ゆかいな仲間たち よいこの映画時間

◎8本目 『未来よ こんにちは』

2020/02/06


【あらすじ】
高校で哲学を教えているナタリー(イザベル・ユペール)。
子どもも独立し、高齢の母親の面倒を見たりと、忙しく生活をする毎日を送っています。
ある日、夫から別れを告げられ、母も他界してしまい…。

路子
路子
淡々とした。淡・淡・淡とした映画だったわね。
私、ミア・ハンセン=ラブ監督の映画で、初めて寝なかったです(笑)。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
あっ、そういう監督のなのね。
うーん…。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
今パンフレットを見ていたのだけれど、30代のまだ若い女性の監督なのね。この監督がそんなに若い女性とは意外だったわ。
(ミア・ハンセン=ラブ監督は1981年生まれ)
私、ミア・ハンセン=ラブ監督の映画、ちょっと苦手なんです。フランス映画祭で2回観てますが、2回とも寝ちゃいました。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
分かるような気がする…。
今回はイザベル・ユペールだったから寝なかったですが、ちょっと余計なものが多い気がしてしまって。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
余計なものなのね(笑)。
余計なものというか…。長く感じませんでしたか?
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
うん。
ミア・ハンセン=ラブ監督の作品は、いつも長く感じてしまうんです。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
この監督の作品はどれも観てないわ。

『あの夏の子供たち』や『EDEN/エデン』はフランス映画祭で上映していました。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
両方寝たの?
寝ました…。
『あの夏の子供たち』に関しては、半分以上寝ました。全然覚えてない。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
(笑)。
『EDEN/エデン』は90年代のパリのエレクトロ・ミュージック・シーンの話なのですが、それもちょっとしっくりこなかったんです。今回は2時間くらいだったけど、長く感じてしまいました。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
多分、余計なものというのが現実なのよ。映画的なモノの見せ方というのは、伝えやすいようにピックアップして、ここは別にいらないかな、という部分を省いていく作業をする。でもこの作品は、敢えて省いても困らない部分をそのまま出してる。そのまま間違えてカメラ回しちゃってますみたいな感じで撮っているでしょう? だからこそ、それが凄くリアルなんだと思う。私も眠くなる映画だけれど、割とこういう嘘がないというか、人生ってこんなものでしょう?という現実的な映画は嫌いではないの。全然ドラマチックではないし、年下の男の子 ファビアン(ロマン・コリンカ)が唯一の慰めになっていて、そこで恋愛に発展するのかな?と、思わせておいて発展しない。普通、発展しないのよ。それが冷酷な程に…。

リアル?
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
うん、リアル。私、年齢も主人公のナタリーと同じくらいだと思う。境遇も自分と重ねられるから、そういう意味では凄く面白く観られた。
出版社からあなたの本は求められていないと言われ、本が出せなくなるところも他人事とは思えなかった。自分がどんどんどんどん社会から求められなくなっている、「老いていく人」の立場になっていく丁度境界線の年齢なのだと思う。それがとてもリアルに描かれているのだけれど、それに対して凄く深く絶望する、という訳でも、頑張る訳でもなく。本当に冷静に現実を受け止めて、次の一歩を踏み出していくという感じは本当っぽい。
前半の設定は、少し『ミューズアカデミー』に似ている感じがしましたね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
哲学の教授だものね!
男の人に違う相手が出来るところとか。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
私達の会話、『ミューズアカデミー』を品隲(ひんしつ)してるわね。会話の中の登場回数も多いわよね?(笑)。

