ゆかいな仲間たち よいこの映画時間

◎1本目 『焼け石に水』 後編

み:フランツは何で死んじゃったんだと思う?

り:翻弄する男レオポルド以外って、皆同じ道を辿っているじゃないですか。
かつて翻弄された人、今翻弄されている人、これから翻弄される人っていうので。
ヴェラが来た事によって、こういう道のりを辿るっていうのを見ちゃった感じはある。
所々で「娼婦として」って言ったりして。

み:だって稼がせるんだもんね。自分の恋人を身体で。酷い男だよね。

り:最初のヴェラは辿った道を知らないじゃないですか。
でもフランツは、ヴェラによってこうなるのも見てるし、これからなっていく人も見てるし、その両方が一緒にきてしまって。
映画を通して観ていると、流されやすさとか、精神的な弱さとかは凄く感じられたので、そういった理由かな。ヴェラもだけど。

最後のシーンは色々と説があるんですけど、最後ヴェラが窓の方に行くじゃないですか?
あれも自殺をしようとしているというシーンだと思っていたんですよ。
空気を入れ替える為に窓の方に行ったけど、開かないっていう説もありますし、私なんかはフランツの自殺を見て、でもレオポルドは新しく翻弄される女にすぐ行ってしまったし、そういった絶望でヴェラも自殺という気持ちを選んだのかなと思っていて。
でもそれが出来ない儚さというか。

み:自殺しようとしたのか、そうじゃないかって所だよね。

り:というのはわからない。そのシーンが窓の外から撮られていて、ヴェラがうなだれている姿がどんどん遠くなっていくっていうのが凄く綺麗だなって。

み:美しいよね。窓のシーン多いよね。

り:窓のシーン多いです。「8人の女たち」もそうですもんね。

み:凄く印象的だったな。

り:前回こういうタイプのシーンで一番好きって言ったのは、フランツの自殺シーンの前後なんですよ。

み:静かに進んでいく感じ?

り:静かに進んでいく感じと、ヴェラとのやり取りと。ヴェラも含めて、自殺のシーンが好き。
私の観ている映画って、何故か自殺するシーンが出てくるものが多くて。
お正月も3本ぐらい続けて観たのが、全部自殺をしていて。

み:何の映画だった?

り:「神様なんかくそくらえ」と「ショート・ターム」と「眠れる美女」。
生涯観た映画の中で自殺シーンが出てくる事が多いので、嫌いじゃないというか、やっぱり自分に近い所なのかなって。その何本か観た中でも美しい。

み:美しいよね。

り:美しいと言っていいものなのかはわからないですけれども。

み:そうなんだよね。だけど、美しいのよ。
だからやっぱりお話。物語なんだよね。
「眠れる森の美女」じゃないけど、ああいうおとぎ話的な死に方で現実じゃないよね。
だって、お母さんに電話したって動揺しないでしょう。
普通、息子が毒薬飲んだって言ったら飛んでくるとかしない?
それも無しで「いってらっしゃい」みたいな感じで切るじゃない。有り得ないじゃない。
あのへんも、どういった意図があってああいう風にしてるのかなって。

り:原作があるんですよね。室内劇みたいな。

み:その人もゲイなんでしょ? 有名な劇作家なんだと思う。
(ドイツの伝説的な映画・演劇人ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーが19歳で書いた未発表の戯曲が原作)

嶽本野ばらって知ってるでしょ?
彼がこれに対してのコメントを寄せてるの見た?  私、参った!と思って。
「軽井沢夫人」出した時に、いろんな人に嶽本野ばらと似てるっていうか、同じ精神圏だとか、読者さんにも「嶽本野ばらが好きな人だったら軽井沢夫人も好きだと思う」みたいな感じで書いてもらって、私も彼自身が好きなのね。
それで彼の「焼け石に水」のコメント、DVDの中にあるのを読んだ時に、負けたと思ったの。参りましたって、こんな風に私は書けませんって。こんな風に書いてるの。

「圧倒的な諦念は悲劇をシニカルな喜劇に変える。
この作品は不感症の為の唯一のポルノグラフィです。」

上手いなと思って。
多分彼も凄く好きだったんだと思う。
あと詩!

「わけもなく 心悲しく昔の物語がそぞろよみがえる
夕暮れの風は冷たく ラインは静かに流れる」

これも劇作家の人が引用してる訳だから、彼自身の詩なのかな。
(ドイツの作家・詩人・文芸評論家・エッセイスト・ジャーナリストであるハインリヒ・ハイネによる詩でした)
これが最初と最後の方に出てきてる。

り:訳も綺麗ですよね。

み:そうそうそう。とても綺麗なのよ。
フランツはレオポルドといる事が、あんな風にガミガミ言われたり、足で蹴飛ばされるような生活をしながらもハッピーだったのかな?

