ブログ「言葉美術館」

■バンコク(のホテル)滞在記*1

2019/06/15

 

 5月22日から6月2日、バンコクでときを過ごしてきた。

 その滞在記を綴ろうと思う。

 でも、ほとんどをホテルの部屋で過ごし、観光はゼロなので、「バンコク滞在記」とは言えないな、と思ったので、「バンコク(のホテル)滞在記」にした。あまり面白くないと思う。「私のブエノスアイレス」とはまるで違う。でもこの11日間で考えたこと、出逢ったことのなかに、きっとなんらかの意味はあると信じたい、なあ。

 

■私、なぜ、ここにいるの?■

 

 5月22日(水)1日目

 タイ。バンコク。ドンムアン空港行きの機内で、いったい何度繰り返したことだろう。

「私、なにやってんだろ。なぜ、ここにいるんだろ」

 ほんとに日本をでちゃったのね。

 いつも飛行機は通路側の席にするのだけど、離陸し、地上からじょじょに遠ざかっていゆく景色を見たくて、窓際の席を選んだ。

 すこしでも、「これは現実よ」と自分に言い聞かせたくて。

 でも、シートベルト着用サインが消えても、ぜんぜん現実味がなかった。

 いったいなにやっているんだか。

 

■バンコクにした理由

「ここではないどこかへ」

「ひとりきりになりたい」

「それがいましたいことなら、すればいい」

 そんな想いがとつじょとして身体の内側からぐわん、と沸き起こったのは、GWが始まる前くらいだった。

 5月6日、GWが終わるのを待って、すぐにどこかへ、と思ったが、19日にコンサートのイベントがひかえていた。自分の体力を考えると、帰国直後にイベント、というのはどう考えても無理。コンサートが終わったあとね。

 行くとしたら、どこに行こう。

 ポイントその1:フライト時間があまり長くないところ。

 ポイントその2:安く行けるところ

 ポイントその3:興味がないところ

 興味のあるところへ出かけてしまったら、あちこち出歩きたくなってしまう。

「ここではないどこかへ」

「ひとりきりになりたい」

 は衝動的なものだった。

 その次に、「そうだ、〈ホテルに缶詰〉状態を自分で作って、書けるかどうかを確かめたい」という想いが加わった。

 書きたいと思っている物語があり、今年中に書き上げたいと思っているのに、日々のあれこれのなか、集中できずに、このままでは「今年もかけなかった」で終わってしまいそう。そうしたら、私は自分に絶望しちゃうだろうなあ。それって避けたいなあ。

 とにかく、「ホテルに缶詰」状態を無理やり自分に課すことがひとつの目的でもあったから、周囲に興味のあるものがたくさんあるところはダメなのだった。

 そこで、いろんな場所をあれこれ考えて、条件に一致するところがタイ、バンコクだった。そこそこ異国感あるし、あんまり興味がないし、そしてこの時期、人気のない雨季なので、安い。

 それにタイには私が大好きな「タイ古式マッサージ」があるじゃないの。ホテルの部屋にこもって書いて、疲れたらマッサージ。最高じゃない? と思えた。

 エクスペディアで航空券とホテルのセットを探す。

 ホテルにこもるわけだから、ホテルはいいとこじゃないとダメ。そしてホテル内にマッサージ&スパがあるところ。そして乗り物に乗らなくてもよいように徒歩圏内にスーパーマーケットなどがあるところ。

 ……うーん。さすがに最高級ホテルは高い。それを外して、おびただしいホテルの数にうんざりし始めたとき、「ドリームホテル・バンコク」という名が飛びこんできた。

「ドリーム」には反応してしまう。娘の名前であり、私たち家族のライングループ名は「ドリームチーム」。ドリーム。それだけで選んでもよいように思った。いちおう5つ星。しかも最近、オープンしたばかりのマッサージ&スパがある。そして徒歩圏内に大型ショッピングモールもある。そしてなんと言っても飛行機(エア・アジア)とのセット、信じがたいほどに安い。そのなかでも、もっとも安価な日程を見る。5月22日出国6月2日帰国。11泊。ホテルと飛行機こみで11万ちょっとって、安い。不安になるほどに安い。でもこれなら、マッサージの回数増やせる。わーい。

 でもほんとに行くの? ひとりで? 見知らぬ国へ? 