路子
路子
テーマが哲学で、夫婦でも哲学を勉強していて、夫婦間で哲学の話が交わされたりね。

でも『ミューズアカデミー』に出てくる奥さんとは全く違う反応ですね。『ミューズアカデミー』の奥さんは、哲学の話をしていたのに、最終的には感情に身を任せてキレてましたもん。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
旦那を理解しているのは私みたいな感じで、他の女の存在を許さない感じだったわね。
ナタリーは、くさくさした気持ちがあるにせよ、否定をする雰囲気は出ていない。受け止めた上で、別れた後に旦那とどう接していくとか、これからの生活をどうしていくかとか、そこに母親の問題が混じったり。そういうのをちゃんと受け止めているところや、やけにせせこましく動き回っているところは妙にリアルに感じました。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
最初の部分、面白かったわね。旦那さんが「好きな人ができた。彼女と暮らす」と、言ったら、ナタリーが「何でそれを隠しておかないで言うの?」という場面。
人生を新しい人と歩みたいと言われると、ナタリーは初めて嘘っ!?と、思う。だから愛する人が他にいても、別にそれはそれで驚くべくきことではないという、知識人の哀しさがあるわね。サルトルとボーヴォワールではないけれど、理性と教養で受け止めるって。

路子
路子
でも、バカンスで使っているブルターニュにある夫の実家に対する想いは、全てを象徴していると思った。 夫に対しての未練や、自分がずっと続けてきた子どもを含めた家庭、子ども達も自立して、母親であるナタリーとも精神的に近いところにいない。子どもにかけてきた人生も今はべったりではないし、旦那に対してもそんなにベタベタしていない。それこそ同志的な関係だからサバサバしている様に見えるのだけれど、あのブルターニュの家に対する執着と愛情。その家に行った時に泣いたりもするし、子ども達と遊んだブルターニュの浜辺を思い出すと、言った時も泣いていた。だからそういう形では哀惜の念があるのよね。

路子
路子
やっぱり哲学を勉強したりしている人だから、自分の感情的な部分とかを全部理屈で解決しよう、という作業をずっとしてきたのだと思うの。だから好きな人が出来たからその人と暮らしたいと、旦那に言われた時も、感情的にはならない。でもそれが哀しくない訳ではないし、そういった部分を象徴的に表わしているのがブルターニュの家なのだと思った。教養人や知識人の抑圧された物悲しさも感じたわ。全部を分析して、今の状況を把握出来る能力があるということは、決して幸福なことではないかもしれない。

自分の中で考えて分析して、というのが、瞬時に出来てしまう。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
そうそう瞬時。だからそれが普通の思考回路なの。
だからといって感情でうわぁーってなっちゃう人が劣っている、という訳ではないけれど…。そこの部分は『ミューズアカデミー』と違う部分ですね。
感情ではなく、そういう風に物事を考える人は、見ていて見苦しくない。みんな、感情で動く訳ではないし、ナタリーみたいにくさくさはしていても、こういう風に考えられる人はいる。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
やっぱり教師を続けていられるのは、そこなのかもしれないわね。哲学の教師が好きということでしょう? やっぱり作家じゃ無理よね。
何歳の設定なのかしら。50代? 「40代で女は生ごみなのよ」みたいなことをナタリーが言っていて、えーんって感じだったけど(笑)。 
だから49歳くらいの設定なのかしらね。
(パンフレットを見ながら)上野千鶴子の解説には、ナタリーは50代って書いてあります。
りきマルソー
りきマルソー

あっ、この写真良いなあ。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
好きだね。枯れかれの(笑)。
枯れかれの。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
枯れかれユペールのエロティシズムですね。
華やかな感じの写真よりも好きです。
私、ファッションは無頓着だし、普段から興味がないけれど、今回は可愛かったですね。いろんな衣装を着てますよね。ピンっとしているちゃんとした服も可愛いし、花柄のワンピースとかも妙に少女さが出て可愛いし。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
ナタリーの人物像に何を与えたかったのかしら?と、思いながら観ていたわ。特に花柄のワンピースとか。
やっぱり開放感ですかね。街にいる時にはちゃんとした服装だけれども、ブルターニュやファビアンが住んでるヴェルコール山地に行く時は、ちょっと解放的な服になるので。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
そうね、確かに。
本当に洋服を。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
沢山着てた?
うん。そういうイメージが。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
淡々としてるから、ちょっとそこでというのはあるのかもしれないわね。

