◎Tango ブログ「言葉美術館」

■私のブエノスアイレス*14■

2018/11/24

 ブエノスアイレス最後のミロンガは「La Viruta Tango Club ラ・ヴィルータ」。

 先生から、ここは夜中の何時だったかな、ある時間から入場料がフリーになるので、お金のない若いダンサーたちが集まる、彼らと踊れるチャンスがある場、って聞いていた。

 でもすでに私は、<8>で書いたように、ミロンガ恐怖症、知らない人と踊れないカラダになってしまっていたので、どんな人が何時から集まろうと、意味はなかった。

 そういえば、日本にいるときから話に出ていた「タクシーダンサー」も、いつからか、すっかり消えていた。

 タクシーダンサーって、ようするに、お金を払って一緒にミロンガに行ってもらって踊ってもらう、そういうひと。

 ブエノスアイレスの素敵な男性にエスコートされてミロンガにあらわれる、っていうのもいいわね、せっかくだから経験しておこうかしらね、なんて、日本にいるころは、なんとなく思っていた。

 まったく、ちょっと考えてみればわかりそうなことなのにね。そんな余裕ないって。

 なにしろ、一緒に行ったグループの男性3名(先生含む)全員が「私の踊りたい人リスト」に名を連ねているのだから。なんて贅沢な環境……といまこれを書きながら思う。

 だから極限状態の身体と精神状態で、もはや「タクシーダンサー」に時間を割くことが、ありえなかった。それでいつしか私のなかから消滅していたのだった。さよならタクシーダンサー。

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 さて。

 その夜の「ラ・ヴィルータ」、Orquesta Tipica Misteriosa(オルケスタ・ティピカ・ミステリオサ)のライブを楽しみにしていた。Tipica(典型的な、いかにも) Misteriosa(神秘的、ミステリアス)ってバンドの名前も好きだったし。

 「Tu corazon あなたのたましい」とか「Mi dolor わたしの嘆き」とか、好きな曲があったし。でもバンドそのものに「大好きっ」って熱狂するほどではなかったから、その夜のミステリオサが響かなかったとしても、無理はないのかもしれない。

 「タンゴ・バルド」「エステバン・モルガド」「ラ・ファン・ダリエンソ」の3夜連続集中砲火によって、すでに丸焦げになっている私に、響かなかったとしても。

 それよりも(……なんて、ごめんねミステリオサ)、この夜、私ははじめての経験をした。

 デモンストレーションに、はじめて、心からの拍手を送ったの。初体験。

 ミロンガに行くと、たいてい、プロのダンサーのデモタイムがあって、それを楽しみにしている人もいるみたい。

 でも私は、どうもだめだった。胸をうたれることはなかった。

 デモを観るたびに、いつも頭に浮かんでしまう映像があって、それを邪魔しているのだと思う。

 タンゴじゃなくて、バレエなのだけれど。

 マイヤ・プリセツカヤの「瀕死の白鳥」。

 どうしても、この映像が離れなくて、タンゴのデモを観るたびに、浮かんでしまって。

 

 

……美しすぎて、絶句する、泣けてくる。たしかに死にゆく白鳥がいる。

 そしてなぜ、タンゴのデモを観るたびに、この映像が浮かんでしまうのか。

 邪魔よ、と手をぶるんぶるんとふっても、どうにもならない。仕事の合間にふと、好きなひとのふとした表情を思い浮かべてしまうことがコントロール不可であるように、白鳥を思い浮かべてしまうことはどうにもならない。

 プリセツカヤの瀕死の白鳥では不可能なもの。

 そう、タンゴじゃないとどうにも不可能なもの。

 ふたりで踊るタンゴに、それがないと、私はこころ動かされないのだと思う。

 どんなに柔らかな身体が、どんなにアクロバティックな動きを見せてくれようと、鍛えられた肉体がどんなに難しそうなステップを見せてくれようと、プリセツカヤの白鳥が邪魔をする。

 比較するものじゃないってわかってる。でも、これはもうタンゴを始めた最初のころからずっと、の現象。

 というわけで、その夜もまったく期待していなかった。

 あ。また、デモタイムね。くらいのかんじで、フロアを眺めていた。いやなきゃく。

 

 

 最初の曲だったか、2曲目だったか、忘れちゃったけど、そのペアの「Loca」(しかもタンゴ・バルドの!)が終わったとき、私、両の掌がしびれるくらいの拍手を送っていた。

 ロカ。この旅行記でもたびたび登場する、<7>にも書いた、私の先生のタンゴサロンの名前でもある、Loca。狂女、クレイジーな女。

 赤いラ・ヴィルータに、たしかに「Loca」がいた。胸うたれた。

 

 帰国して、お友だちからの情報で、そのペアのことを知った。

 Yanina Muzyka ヤニナ・ムシカとEmmanuel Angel Casal エマニュエル・アンヘル・カサル。

 夢中でネット検索して、いくつもの動画に見入って、やっぱり好き、と思う。

 なんだろう、胸がかきたてられる。つきぬけてしまっている何かを感じる。たとえば、コンテストの場でありながら、そう、緊張もしているだろうし、観客、審査員もいるというのに、そんなのを感じさせない、ふたりきりの世界がある。そこが好き。

 雑踏のなかで、周囲に人なんていないがごとくキスに溺れているふたり、みたいな。

 やっぱりクレイジーなのね、そういう人って。そういえば大昔、20歳くらいのときかな、街の雑踏のなかで恋人にキスをせまったこともあったな。あのころは、それができない人となんて一緒にいられなーい、くらいの感覚があった。いまだって、そういうのがなくなったわけじゃないけど、せまってはいません。

 「知性」ではなく「痴性」。私が好きなタンゴにはこの要素も必要なのかもしれない。そしてなにより、ふたりだけで完結する世界があるかどうか。

 そう考えると、ラ・ヴィルータ、ブエノスアイレス最後のミロンガ、踊りながら、私はなにかそれにちょっと近いものを感じとったのかもしれなかった。

(<15>最終回につづく)

 

★「ラヴィルータ」のフェイスブック9月23日の投稿に、このときの動画がちらりと。私たちの姿もちらりとあるの。

 *動画のアドレスはこちら。

★↓大好きになったペアの、これは2016年の「Loca」。タンゴ・バルド。

 

★↓こちらは2018年、今年の。曲はタンゴ・バルドの「El Puntazo エル・プンタソ」。

 

 

 El Puntazo エル・プンタソ、って刺し傷とか皮肉とか、いくつかの意味があるんだけど、私は「ちょっとした刺し傷」って勝手に訳してる。

 フリーダ・カーロの絵をいつも思い出すから。その絵のタイトルが「ちょっとした刺し傷」。(ちょっとショッキングだから小さめの画像にします)

 男が女を刺し殺した事件にインスパイアされて描いた絵。男は言った。「でもちょっと刺しただけなんだ」、男はちょっと刺しただけ、という意識だとしても、女にとっては致命的な傷となる、そういうことがある、ってことを表現した絵。

★フリーダ・カーロも、彼女はアルゼンチンじゃなくてメキシコの画家なんだけど、タンゴについて考えていると、ときおり出てくる。そういえば、伝記映画の中でも、タンゴを踊るシーンがあるな。ブエノスから話はそれるけれど。というわけでフリーダ・カーロの記事をひとつ。

◆そして私は二度と戻りたくない

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