ゆかいな仲間たち よいこの映画時間

◎3本目 『ふたりの5つの分かれ路』

り:1本目の「焼け石に水」の続きみたいですが、戯曲的に作られたものではないですよね。いわゆるリアルな姿。だから大きな出来事があるわけじゃない。夫婦の2人にとっては大きな出来事かもしれないけれど、「映画」としてみると凄く大きな事件とは感じられない。

み:そうそう。本当に些細で何が問題だったの?っていう感じ。離婚の原因を突き止めるぞっていう風に観ると、えっ、わかんなかったって感じになるよね。

り:どれも少しずつ理由になる。

み:上手いよね。
どうだった? 私、りきちゃんにはあんまり刺さらないかもって言ってたけど。

り:自分がゲイという立場として観ていたのですが、今の日本では結婚出来ないじゃないですか。だから分からない部分が多いと思うし、これからも日本の法律が改正されない限り分からない部分が多いと思う。
あとは、「男女」っていうので観ていくのと、「ゲイ」として観ていくのでは、同じ夫婦を観ていたとしても結構捉え方が違うのかな。
でも、所々ああ、ここそうだよなって共感する所はあって。その中でも、私自身が「男目線」で物事を見るのが苦手なので、割と共感する部分って女性の主人公目線が多かったです。

み:じゃあ私と同じ立場くらいで観るって事だね。
私は割と男性的な見方もするから、男性側と女性側の両方で揺れ動きながら観る。
でもゲイだからって言ったけど、監督ゲイじゃない? そのゲイの監督が何でこういう夫婦の物語を作るんだろう。視線とか目線とかは何処にあるんだろう。

り:映画を通して観ると、両方を描いているけれど女性目線が多いかなと感じました。私が女性に重きを置いて観ているからそう感じているのかもしれない。
オゾン監督って、女優を凄く綺麗に撮るじゃないですか。

み:全部脱がせてね、全裸でね(笑)

り:(笑)
女の人の美しさが際立つんですよね。だから映画を観ていても、そういう所が強調されている気がする。それに私自身の好みもあるので、女の人を重きに撮影しているように感じる。

み:でもそうだと思う。
主人公のジルって、バイセクシュアルじゃない? 違う?
それはりきちゃんに聞こうと思ったの。ジルは認めていない感じなのかな?

り:先日観たグザヴィエ・ドランの映画で、キンゼイ・レポートの話が出てきたんです。
(キンゼイ・レポートとは、アメリカの性科学者・動物学者であるアルフレッド・キンゼイが1948年と1953年、アメリカの白人男女約18,000人の性に関する調査報告をしたもの)
その中で、キンゼイ・レポートでは「異性しか愛せない」「異性愛者だけど同性愛の経験もあり」「異性愛者だけどたまに同性愛も」「男も女もイケる」「同性愛者だけどたまに異性とも」「同性愛者だけど異性愛の経験もあり」「同性じゃないとダメ」って説明する。
そういうので分けていくと、バイセクシュアルっていうより「異性愛者だけど同性愛の経験もあり」っていう分類になるのかな。今回の映画の中で、乱交パーティーで男ともみたいに話していたから。だから私はジルがバイセクシュアルだとは思ってなかったです。まあ、興味があるくらい。

み:なるほど。というのも、ファーストシーンで後ろから無理やりセックスをするシーンがあるでしょ? あれって何処に入れてるのかなって思って。あれって、不自然じゃない?

り:私、女性との経験が無いので分からないんですよね。
どうなんですか?

