいただくよ、行ってらっしゃい。
私に似ていない明るい娘とそんなふうな会話をして、五時半起き+朝食+昼と夜のお弁当作り倶楽部が終わって、私はずいぶん創作に集中できるようになったんだなあ、だからがんばらないとだめじゃない、と自分に言い聞かせた。
それからコーヒーをいれて、ソファーで昨日からずっと聴いているサティを流しながら、少し考えて、編集者さんに電話をした。
つらいです。苦しいです。って泣き言を言った。15年以上のお付き合い。彼はこんな私に慣れている。
彼は私の泣き言をひと通り聞いたあと、こう言った。
「そんな想いをして、対象に感情移入し寄り添って、そんなに苦しんで、書いているんです。それは確実に読者に伝わるはずです。山口さんはそれだけのものをいま、書いているんです。」
たんたんとね、言うの。彼はいつも。
でも私は必死でその言葉を自分自身の中枢に刻みこんだ。確実に読者に伝わるはず、それだけのものを書いているんだ、って。この言葉を握りしめて書こうって思えた。
自分で決めたこと、勝負しようって決めたこと。いろんなことから逃避しまくりの人生でも、ここからは逃げちゃダメ。それだけはわかる。誰にでも、逃げてはいけないことがある。そのために、ほかのところで逃避をするの。そう思う。
ひとりでは何もできない。人とのかかわりのなかで、さまざまなものを生み出してゆく。それが生きるということ。だけど、すべての始まりである種子みたいなものは、自分自身で生み出さないといけない。そうでなければ、人とのかかわりあいがあろうとなかろうと、生まれるものなんて何もない。
それに書くことで私は、ぐらぐらのなか、なんとか立っていられるんだ、ってこともわかってる。