 誰に頼まれたでも誘われたでも明確な目的があるでもない旅を決意するのは難しい。「やっぱりやーめた」で、誰にも迷惑をかけることなくやめられることを、決意するのは容易ではない。

 なかなかボタンがクリックできない。

 上階にいる娘のところへ相談にゆく。

「あれこれあれこれ。……というわけでね、こんなに安いパックがあるんだけど、もうこれクリックしちゃったら取り消せないのよ」

「そんな短期間で、書けるものなの?」

「いや、書き上げるのは無理でも、どこまで書けるか、確かめたいっていうのがあるから」

「ふーん。クリックしちゃえ」

「そうすべき?」

「うん。行っておいでよ。クリックしちゃえ。予約すればなんとかなるよ」

「じゃあ、予約するよ? 5月22日から6月2日、私は留守にしますけど、大丈夫ですか?」

「ぜんぜんー。」

「じゃあ、この勢いで予約してしまおう」

「いけーっ」

 娘の言葉を背中にうけながら階下に降りて、クリックしてしまったのが、5月15日の夜だった。

 

■自分で書いた本に背中をおされるという不思議

 それから22日の出国までは、怒涛の日々。

 19日のコンサートの準備、コンサート当日、充実のひととき。そして、うっかりしていたが、7月初旬に発売予定の文庫本のためのゲラチェック、写真選びなどがあった。

 19日のコンサートの翌日から私はゲラのチェックに追われた。これを済ませてから出国するために。

「特に深刻な事情があるわけではないけれど私にはどうしても逃避が必要なのです」、長いタイトルの本。

 

 

 ゲラチェックをしながら、私は自分で書いた本に背中をおされていた。

 アン・モロウ・リンドバーグが言うところの「書くためにひとりになる時間」の必要性を強く感じて、なにより、日常から離れてひとりで異国で過ごすことで日本、東京にいる自分を俯瞰したい、魂の静寂を得たい、そして強くなりたい、という想いが募った。

 アンの名著「海からの贈物」

***

ある種の力は、ひとりでいるときにしかわいてこない。

芸術家は創造するために、聖者は祈るために、ひとりになる。

女は自分の本質をあらためて見いだすためにひとりにならなくてはならない。

そこで見いだした「自分」が、複雑な人間関係に絶対必要となる。

女は、チャールズ・モーガンが言うように『回転している車の軸が不動であるように、精神と肉体の活動の中心に不動である魂の静寂を得なければならない』

***

 私はこの言葉について次のように書いていた。

***

芸術家じゃなくても、必要なのです。聖者じゃなくても、必要なのです。一人きりになる時間が必要なのです。「魂の静寂」を得るために、あるいは取り戻すために。

「魂の静寂」がなかったなら、何かを創造することはもちろん、大切な人に愛を注ぐことも難しいのです。

***

「だよねー。同感」

 なんて、過去の自分と会話したりして。

 とにかく、自分がしようとしていることは間違っていないように思えた。

「文庫版あとがき」まで書ききってから出国したかったけれど、力つきた。これは旅先で書くことにした。

 

■旅慣れていないひと。英語がダメなひと。

 イベントの翌日だったかな、そろそろ旅のことも考えなくちゃ、あれ、飛行機のチェックインってしておいたほうがいいのよね、とエア・アジアのサイトを開く。

 すると、するとそこに「預けるバッグはいくつ?」 とか「機内食どうする?」みたいなのが出てくる。 

 なあに、これ。

 とまどっているところにちょうど娘が帰宅。

「ねえねえ。ぜんぶ英語でよくわからないから、一緒に見てー」

「そのくらい自分でやらないと」

「だって、へんなのがいっぱい」

 めんどくさい光線ばりばりの娘にむりやりパソコンを渡す。

「え? LCCで行くの? 珍しいねー」

「なんだっけ、それ」

「格安航空会社だよ。荷物預けるにもプラス料金がいるし、食事も飲み物もタダじゃないよ、ついでに毛布も」

「なに、それ」

「ぜんぶ、機内で買えるけど、まあ、水は必須だね。あと、映画とかもないからiPadに何か映画でもダウンロードしておいたほうがいいよ」

「何にもないじゃん」

「だから安いんだよ」

 指定されていた座席がど真ん中だったので、プラス料金を払って、二人がけの窓際に変更した。

「そうやってどんどん高くなっていくんだよー」と娘は笑って、それから言う。

「でもさ、この程度のウエブチェックインで戸惑ってて大丈夫? 前、みんなを引率してヨーロッパ行ったとか言ってなかった?」

「あのころはウエヴチェックインなんてなかったもん。語学力だってもうちょっとあったし」

「旅慣れていないひと、ってかんじ。英語もダメだしねえ」

「なんとかなるでしょ」

 言いつつ、不安がこみあげてくる。そういえば、タイってどこ? バンコクってどこ? てかんじ。

 何にも調べていない。

 結局、事前に買おうと思ったけれど時間がなく、成田空港でバンコクのガイドブックを購入し、機内で集中して目を通した。

 タイバーツ、バーツっていうのね、タイのお金。そんなことも機内ではじめて知った。

 