み:位置も人によって違うから分からないけど、あの態勢ですんなり出来るのは…って思ったのと、マリオンが凄く拒むじゃない? 最初マリオンが下になって色々している時は1回「止めて」って言うぐらいでそれほどじゃないんだけど、その後態勢を変えて無理やりされてからの「止めて!」が、異様な「止めて!」だったの。
女優の演技力もあるんだけれど、肌がばぁーって赤くなるの。興奮というか嫌だからというか、激情で赤く染まる。ここまで嫌がって、行為の後もマリオンは虚ろな目だし、もしかしたらそうなのかなって。ジルの男の人への興味だとか、そういう要素を持っているからたまに夫婦の間でそういう行為があったんじゃないかって。マリオンは許してはいたんだけど多分そんなに好きじゃない。別れ話をしてきて「止めて」って言ってる場面でそうなるっていうのは、後ろの方かなって思ったりして。
前に観た時は何とも思わなかったの。でも今回観て、最初疑問に思った。異様だなって。
映画を観ていくと、ゲイのカップルを招くシーン(ジルの兄とその恋人)で乱交の話が出てくるから。

り:そう聞くと、乱交パーティでジルが同性との行為を経験したから、後ろからのセックスに興味が湧いたのかなって思う。

み:あれが初めだったかもしれないよね。遡っている訳だから、ファーストシーンの別れの頃にはもっと興味が高まっていて、マリオン相手にそういうセックスをしていたのかな。
あれは凄く疑問で、聞こうと思ってた。

り:そんな状況でジルが「やり直せないか?」って聞くのは少し滑稽な感じがする。

み:これはオゾン監督の嫌いなタイプの男の描き方なのかな。オゾン監督ってジルみたいな人の事嫌いだよね? 嫌いというか露悪的に描いてやれーみたいな感じ。こういう男いるよねっていう、美しいと思って描いていない、滑稽で哀れな生き物として描く徹底さ。この俳優はかわいそうだよね。かなり情けない、どこまでも良い所が無い人なのよ。

り:でも裸の感じは凄くセクシーでした(笑)

み:その目線は無いな(笑) 私はこういう裸好きじゃないから。

り:私は凄い好き。

み:そうだね、りきちゃん好きだね。
だから私にとっては何も良くないし、身体も良くないし(笑)
見た目も良くない、やってることも良くない。ただ、いるんだよね、こういう人。割と男の人で多いタイプ。こういう所にカテゴライズされるタイプは多い。
特に結婚式の夜にジルが眠るじゃないですか。どれだけの女性が頷いているか。

り:いるいるいる!って絶対に思ってる。

み:一時期、私のひとつのテーマだったの。どうして男の人っていうのは肝心なシーンで眠れるんだろうっていうのがずっとあって。
結婚式の夜もそうだし、記念日の夜とか、そういう時にジルみたいに眠ってしまう人が多いっていうのを私は色々リサーチしてたわけ。私の周りにいる人達だからちょっと特殊かもしれないけれど、30代の頃、何人かの同年代の女性にリサーチして「眠る男っていうのが相当ムカつく」っていう結論に達したの。眠る男っていうのは本当に私達の怒りの対象だよねって話しになって「眠る男」っていうテーマ1冊本を書こうと思ったくらい。
眠るよね。くうくうくうくう寝てるの。

り:それは前回観た時も思いましたか?

み:それは思った。あのジルが眠るシーンは前回もそう思った。
眠るの。喧嘩した後も、感動的なやり直しの後も眠るの。マリオンとジルの結婚式の時も少し待てって感じじゃない? 結婚式の後に二人で盛り上がってるのに、マリオンが着替えてくる間に眠る。あれは酔っぱらってるのもある。だから私はアルコールと眠気っていうのを絡めて考えて、大事な時にはセーブして欲しいの。それが出来ない情けなさ。

り:その場の雰囲気とかで変に盛り上がってしまうんですよね。結婚式だからとか、周りに良く見られようとか、高揚感をもっと皆に伝えたいがために手段としてアルコールを飲むっていうのが多いのかもしれませんね。

み:でもガックリだよね。マリオンの方からしてみれば。その気になっているのに、ジルが眠っちゃうんだもん。

り:あの絶望感は何となく分かります。

み:わかるでしょう? あれは本当に分かる。

り:えー?? みたいな(笑)

み:えっ? え?って感じ(笑)

り:今?みたいな。

み:それでマリオンは眠る気にもなれなくて、持て余して出掛けていくのも分かるよ。
その後、ばったり会うアメリカ人と一夜を共にするのも分かる?

