ブログ「言葉美術館」

■自分だけのもの■

2016/06/09

ほんとうに人の心を動かすものは、毒に当てられた奴、罰の当たった奴でなければ、書けないものだ。(略)生きている奴は何をしでかすかわからない、何もわからず、何も見えない、手探りでうろつき廻り、悲願をこめギリギリのところを這いまわっている罰当たりには、物の必然などはいっこうに見えないけれども、自分だけのものが見える。自分だけのものが見えるから、それがまた万人のものとなる。芸術とはそういうものだ。」

久しぶりに坂口安吾。

これは「教祖の文学」から。

なにか心を撫でられた感じがするな。

私が経験しているいろんなことは、自分だけのものを見るためにあるのかもしれない。

だとしたら、そういう自分を、人生をひきうけなければ。

安吾のこのエッセイには宮沢賢治の「眼にて言ふ」という遺稿が紹介されていて、安吾も好きだから紹介していて、私も胸うたれる詩。

***

だめでせう

とまりませんな

がぶがぶ湧いているですからな

ゆふべからねむらず

血もでつづけなもんですから

そこらは青くしんしんとして

どうも間もなく死にさうです

けれどもなんといい風でせう

もう清明が近いので

もみぢの若芽と毛のやうな花に

秋草のやうな波を立て

あんなに青空から

もりあがって湧くやうに

きれいな風がくるですな

あなたは医学会のお帰りか何かは判りませんが

黒いフロックコートを召して

こんなに本気にいろいろ手あてもしていただければ

これで死んでもまづは文句もありません

血が出ているにかかはらず

こんなにのんきで苦しくないのは

魂魄なかばからだをはなれたのですかな

ただどうも血のために

それを言へないのがひどいです

あなたの方から見たら

ずいぶんさんたんたるけしきでせうが

わたくしから見えるのは

やっぱりきれいな青ぞらと

すきとほった風ばかりです

***

死にさいして、血を吐きながらきれいな青ぞらとすきとおった風を見る賢治。

そしてそれに感動する安吾。

私はふたりのそれぞれの心の動きを想像する。

するとたまらなく愛しくなる。人間に対する希望がすこし感じられる瞬間。

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