日本と海外の授業の違いを感じましたね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
そうね! 考えさせる授業ね。
討論みたいな。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
草の上で寝転がって討論するとかね。
海外は、学生も自ら意見を言いますよね。そういう違いを凄く感じました。
あとは、ユペールの走り方が可愛かったです。映画の中で、せかせか動いていましたよね。 役柄なんでしょうけど、小走りの仕方が凄く可愛くて。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
音楽の使い方はどう思った? 英語の曲が流れていたでしょう? 『アンチェインド・メロディ』とか。
そうですね。カントリー的なのとかも。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
『ゴースト ニューヨークの幻』は、私、大好きな映画の一つなのだけれど、『アンチェインド・メロディ』が最後に流れてた。あんまり音楽がいつも流れている訳ではなくて、音無しで進んでいくけれど、たまに歌詞入りで音楽がわあって入ってくると、音楽の意味するもので何かを表したいんだろうなと思ったの。しかしひとりで淋しいわね。

路子
路子
ナタリーの性格を象徴するもう一つのこと。お母さんの猫を引き取った時に、最初はネコアレルギーだからといって邪険にしているけれど、段々愛情が移ってくるでしょう?
くっついたりしますよね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
そうそう。いなくなった時には、帰って来た時に子どもの様に抱きしめたりする。普通だったら、一人暮らしの女性と猫といったら絶対セットで一緒になっていくから、ああ、そういう風になっていくのかな?、ちょっとつまらないと、思っていたの。でも猫をあげちゃうじゃない?
手放しますよね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
あれが割と爽快だったわ。
結構簡単に手放しますよね。「さよならなんて今更」みたいに娘に言ったりもするし。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
ナタリーが惨めったらしくなく、哀しみの中でも、それが哀しみではないみたいに私が見るのは、彼女の何かに執着をしないところだと思う。それが猫に象徴されている。
お父さんの浮気を発見するナタリーの娘は、多分違うタイプ。娘が出産して家族が病室に集まるシーンで、ナタリーが「お父さんやっと帰ったわね」みたいに冗談ぽく言った時に娘が泣くけれど、あの涙は何だったのかしら。 何で泣いてるの?と、ナタリーも聞くけれど…。
答えないですしね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
「お父さんのこと悪く言ったから? 冗談よ」なんてナタリーも言ってたけれど、答えないで、ただ「赤ちゃんを側に頂戴。」と言ってそれでそのシーンは終わる。 何で泣いていたのかしら。
冗談を言ったからという理由で泣いた感じではなかったですよね。しかも赤ちゃんを受け取った瞬間に物凄く笑顔になりますよね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
そうなのよね。もしかしたら母親の執着の無い性格が哀しかったのかしら。愛されていない訳ではないのだけれど、ちょっと淋しさを味わってきたのかもしれないわね。だから赤ちゃんを受け取った時の笑顔というのは、自分は多分違うし、ぽかぽかに愛そうみたいな風に思ったからなのかしらね。

路子
路子
最初4人家族でフェリーに乗ってるシーンで、割と幸せで象徴的な4人として描かれているけれど、それから数年後、子ども達も自立して、離れていき、それぞれの人生がある。死ぬ迄一緒だと思っていた旦那にも好きな人が出来て離れていく。結局みんなバラバラでひとりなのよね。りきちゃんが最初に言っていた、「余分なこと」がたくさんあるからこそ、それを淡々と見せつけられた感じがした。
普段の生活で慣れてしまってるから、余計なことだと思ってしまったんですかね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
確かに多いけれどね。

そんなの知ってるよ!と、思いながら無意識に観ているからなのかな…。
りきマルソー
りきマルソー

どんどん人がいなくなって、ちょっと世話をするのが面倒くさいなと思っていたお母さんも亡くなり、少しは何か期待していたファビアンも少しずつ離れていく。初めてファビアンの住む場所に行った時は、車で迎えに来てくれていたのに、2回目はあれ?いない…。みたいな雰囲気だったし、水辺でファビアンが彼女とイチャイチャしているのを見て、彼が離れていくのを感じたり。唯一の慰めと言いつつも、ファビアンも離れていく人物のひとりですよね。
りきマルソー
りきマルソー