り:分かる(笑)

み:分かる? 私も分かる。

り:自分も同じ事をするかもしれない。

み:というのは、私これを観た後にネットでいくつか映画評論書いてる人達のコメントを見たんだけど、今回の映画についてつくづく思ったのは、ここまで観る者に委ねていると、これだけのいろんな解釈が出来るんだなって。他の映画でもあるんだろうけど、この映画については凄くそう思って。

誤読っていうとおかしいかもしれないけど、私から言わせれば違う違う違う、そんなことを描いてるんじゃないんだよっていうのがある。凄くシンプルに2人の離婚の理由を書いてる人が多いのよ。そうじゃないでしょう?

嘘??って思ったのは「離婚の理由は子どもが自分の子どもじゃないからです。」って。
その解釈は有り得ないなって思った。結婚初夜でジルが眠ってしまったから、マリオンが出掛ける。その時にばったり出会うアメリカ人と一夜を共にするじゃない? その時のアメリカ人との間に出来た子どもだって書いてあって。それだと違う映画になるじゃない?
でも、そういう風に観てる人結構多いんじゃないかって。

アメリカ人と一夜を共にしてしまったっていうのは、マリオンが身体も心もそういうモードに入ってたからであって、凄くハッピーで、幸せいっぱいで、身体もとても開放的で、その流れの中でそういう事があった。
だから別にマリオンも凄い悪い事をしたっていう感じもなく、ハッピーな気持ちを抱きながらジルの元に帰って「ジュテーム、ジュテーム」って言うわけ。

り:そこを受け入れられない人が多分多いんでしょうね。

み:分からないんだと思う。

り:やっぱり結婚の初日に違う男の人と一夜を共にするっていうのが分からないんだと思うし、「そんなー裏切りー! えーーっ?」みたいに、そこで既に拒絶をしてしまうと自分の都合で解釈してしまう。まあ、こういう答えの出てない映画って解釈が色々と出来るので自由ですけど、やっぱりこんなの有り得ないって思う事が多いのかもしれない。

み:世の中には、マリオンとかジルのこの感覚が無理しなくてもストンって分かる人と、全く分からない人がいるんだろうなって思った。
キンゼイはセクシュアリティで分類したけれど、マリオンを含めてこういう人種がいるのよ。このようにしか生きられない人達が。
マリオンなんて、どこのシーンの中でも、今よりもより良くなろうと努力している人でしょ? でもその努力の仕方が普通と多分違ってるだろうから。自分の喜びを多くするっていう人なんだと思う。

結婚初夜のアメリカ人との一夜の事なんて全然大したことじゃない。「ハロー」って挨拶を交わしたぐらいのものよ。そういう些細なことが全編通してあるの。
だから夫婦で一緒に行ったパーティーで乱交が始まった話をする場面でも、ジルがマリオンの前でその事実を話す。マリオンはそれを聞いて涙を流すんだけど、それも別にそういうのを2人で楽しんでるわけじゃ無い。でも敢えてざらざらした感覚の中に身を投じる人達っていうのかな。すべすべの順風満帆な普通の平和な家庭生活では幸せとかをあまり感じられないんじゃないかな。
知らなかったとはいえ乱交を夫に経験させて、それを話させてその中に哀しいものとか、切ないものを見出して涙を流す自分もちょっと好きみたいな。

