ブログ「言葉美術館」

■新川和江の美しくきよらかな悲しみ■

2016/06/28

110506_135501精神の安住を嫌い、本質的な問いを絶えず発し続けてこられました。詩人としても、人間としてみても新川和江の値打は、そこにありましょう」

新川和江詩集「私を束ねないで」の解説で引用されている茨木のり子の言葉。

ここの「精神の安住」「本質的な問い」「値打」、みっつの言葉で立ちどまった。

そして連休のある日の午後一時間、じっくりと一冊の詩集世界に入りこんだ。

詩人のまなざしと見たものを表現する言葉の強さ、たおやかさに胸をうたれた。

書きとめた箇所はいくつもある。

たとえば、季節的には合わないけれど「雪の朝」から。

***

こらえにこらえていたものならば 歓びではなく それは 悲しみであるのにちがいない

 

天のとつぜんの告白に 世界じゅうが しいんとなりをひそめている

 

わたしの悲しみも どれくらいこらえて こころの口を握りしめていたら 

 

このようにうつくしくなれるのだろう

 

このようにきよらかになれるのだろう

***

都会よりもたくさん雪を見る環境、軽井沢にいながら、10年間、私はこのように白い雪を眺めたことはなかった。

泣けてくる想いで今年はじめての雪は軽井沢で見たいと願った。

そうして、こらえにこらえていたものが、空から降り注ぐようすを、暖かな部屋で暖かな毛布にくるまって、静かに眺めていたい。

少しだけ窓を開けて。冷たい空気に頬なでられながら。軽井沢が恋しい。

「婚姻」のなかにも、新鮮な感動があった。

 

イヴのからだが アダムの肋(あば)ら骨で つくられたのなら

 

わたしはあなたの肋ら骨だ 

 

わたしのすべては あなたのものだ

 

百千のおとこの中から わたしが見つけた ふるさとあなた

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