◎イヴ・サンローラン◎
2016/10/21
冒頭の、引退声明発表のようす、数分間の映像にこの映画のすべての価値が凝縮されていた。
ぎこちなく、緊張気味に、それでもくっきりと、トップ・デザイナーとしてモード界に君臨してきた苦悩と誇りを、そして美を創造するアーティストとしての苦悩と誇りを、美しく、経験に裏打ちされた文章にのせて、65歳のイヴ・サンローランが読み上げていた。
私はこの声明文に胸が熱くなり、急速にイヴ・サンローランの魂に寄りそいたいと願ったのだけれど、映画は50年間にわたり、サンローランの同性愛のパートナーとして彼を支えてきたピエール・ベルジュが中心で、私の欲望は満たされなかった。
サンローランは一時期、サガンとも親しかったが、若くして名声を手にしたという点も、セクシャリティも、繊細なガラス細工のような精神も、それゆえアルコールと薬物に依存したということも、よく似ていた。
また、ふたりとも自ら命を絶たなかったということも。
引退声明が少しは載っているかと思って映画終了後、カタログを買い求めたけれど、まったくなかった。
私はいつも思うけれど、カタログには全脚本を載せて欲しい。DVDで観賞するのが待ち遠しい。そうしたら引退声明文を全文、書き写す。
それで、物足りなくて、ピエール・ベルジュの本『イヴ・サンローランへの手紙』を購入。映画以上ものがあったわけではなかったけれど、何箇所か目にとまったところがあった。
「クリエーションはまず自分との格闘なのだ、次にすべてのものとすべての人との絶え間ない格闘。
インスピレーションを待つ穏やかな天才がいるなどとは信じない」
「君を生きていられるようにしたのは、ごく若い時代から君が抱えていた不安に耐えられるようにしたのは、君の作品だった。
アーティストはクリエーションの中にのみ救いと希望をいだくよりどころを見いだすように作られているのだ」
「君は子供っぽかった。だから戦略も幼稚だった。それゆえに私は君を愛していたのだ」
映画のコピーには、引退声明文からの引用が使われている。
「人生で最も大切な出会いは、自分自身との出会いだ」
自分探しなどという胡散臭い言葉から遠いところにある。
ピカソが言う、「探すのではない、出会うのだ」を思い出した。
また、
「最も苦しんだときに生まれたコレクションほどまばゆいものはなかった」
という周囲の人の言葉に、創造の残酷さを想って心臓をつかまれたようになった。