り:ジルが元彼女と付き合っていた頃の出会いのシーンと、マリオンとジルの結婚生活でのシーンで、所々場面が重なる部分があるような気がしたんです。
例えば、ジルがベッドに入って本を読んでいる時に、元彼女がベッドに入ってきてガチャっとベッド脇の電気を消すと、ジルもえっ?っていう感じで仕方なく自分の側の電気も消す。これは結婚生活中の夫婦のシーンでも同じ事があった。
あとは、出会いのシーンでマリオンがバーに行くって言った時に、元彼女が「(マリオンと一緒に)行ってくれば?」って言うけど行かない。でもマリオンがジルに乱交に参加してくれば?って言うとジルは参加しに行ってしまうとか。
昔はこういうシーンではこういう行動をとったのにだとか、こういう体験を以前した事があるっていうのを思い出したりすると、その時の心境が蘇ったりするじゃないですか?
そういう描き方もされてたのかな。

み:それはジル自身の相手が変わったから変化してるって事? 年齢的なもの?どういう風に変化してるの?

り:元彼女との関係性とか、夫婦になってからの時間とか、時間が経ってからの関係性。

み:時と共に変わっていくって事だね。
ジルが結婚生活のシーンで子どもの横で寝るっていうのがあるけれど、あれはどういう風に感じた?

り:その場面って、ジルのお兄さんとその恋人を呼んでお酒を飲んだり乱交の話をして、お兄さん達が帰った後に夫婦二人で片付けをし、さっき話したベッドで電気を消す場面が前にありますよね。
最後まで観て思ったのは、もうその時点で既に2人は冷めた気分があるっていう事。ジルも、かつての恋人にベットでガチャっと電気を消されたのを思い出して、拗ねてるっていうのとは違うかもしれないですけど、ちょっと当時の嫌な気分を思い出してるのかな。
あとは、マリオンが主に外で仕事をしている側で、ジルが家の事をしている感じがする。そうすると子どもの世話をするのはジルが主に受け持ってるのかな。子どもの世話をするのって疲れますよね。うちも姉の子どもが一緒に住んでいるので、疲れている姿を見ますし、私も世話をすると疲れる。

み:ひどく疲れますね。

り:だからマリオンが一緒に居たいって思って「こっちに来る?」って聞いても、ジルは子どもの世話で疲れたとか、子どもが泣いてたから一緒にいてあげたいという気持ちがある。それだけじゃなく2人の関係性も入っているとは思うんですけど、そういったのも含めて「寝かせてくれ」って言ったんじゃないのかな。

み:ベッドサイドに2つ電気があるっていうシチュエーションは海外だから多いと思うんだけど、先にバチンって消されるのをオゾン監督は経験してるのかな。あれはオゾン監督が凄く嫌な事なんだよね。私が今、眠る男を嫌だって言ったのと同じくらい嫌なんじゃない? 何かを象徴しているんだよね。関係が冷えてきたらこういう事が起こり始めるみたいな。

り:そうじゃなきゃ劇中に2回も出さないですもんね。

み:うん、そう思った。その出し方が割と「男の人の失望」っていう象徴として出してるでしょう?
別に女性も悪い事をしてるんじゃないのよ。ただ寝る為にバチンと消すんだから。でもその先に、何も言わずに電気を消して寝るっていうのが、愛の無いっていうか、愛の冷えた状況の証拠みたいな感じでオゾン監督は捉えてるのかもしれない。

り:ヨーロッパって、そういうシーンの象徴があるんですか?
イザベル・ユペール主演の「ピアニスト」でもあるんです。主人公を演じるユペールがお母さんと一緒のベッドで寝る時に、お母さんが読書をしているのに、ユペールがベッドに入り込むとすぐに自分側の電気を無言でガシャンって消す場面が。
今、路子さんの話を聞いてて、オゾン監督の感覚の事もあると思うし、ヨーロッパ的にこういうシーンはそういうシチュエーションが。

み:何かを語るっていうのがあるのかしらね。電気を消す事がコミュニケーションの遮断みたいな。

り:日本だとベッドサイドに電気が2つって中々見ないじゃないですか。でも解りやすいですよね。光を遮るってだけで。

み:消し方ひとつで変わるからね。

り:私、ジルのお兄さんが言った事で共感した事があって。

「第三者がいた方がなぜか気持ちが楽なんだ」

っていう一言。
2人の時間っていうのは凄く楽しいけれども、私は関係が長くなってくると窮屈になってくるなって思っていて。

み:2人でいるのが?

