◎Tango ブログ「言葉美術館」

■私のブエノスアイレス*8■

2018/11/01

 

 ブエノス4日目も、シルビアのレッスンで始まった。

 現地集合ということだったので、たまにはホテルのロビー・カフェで朝食をとろうと思ったら、その日に限って、何かのミーティングに使われていて、結局ルームサービスとなった。

 私はホテルの部屋で朝食をとるのが好み。だからご機嫌。昨夜のタンゴバルドの余韻のなか、今日は1日元気に過ごせそうだわ、と思ったのを覚えている。

 *写真は、歩いている途中、その色彩に目を奪われて、Buenos Aires ブエノスアイレス(美しい空気)って街の名前をふと思って撮った一枚。

***

 シルビアのレッスン3回目。

 ふりつけがあって、それを練習したのだけれど、私はこれがほんとうに苦手。次のステップが決まっていて、その次も決まっていて、となると、とたんに体が動かなくなる。次、何だっけ。覚えられない。だめだ。目を閉じてミロンガにいるつもりでリードに身をまかせちゃおう。女でよかった。男性はたいへん。覚えなくちゃいけないんだもの。

「タンゴに夢中になっちゃって」とタンゴを知らない人に言うと、よく返ってくるのが「あの、バラを口にくわえる……」(それはたぶんフラメンコ)、「すごい、脚、どこまであがるんですか!」(ぜんぜんあがりません)。

 フラメンコとの混同は別として、脚、どこまであがるのかという質問をする人がイメージしているのは「ステージタンゴ」で、とうぜん、私はそちらのではなく、いわゆる「サロンタンゴ」。

 どんなに年齢を重ねても踊れる。むしろ年齢を重ねている人のタンゴのほうが私は好き。

 相手にリードされて踊る、次は何、という形はない。即興といえば即興。そこがおもしろい。

 だから、ふりつけとは言っても、練習のためのふりつけに過ぎないのだけれど、それがほんとうに苦手。

 でも、いいの、と自分に言い聞かせる。

 <3>で書いたように、シルビアを感じていればいい。彼女は、今日も美しい。

 とはいえ、何度も、いいの、いいの、と自分に言い聞かせながらも、私はもうこの時点で、自分のタンゴに絶望していた。ぜんぜん、だめ。私はだめ。だめだめだめ。タンゴを、踊れていない。

 シルビアへの想いがある一方で、私にタンゴは無理、とも思う。じゃあなんでレッスンしているの? もうよくわからない。レッスン方面でも、私はぐちゃぐちゃになっていた。

 そして、このぐちゃぐちゃのゆくえは、ミロンガ恐怖症となってあらわれ始めていた。

 日本を発つ前から、先生から、さまざまなアドバイスや提案を受けていた。

 ……ミロンガ(タンゴのダンスクラブみたいなかんじ)で、たくさんの男性から誘われるように、女性たちは別のテーブルにいたほうがいいかもしれないですね。

 ……とにかく、「踊りたい」ってオーラを出すことが大事ですよ。

 はーい。

 私、ちゃんとよいこのお返事をして、楽しみにもしていたはずだったのに。

 そして、ブエノスでのはじめてのミロンガ以来、いくつかのミロンガで、何人かに誘われて踊ったりもした。たいていが年配の男性で、あたたかなリードで、嫌な想いもしていない。

 ミロンガでは、男性から女性を誘う、というのがルールとしてある。本来は「カベセオ」っていって、いわゆる視線の交換だけで、それをするみたい。

 男性が女性に視線で「踊りませんか?」とばちん、合図を送る。そのばちん、の視線を受けた女性は、その人と踊りたい場合は「うん、踊るー」の意味で軽く頷いたり、目を合わせたまま微笑んだりして、そこで合意が成立すると、ふたりは席を立ち、フロアで踊り始める。

 視線を送られても、「いやん」という場合は、さささ、と目をそらせばいい。

 ブエノスアイレスにはカベセオしかゆるしませんっ、的なミロンガもあるらしいけれど、私が行ったところは、みな、男性が誘いに来てくれた。日本と同じかんじだった。

 私はたしかにおかしくなっていたのだと思う。

 タンゴバルドの生演奏で、もうどうなってもいい、って思うほどの状況になりながらも、一方で、ミロンガ恐怖症?

 おかしい。

 でも、もうひとりの自分が、上から私を観察していて、囁く。

 あなた、何やってるの。タンゴって何なの、見知らぬ男女が体をぴったり密着させて、自分の世界に没入する姿を人前にさらす、っておかしいんじゃない? しかも、あなた、ぶざまよ、ぶざま。

 そんな声が聞こえてくるたびに、どーんと暗闇に落ちた。

 私、タンゴやめちゃうんじゃないかな、って思い始めていた。

 ほんとうに矛盾かつ意味不明なのだけれど、レッスンで、ライブで、タンゴの恍惚の海を泳ぎながらも、溺れかけているかんじ。いや、違う。溺れるのは海に入らなければならない。海に入るのを恐れているかんじ。だって泳げないんだもん、って。

「私、踊れない」。

 シルビアのレッスンでシルビアにうっとりしながらも、いや、だからこそなのか、「私、だめ。踊れない」状態になっていた。

 怖くなっていた。知らない人と踊るのが怖い。だから、お誘いを受けたとき断るのはぜんぜんオッケーだとわかってはいても、慣れないこともあり、誘われないに越したことはない、と視線を下に向けていた。

 一緒のお友だちたち&先生としか踊れないカラダ……いいえ、精神状態になってしまっていた。

 せっかくブエノスのミロンガに行って、なんというもったいないことを。

 と人は言うだろうか。

 でもいまも、疑問符がいっぱい。

 いろんな人と踊ることって、たいせつなことなのかな。タンゴ。

 

***

 この日はその後、ちょっとショッピングをしてホテルにもどった。

 みんながマクドナルドで「ブルーチーズバーガー」を堪能していたとき、私は隣のお店で指輪を買っていた。

 お店の人がとってもキュートで、日本語を話したがって、石の説明もていねいにしてくれて、かわいかったから、つい二つも買ったのだった。けっして高額ではない。

  

 

 そんなことはどうでもいい。

 この日のメインイベントは、夜のEsteban Morgado エステバン・モルガドの生演奏。

 しかも、プライヴェートライブ。

(<9>につづく)

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