ブログ「言葉美術館」

■新川和江の美しくきよらかな悲しみ■

2018/01/22

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「精神の安住を嫌い、本質的な問いを絶えず発し続けてこられました。詩人としても、人間としてみても新川和江の値打は、そこにありましょう」

  新川和江詩集「私を束ねないで」の解説で引用されている茨木のり子の言葉。

  ここの「精神の安住」「本質的な問い」「値打」、みっつの言葉で立ちどまった。

 そして連休のある日の午後一時間、じっくりと一冊の詩集世界に入りこんだ。

 詩人のまなざしと見たものを表現する言葉の強さ、たおやかさに胸をうたれた。

 書きとめた箇所はいくつもある。

  たとえば、季節的には合わないけれど「雪の朝」から。

 ***

 こらえにこらえていたものならば 歓びではなく それは 悲しみであるのにちがいない

 天のとつぜんの告白に 世界じゅうが しいんとなりをひそめている

 わたしの悲しみも どれくらいこらえて こころの口を握りしめていたら 

 このようにうつくしくなれるのだろう

 このようにきよらかになれるのだろう

 ***

  都会よりもたくさん雪を見る環境、軽井沢にいながら、10年間、私はこのように白い雪を眺めたことはなかった。

 泣けてくる想いで今年はじめての雪は軽井沢で見たいと願った。

  そうして、こらえにこらえていたものが、空から降り注ぐようすを、暖かな部屋で暖かな毛布にくるまって、静かに眺めていたい。

  少しだけ窓を開けて。冷たい空気に頬なでられながら。

  軽井沢が恋しい。

 

 「婚姻」のなかにも、新鮮な感動があった。

***

 イヴのからだが アダムの肋(あば)ら骨で つくられたのなら

 わたしはあなたの肋ら骨だ 

 わたしのすべては あなたのものだ

 百千のおとこの中から わたしが見つけた ふるさとあなた

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