り:うん。そう思ってくると極端な話、相手にセックスフレンドが居るとかだと何となく気持ちが楽なんですよね。

み:何だろうね。それは自分も自由でいたいから?

り:それはあると思います。お互いに自由でないと罪悪感を感じるというか何というか。好きなんだけれど、セックスフレンドみたいな人が居ても最終的には自分に戻ってきてもらいたいと思う。でも、毎週毎週決まった曜日に逢うっていうのを続けていくと窮屈さを感じてしまう。

み:(笑)
りきちゃん結構あれかもね。淡白かもね、思えないけど(笑)

り:燃え上がる時は燃え上がる。けれども、1人で居る事の楽しさを知ってしまったので、自分1人の時間も欲しいんですよ。だから毎週決まった日に会うとなると、自分の時間が無くなるという窮屈さ。

み:その時間を相手が不幸で無くどっかで楽しんでてくれれば、こちらも1人の時間を過ごすのに対して罪悪感が無いって事ですかね。
私が相手にそういう風に思う時っていうのは、他にも一緒に居たい人が居る時。

り:それもある!(笑)

み:ねっ、そういう事でしょ?
だからそうすると相手もそれなりにハッピーでいてくれれば、それはそれで良いとしようみたいに思う時はあるよね。
ジルのお兄さんもそういう意味で言ったのかな?

り:お兄さんは2人の年齢について触れていたと思います。彼は若いからみたいな。まだ私はジルのお兄さんの域に達していないので気持ちはそんなに分からないけれども、ジルのお兄さんは、年齢を重ねる事で性欲とか独占欲とか、そういう気持ちが抑えられてきたのかなって。愛してるし、好きだけれども、若さ故の高揚や激しさとは違うじゃないですか。そういう温度差も含めてそう言ったのかな。自分で補えない分を他でというか。

み:そうそうそうそう。ちょっと自分に自信が無いんだと思う。その感覚は今、私分かるような気がする。2人きりでいて自分が全部与えなきゃいけないってなった時に、ちょっと年の差もあるし、私とずっと居てもつまらないんじゃないかなとか、もっと違う楽しみをしたいんじゃないかなって思いながら会うわけでしょう? なら他の人が居て楽しそうにしてるのを見てる方が、ちょっと責任逃れじゃないけど負担は軽くなるよね。そういう感覚かもしれないね。
赤ちゃんが生まれた時のジルの行動はどう思う? あれはりきちゃんが分からない感覚かな?

り:例えば漫画で見たとか、映画でああいう男の人の行動は見た事があるんですよ。うろたえるというか。
これもまた私の分からない感覚ですけど、女の人は十日十日ずっと一緒にいるじゃないですか。

み:身体が変わっていくからね。覚悟も出来てくるしね。

り:そうそう。男の人は身をもって体験するっていうのが無い。そこに突然ポトンって落ちてくるみたいな。そういうのを受け入れられない所があるのかな。マリオンがちょっと難産だったっていうのはあるかもしれないけれど、それにしても落着かない。ご飯とか食べちゃって、タバコ吸ったりして。

み:いわゆる逃避って事? 逃げてるって事?