最後はどう思いましたか? ナタリーが子守歌を唄いながら、娘の子どもをあやしてる場面。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
全然分からなかった。
ナタリーにとっては…孫の力じゃないですけど(笑)。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
孫の力(笑)。
一気に庶民的な話になってしまいますが、例えば、ずっと何もないと言っている生活の中で、これから愛情を注ぐものとしては、孫というのはナタリーにとって大きい存在になるのかなと、思いました。彼女の性格や執着のなさを考えると、また違う出会いがあれば、孫よりそちらを選ぶとは思います。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
ただそこで泣いている孫を自分があやそうと思って、孫だから可愛いなと感じながら温もりを抱きしめて、よしよしとやってるだけ、という感じがするの。猫と一緒よ。
本当に執着がないんですね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
そうなの、ないのよね。
猫の時と一緒で、あの時点では孫の力が発動している訳で。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
でも帰っちゃった後は…。
多分、会いたいな、という気持ちはそんなに感じていないと思います。寧ろ、また授業のことを考えたり、本を読んだり、そういう日常にすっと戻るような気がします。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
そうね。でも孫をあやしてるシーンからカメラがズレていって、部屋をずっと映して歌が流れてるでしょう? というのは、あの部屋が指す彼女の居場所を象徴させてたのかしらね。

情緒不安定という訳でもないんですよね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
そうなの。
たまにふっと淋しさが込み上げたりはするけれど、それを引きずることが全然ない様に見える。頭の回転が物凄く速い。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
こんな風にいられれば、割と強いわよね。自分に足りない物が、ナタリーにはいっぱいある。

路子
路子
パンフレットに「ナタリーのせかせかとした歩き方は、どこかユーモラスで可愛らしい印象も与えますが」と、いうインタビューに対して、ユペールが「ナタリーがせかせか歩くのは、彼女が常に動き回っている人間だということを意味してます。映画では色々な事件が起こりますが、そこで困り果て、立ち止まるのではなく、動き、前に進んでいく人物だからです。」と、書いてあるわよ。

ずっと動いてますもんね。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
いつも歩いてる。パンツルックも多かったりしてね。

路子
路子
でもやっぱり「哲学」というものが重要な要素になっているわね。

もっとその分野を知っていれば、凄く深く入ってくるかもしれなかったです。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
そうそう。もうちょっと知っていればね。
でもりきちゃんが言ってることをパンフレットの中で結構言ってるわよ。「ナタリーのファッションがとてもナチュラルで印象的でした。衣装はご自身で担当されたのですか」という質問に対してユペールは「この映画の中で、衣装がどのように変化するかが重要だ」と、言っているし、衣装担当の人とも細かいところまで検討したと、書いてあるわよ。
結構汲み取ってますね(笑)。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
凄いじゃない!
苦手ながらも。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
頑張ってる。

お花はどう思いました? 所々出てきますが。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
予告の最後とかで、自分の為に花を買うみたいなキャッチがあったでしょう? だから自分で花を買うシーンがあるのかな?って思っていたの。
そんな場面は。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
なかったなかった。
お母さんのところへ持って行く花を持っていたりだとか、旦那さんが慰めで置いていった花を。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
下のごみ箱にわざわざ捨てに行ったり。しかも花を入れて捨てた袋だけを戻って回収してくるというシーン。
大きい机から小さい机に花を移動させ、その前に座り込む場面もありましたけど、花を見ていた訳ではない。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
生徒達から貰った花でしょう?
だからそんなに花って…。
自分の為に花を買ってたかというと、そういう感じでも無い。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
違う違う。

(再びパンフレットに目を向ける私達)