り:どんな事があっても、アナが来て家から出ようって時でも、中々その場から立ち去らない。愛してるって言って。
DVに近いって言うとちょっと違うかもしれないけれど、DVの世界は酷い事されても、たまに優しさが来るじゃないですか。
それでまた離れられなくなっちゃうっていうのがある、そういうのに近いのかなって。

み:支配する、されるの関係性だよね。

り:一言で「愛してる」っていうのとも違う感じ。

み:少なくとも、キリスト教的な愛の世界では無いわよね。
それと相反する所にある、愛っていうよりも欲望の世界だよね。
レオポルドは唯一仕事っていうのでイラついてたりする所があるけれど、俗世間との関わりっていうのが一切出てこないじゃない?
あの限られた空間のお部屋の中だけで、世界が完結してる。生活感ってものが一切ない。
それを敢えて見せなくて、彼らの中にあるものは性愛だけなんだみたいな、その中でのたうち回ったりしてるって事だよね。

り:どの人が好きでした?

み:私もヴェラが好きだったの。もう徹底的に傷ついているじゃない。酷い設定。
いや、そういう設定にする作家もどうなんだろうってくらい、躊躇して何か一個くらい減らすでしょっていうそういう設定でしょ。
まず男同士として出会って、欲望が減ってきたから、彼を振り向かせたくて女になれば振り向くかもしれないって。

り:「君が女だったら結婚した」みたいな一言で。

み:それで性転換手術をして、大変だったと思う。
手術をして、でも欲望が戻ってきたのは一瞬で、やっぱり同じ事が繰り返されるわけじゃない。
その後捨てられちゃうわけでしょ。悲惨だよね。
ヴェラが訪ねてきた時に「何と老けたんだ」って言う。それは無いんじゃないか。
ヴェラはああいう辛い事を経験してきた人で、何の為にそんなに辛い経験をしてきたかというと、たった一人の人を愛してしまったっていう情の深さみたいなものがあるわけじゃない。
プラス過酷な経験を積んできてるっていう。
この2つと、知性とかがあると、かなり魅力的な人物が出来上がるわけ。
だからヴェラっていうのは、限りなくそこに近いとても魅力的な人だよね。何話しても驚かないって感じがする。

り:自殺したフランツが着ていたヴェラの毛皮を「コートを取り返すわ」って言って、皆が居なくなった後に、剝がそうとするんだけど止めるっていうシーン好きなんです。

み:またあの毛皮が綺麗。凄く映像的に映える。

り:そういう所でヴェラの

み:愛情深さっていうか、優しさていうか、慈愛っていうかね。

り:感じますよね。

み:この映画の中のそれぞれの人達が、相手に魅かれる重要な要素って「目」なんだよね。
見るって事。造形的な美しさを凄い感じた。だから、思想とか仕草じゃない。
姿かたちなの。色彩も含めた。
見るっていうフランス語voirってあるでしょ?それって、その言葉自体に際どい意味も含まれるの。「視姦」って言葉もあるくらい、見るって事はかなり猥褻的な言葉を含めちゃう事なんだけど。見るっていうのを凄い感じた。
劇作家も「彼のお尻が」とか描いているんだと思うけど、それを膨らませて映像化しているオゾンの視線を凄い感じたよね。

オゾン監督のインタビューの中に「セックスシーンを入れなかった理由」が書いてあって、やっぱり違う所に興味が行っちゃうからっていうのと、フランス人俳優のヒップは最高にセクシーだみたいに書いてあって。お尻とかが映るでしょ? それについて言ってるのかなと思って。

り:これを高校生に薦めるなんて。

み:高校生にこれ薦めちゃダメだよね。

り:まだ高校時代で、私の知識も浅かったので、当時は踊るシーンが印象的ぐらいだったけど。

み:でも死が美化されて美しく終わっているから、ちょっと危険。
薦める人を選ばないと真似しちゃうみたいなのが起こっちゃうよね。

やっぱり皮肉。嶽本野ばらもシニカルって言ってたけど、このたまらないシニカルな観方が面白いんだろうな。
また「ミューズアカデミー」をこんな事ばっかりで引用して申し訳ないんだけど、そこにはシニカル目線が一切無い。
あっけらかんとした愚かな視線はあるけど、心あるならばこういう観方をするよねっていうのが「ミューズアカデミー」には無く「焼け石に水」にはあるよね。

 

~今回の映画~
「焼け石に水」 2000年 フランス
監督:フランソワ・オゾン
出演:ベルナール・ジロドー/マリック・ジディ/リュディヴィーヌ・サニエ/アンナ・トムソン

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