り:逃避もあるだろうし、自分が思っていたタイミングで子どもが出来なかったっていうのもあるかなって。この時期に欲しかったとか、そういうタイミング。

み:でもジルって多分、いつ子どもが生まれても同じ事をしたと思うんだよね。私、彼の気持ちが分かるの。りきちゃんよりジル側に立てると思うんだけど、私も男だったら同じ事をやっちゃうかも。

今は少し年齢を重ねて大人になってきたけど、もうちょっと前ってドタキャンとかよくしてたの。今はほとんどしなくなってきたけど。
どうしても行きたくなくなるの。理由はあまり無いの。ただ行きたくないの。どうしても行きたくない、行きたくないって思ったらどうにもならなくなって、それで行けませんって言っちゃったりする事が20代の頃多かったかな。
その時って理由は何ですか? って言われても自分では色々理由つけるのよ? 頭が痛いだとか。だけど本当はあまり理由が無いんだよね。ただそこには行きたくない。行きたくないと思い始めたら、どうにもなくなって足が竦んじゃって、行かない為なら何でもするみたいになっちゃうあの感覚かもなって観ながら思った。

ジルが車で出掛けちゃってステーキ食べてちゃうとか、ああいうの分かる分かるって凄い思った。未熟なのかな。
人間の器っていうのもあるし、もうどうにもならない繊細さって言っても良いけれど、自分の人生の中で起こった事に対処する能力がちょっと欠けている部分がジルにはあるから、私はそれが凄く分かるので彼の気持ちがよく分かるし、それによって愛想を尽かすというか、哀しいマリオンの気持ちも分かる。両方多分持ってるから。
だからあの出産の場面って2人の立場で観ているから、忙しかったの。

私もマリオンの立場になったら本当に哀しい。2人の子どもが出来て、難産で産んで、すぐ見て欲しいのに、結局ジルへの電話で察しているの。ジルの状況を。この人ダメなんだなって思って「家から着替えを持ってきて」って実用な事だけを言って電話を切るでしょ? あの気持ちもとても分かる。

り:その場面でマリオンが「私の傷が痛い」って言うんですよ。緊急手術の出産で切ったから痛いというのと、自分自身の心の傷と両方の意味ですよね。凄く重い一言だなって思って。

み:でもその「私の傷が痛い」ってマリオンが言ったのって、受け止めてくれる人は何処にも居ない,もう諦めてる時の一言だよね。ジルは受け止められない。だけど、自分は傷とか痛みを感じてしまう。人間の大きさの違いみたいなのってあると思うけど、やっぱりマリオンの方が一回り大きい。

り:この映画って、結局最終的には離婚をしてしまう話ですけれども、時間を遡って、出会いを経て夕日をバックに海の中でマリオンとジルが戯れるシーンによって、どんよりした物語では無くなりますよね。別れるっていう絶望だけではなくなる。恋するとか、愛するとか、そういうのって素晴らしいんだっていう終わり方をしてくれる。

み:そう。だからこの映画は何処にでもある、皆が経験してる恋愛のひとつの形を描いてるにすぎない。始まりはいつもああなんだよ、あの夕日の中、海で2人戯れてるだけで満たされてる。終わりは皆ああなのよっていう、始まりがあり、必ず終わりがあるっていうその真実は描いているよね。
始まりの満たされ感は恋をした事がある人であれば、多分誰でも経験してると思うの。恋の終わりを経験した人だったら、最後の部分も分かると思うのよ。だから普遍的な物語を描いたなっていう感じはする。

あとやっぱりもっと現実的な話をするとすれば、出会って2人でルルンっていう何の責任も無く2人だけで楽しくやってれば良いっていう時は上手くいっていた2人が、結婚して、子どもが出来て家庭を持つってなった時に露わになるそれぞれのキャパシティっていうのは、結婚生活をした人達は実感持って分かるんじゃないかな。
私は結婚して何も変わらなかったけど、子どもが出来て自分も相手との関係も変わったと思ってるの。子どもが産まれた事で、初めて見えてくるパートナーの資質とかがあるの。子どもが居なければ多分ここは問題にならなかったっていう部分は沢山あるわけ。
多分この夫婦もそういうものがあったと思うんだよね。