(ユペールのインタビューを見ながら)
「私はどちらかというと暗めに、シリアスに演じる傾向があるのですが」
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
私も今同じところを読んでた(笑)。
「たびたび彼女(監督)からは、もっと軽く、もっと愛すべき人物として演じてほしい」と、書いてあるわね。
冷たさみたいなものはないですよね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
確かにせかせかしてたわね。凄くせかせかしていた。
ずーっと動いてましたね。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
気持ち悪い人がいたからなのだけれど、映画も途中で出てきていたものね。

路子
路子
監督のインタビューでは、ユペールに「もっと穏やかで優しくて、無垢でさえあるような次元まで導きたかったのです」と、ある。今迄とは違うユペールを引き出したかったのね。
最後の歌についてもパンフレットには書いてある。私は『アンチェインド・メロディ』が好きだから、ちょっとほろ苦い感じだったけれど、インタビューに書いてあるように使われた、というところまでは分からなかったわ。
これシナリオ採録が欲しいわね。

昔はありましたよね。Bunkamuraのパンフレットって。『デブラ・ウィンガーを探して』をBunkamuraで観た時はありましたよ。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
それいつの? すっごく昔よね(笑)。
凄い昔ですよね(笑)。
(日本では2003年に公開)
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
りきちゃん生まれてたんだーぐらいの感じがする。
生まれてますよ(笑)。
今は採録ないんですね。あるほうが珍しいのかもしれませんね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
うん。哲学者の言葉とか書き留めたいのがいっぱいあったから、DVDでまた観そうな気がするわ。良い映画だった。
ちょっと克服出来ました。今迄はこの監督に対して畑違いで、ちょっとこの人違うかなって思っていた部分があったので。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
でも確かにこれが全然私の好きではない女優が演じていたら、寝ていたかもしれない。ユペールの力は大きいと思う。こういう映画は、本当に女優さんの力が重要よ。

路子
路子
ファビアンからの言葉はちょっと残酷だったわね。
うん。彼女の今迄の考えを否定してる。逆にそういう風に彼が考えられるようになったという喜びもあったんですかね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
そういう生徒を育てたかったと言っていたものね。
自分で考えることをする生徒をって言っていましたね。あなたが成功例だって。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
これは映画館で観て良かった。多分、おうちだと途中で止めて、何かをして、また観るってことをしてたかも。
私は家だと多分寝る。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
あっははは!
多分りきちゃんより私の方が重ねられる。
特に最初の方は、路子さんと重なる部分あるんだろうな、という目で観ていました。本の表紙のこととか。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
キャンディの袋で包んでってね。中身と全く違う表紙にするなということよね。
ははは(笑)。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
凄く分かります。

では最後に。私、Bunkamuraのパンフレット嫌いなんです。こうやって、余計な広告を入れてくるのが嫌い。
りきマルソー
りきマルソー

路子
路子
他の映画館のは無い?
あまり見ないですね。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
苦しいのかしら?
そうそうそう。でも嫌なんですよ、余計な広告。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
パンフレットを作る為に必要な広告なのだけれどね。まあ目障りよね。
折角この映画のパンフレットなのに、次回作のことをページ内に入れないで欲しい。世界が壊れるというか、このパンフレットはこのパンフレットの映画で…。
りきマルソー
りきマルソー
路子
路子
完結して欲しいわね。
そうそう、その映画だけで完結して欲しい。色とかは少なくても良いにせよ、こういうのは納得いかない。まあ、仕方ないんでしょうけどね。
りきマルソー
りきマルソー

(その後、違う映画の話をしている中で『未来よ こんにちは』の話題がちょこっと出てきましたが、それは次回のお楽しみに)

~今回の映画~
『未来よ こんにちは』 2016年4月 フランス・ドイツ
監督:ミア・ハンセン=ラブ
出演:イザベル・ユペール/アンドレ・マルコン/ロマン・コリンカ/エディット・スコブ

-ゆかいな仲間たち, よいこの映画時間