■熱帯地方で寒さに震えて

 いったいなにやっているんだか。

 あたまのなかは、この言葉でいっぱいではちきれそう。

 フライト約6時間。バンコクのドンムアン空港に着いた。この時点で私の体は冷え冷えに冷えきっていた。娘のアドヴァイスでユニクロのウルトラダウンをもってきて、着込んでいたけれど、それでも機内は寒かった。

 私が異様に寒がりなのね。ほかのひとはすごい薄着で平気な顔しているもの。

 それにしても寒いよ。そしてさすがにウルトラダウンは脱いで、飛行機を降りるわけでしょ、そうしたら空港内も冷え冷えなわけ。夏のロングワンピースにカーディガン、その上にショールを二枚ぐるぐる巻いても、がたがた震えちゃうくらい、寒かった。カイロをもってくればよかった、と本気で思った。

 入国審査は長蛇の列、がたがたと震えながら、私はこんどは、しみじみと思った。

 いったい…なにやってるん…だか…。

 

 空港からホテルまでの送迎もセットで申し込んでいた。

 私の名前のカードをかかえた小柄なおじさんが私の名を呼びながら近づてくる。

 そして10人くらいが乗れるミニバスに、私ひとりだけを乗せて、車は走り出した。

 夜のバンコク。なんの感動もない。それよりも寒い。車内は空港内よりさらに寒い。がたがた震えながら30分、ドリームホテルに着いた。

 そしてホテルのロビー。寒い。お部屋。寒い。すぐにエアコンをオフにする。

 

■ドリームホテルのブルーモーメント

 それでも喉が渇いていて、ここはやはりタイビールよね、とホテルの冷蔵庫からシンハーを。

 飲んだら急にお腹が空いてくる。ぐう。

 ルームサービスでサラダを頼み、iPadでタンゴを流して、ひと息つく。

 日本との時差は2時間、日本の方が進んでいる。こちらは21時を過ぎた頃。

 ホテルのWi-Fiをつないで、家族と、それからこの旅の理由を知っているお友だちに到着のメッセージを入れる。

 

 

 このホテルはポール・スミスによるデザインを売りにしている。ブルーライトがいい。私のサロン、ブルーモーメントみたい。でも見ようによっては、休憩メインのホテルっぽくもあるわね。

 キングサイズのベッドが、ひたすら広く感じる。

 ……このベッドにひとりって……かなしい。

 あっ。だめだめっ。まだ到着したばかりで、そんなのNGですよ、だめじゃないの。

 

 ほどなくして、ルームサービスが届く。もりもりサラダにパンまでついてる。美味しい。

 

 

 ここで11日間過ごすのね。

 しみじみ思いながらサラダをもぐもぐしていたとき、お友だちからメッセージが。

 怠慢で英語がダメな私は、お友だちに頼んでいたのでした。

「バンコクのミロンガ事情、なにも調べないまま出国するので、でも、一応シューズはもっていこうと思っているので、何か情報わかったら教えてー」

 お友だちからのメッセージを読んだ私は、ほんとうに驚いた。

「金曜日にドリームホテルでミロンガがあるみたい。宿泊先では?」

 うそー。リンク先を見ると、間違いなくここ、ドリームホテル。

 ホテルの11階にはプールがあって、どうやらそのあたりにスペースがあるみたい。

 こういうことってあるのね。

 ミロンガがあったとしても、そして行く気分になったとしても、夜ひとりで外出なんて不安だし、きっと行かないまま終わるんだろうな、って思っていたのに。たくさんのホテルがあるなかで……。

 できすぎている。私の人生、やっぱりこんなのが多いような気がする。

 あさって金曜日、気分が向いたら行ってみよう。

 少し、ときめいて、眠りについた。

 ぐう。

(2につづく)

-ブログ「言葉美術館」