でも私はジルが他人事じゃなかったな。マリオンも他人事じゃなかったな。何か切ないな。両方の気持ちが本当にこんなに分かる映画ってあまり無いなと思って。
本当は私もジルみたいに振舞いたいと思うのよね。だけど、そうじゃない所もあるからマリオンみたいになっちゃったりして。で、絶望して、絶望しつつジルみたいになよっと甘えたくなったりして。面白い映画だよ。

この女優さんは凄い綺麗になる時と…。

り:凄いブスになる時がある。
私凄い好き。やっぱりこういう顔の女優が好きなのよね。
ちょっとブスでも美しいみたいな。

み:だって似てるもん。

り:エマニュエル・ドゥヴォスと?

み:うん。

り:好きなんですよ。「ふたりの5つの分かれ路」を観てから、ヴァレリア・ブルーニ・デデスキが好きになって。妹はそれこそ。

み:全然違う顔してるもんね。(ヴァレリア・ブルーニ・デデスキの妹は、フランスの元大統領ニコラ・サルコジの妻、カーラ・ブルーニ)

り:味がある。漂う倦怠感とアンニュイさが。

み・り:顔が倦怠感!

み:だもんね。

り:基本アンニュイ顔、倦怠顔だけれども、ちょっとした表情が上手いですよね。
哀しみの度合とかをちょっとした表情で。

み:目の動きでね。
この映画は本当に考える。じゃあどうすれば良かったんだろうって考えちゃう。
じゃあいつ? いつこういう風に立て直せば良かったんだろうって。でもそうじゃない、結局終わるんだなとか。
この後マリオンどうするんだろうとか。再婚するのかなとか。再婚しそう。ジルも他の相手を見つけそう。で、同じ事を繰り返していきそうな気がする。

り:最初の場面で、離婚調停後のセックスが終わってホテルの部屋を出るシーンがあるじゃないですか? あそこの音楽の使われ方というか、オゾン監督の音楽の使い方は、本当に上手いなって思う。「止めて!」って叫んだセックスの後なのに、楽しみのあるワクワクするような音楽で一幕が閉じるっていうので、暗いだけのものでは無いようにしている。
ありがちなのは、シーンとした雰囲気で終わる。そういうのも想像出来るけど、それをしない所が良い。
旅立ちます!ダンダダダダン!みたいな音楽。

み:そうそう。やっぱり私がオゾン監督を好きな所っていうのは、単純じゃない所ですよね。
離婚=悲劇じゃないのよ。そういう物の見方っていうのが私はとても好き。
救われるよね。離婚は悲劇では無いし、出会いだって全てがこれからの幸せが保障される訳じゃない。
子どもが産まれるのだって皆がハッピーって思う事だけど、こういう人達もいるんだよっていう影の部分や表面に出てこないマイノリティの人達の感覚に光を当ててる。一般的には「離婚したの? それは悲劇ね。」って多くの人が思うだろうけど、彼らにとっては悲劇とは限らない。別の側面から見れば、正しい生活がようやく始まるみたいな事だよね。

り:最初の話に戻りますけど、本当にこれも「真実」ですよね。
いわゆる一般的みたいに言われてる、離婚だと哀しいだとか、終わりだとかじゃなくて、こういうのもあるって敢えて出してくるのが面白いし、上手い。

み:私はこの間の「焼け石に水」よりも自分に近い人として感情移入出来たし、最初からこの映画を観た時から面白いと思って、珍しく映画のパンフレットも買っているくらいだから。




~今回の映画~
「ふたりの5つの分かれ路」 2004年 フランス
監督:フランソワ・オゾン
出演:ヴァレリア・ブルーニ・デデスキ/ステファン・フレイス/ジェラルディン・ペラス/フランソワーズ・ファビアン/ミシェル・ロンダール/アントワーヌ・シャピー

-ゆかいな仲間たち, よいこの映画時間