☆47本目『ミス・ブルターニュの恋』
2020/02/06
【あらすじ】
若い頃、ミス・ブルターニュに選ばれ、今はレストランのオーナーとして生活をするベティ(カトリーヌ・ドヌーヴ)。
愛人に恋人がいることが発覚し、ショックのあまり店を飛び出したベティは、久々に吸いたくなったタバコを探すうちに、いつしか旅に……それは実際の旅でもあり、人生の旅でもありました。
路子
私のブログでもすごく良かったと書いた、タバコを買い求める女性が主人公のおはなし。
ピックアップして考えていくと、彼女は過酷な経験をしながら生きているのよね。かつての恋人を事故で失い、夫も失い、愛人も取られ、口うるさい母親はまだ生きてる。経営しているレストランはうまくいっていないし、娘ともうまくいかない。
ピックアップして考えていくと、彼女は過酷な経験をしながら生きているのよね。かつての恋人を事故で失い、夫も失い、愛人も取られ、口うるさい母親はまだ生きてる。経営しているレストランはうまくいっていないし、娘ともうまくいかない。
孫も逃げちゃうし。
りきマルソー
路子
そうそう。人生的には全然うまくいっていない女性。それなのに、たくましく生きてる。けれど、あるとき、ふとしたきっかけで、何かがはずれてしまった。それがレストランを飛び出した時ね。
最初は近隣ドライブぐらいの気持ちだったけれど、タバコを探しにいくというきっかけで、好きなように流れに身を任せていこう、という気持ちになってしまった。私、この作品で救われたの。こういう風に生きて良いんだなって。
最初は近隣ドライブぐらいの気持ちだったけれど、タバコを探しにいくというきっかけで、好きなように流れに身を任せていこう、という気持ちになってしまった。私、この作品で救われたの。こういう風に生きて良いんだなって。
自分はタバコを吸わないので、この作品の気持ちを半分ぐらいしか理解できていなかったような気がします。
りきマルソー
路子
共感という意味で?
この作品は「タバコ」もテーマのひとつだと思っています。でも、私は吸わないので、事あるごとにベティがタバコを欲する気持ちや、タバコの無いイライラ感というものが、全く理解できない。そういう意味では、この映画を十二分に楽しむことができなかったと思います。
りきマルソー
路子
何かに置き換えてみれば、共感できるかも。例えば…男とのセックスとか。
路子
(笑)。
(笑)。
りきマルソー
路子
ダイエットしている人が、甘いものを禁じていているけれど、どうしても食べたい…みたいな感覚かしらね。どうしてもしたくなる、これがなきゃダメ、というものの象徴だから、それに近いものを持ってくれば、割と共感することができると思うの。
そうかあ…。タバコを欲している感じがものすごい。ヨボヨボのおじいさんのシーンも…。
りきマルソー
路子
タバコを探し求めている時に出会ったおじいさんが、手作りでタバコを作ってくれるシーンね。おじいさんの手が震えて、なかなかタバコが巻けないのを、ベティが生唾を飲み込みながら見ているのが、とても面白い。
路子
この作品の見どころは、もちろんラストシーンだけれど、ここも見どころのひとつ。ベティは生唾を飲んでじっと待っているし、見てる方もイライラしてきちゃうのよね(笑)。
そうそう! 大好きなシーンです。そんなにイライラしているのに、作るのは手伝わない(笑)。
りきマルソー
路子
そうそう! おじいさんがマイペースでプルプル震えながら作るのが、とてもおかしい!
そんなに欲しいのかタバコ! そんなに買えないものなのかフランス!って思いました。 そんなコメディ要素も楽しめる。
りきマルソー
路子
私はずっと禁煙していたけれど、最近また始めたの。
今は吸っても、吸わなくても落ち着いていられるけれど、禁煙する前は無いとパニックになるくらい依存をしていたから、ベティの気持ちがよく分かる。
今は吸っても、吸わなくても落ち着いていられるけれど、禁煙する前は無いとパニックになるくらい依存をしていたから、ベティの気持ちがよく分かる。
なにかに置き換えるにしても、そこまで気持ちを持っていけるようなものが、今のところないんですよね。相当欲していますもんね。
りきマルソー
路子
うん、相当。
だから本当の意味では理解もできないし、楽しめない、と思ったのは、そういうところですかね。
以前、画家の松井冬子の作品を観た時にも、自分が女性ではないという理由で、表現しているものの一部しか理解できないと、悔しい思いをしたことがありましたが、その感覚に近いです。こんなに良い作品だからこそ、もっといろんなことを理解しながら観たいのに、それができない。だから、悔しさも感じるような作品でした。
以前、画家の松井冬子の作品を観た時にも、自分が女性ではないという理由で、表現しているものの一部しか理解できないと、悔しい思いをしたことがありましたが、その感覚に近いです。こんなに良い作品だからこそ、もっといろんなことを理解しながら観たいのに、それができない。だから、悔しさも感じるような作品でした。
りきマルソー
若い男の子と知り合って、寝ちゃったりはしますけど、同じ「寝た」でも、ラストの「寝た」とは種類が全然違いますよね。
りきマルソー
路子
全然違う。飲み過ぎて、40歳くらい歳下の男の子と寝ちゃうのよね。ちょっと熟女フェチな感じの。
朝起きても、このおばさんと寝ちゃった…という感じではないんですよね。
りきマルソー
路子
「昔は美人だったろ ダイナマイトだ」とか言ったりして。
「愛し合ってる時 若い頃を想像した」って言ってますしね。だから、本当の熟女フェチという感じでもないんですかね?
りきマルソー
路子
若い頃を想像しながら、熟女とセックスをするのが好き、という性癖の持ち主なのよ。ベティは酔っ払って、羽目を外して、気付いたらベッドにいた感じよね。
何も覚えていない様子ですもんね。逃げるように車で出ていくし。
りきマルソー
路子
そうそうそう! 若い男の子に追いかけられながら(笑)。
男の子は本気そうだったのに!(笑)。
りきマルソー
路子
雨の日に警備員の男の人に案内されて、家具屋さんで一晩過ごすシーンも好き。その彼と何するわけではないけれど。
そうですよね。話をするだけ。
りきマルソー
路子
そうそう。外に出掛ければ誰かと出会うし、何かしらの交流がある。そして、出ていけば、確実に何かが起こる。
ひとり旅と2人以上の旅の違いは、現地や行った先々で出会った人たちとのコミュニケーションがあるかないかだと思うの。2人以上で行けば、一緒にいる人たちとお話ができるから、そこまで他人を必要としないのよね。仲間内でコミュニケーションを完結してしまうことが多いの。
今回、ひとりでバンコクに行った時に、ひとり旅の魅力はこういうところだと思った部分は、ひとりでは寂しいから…。
ひとり旅と2人以上の旅の違いは、現地や行った先々で出会った人たちとのコミュニケーションがあるかないかだと思うの。2人以上で行けば、一緒にいる人たちとお話ができるから、そこまで他人を必要としないのよね。仲間内でコミュニケーションを完結してしまうことが多いの。
今回、ひとりでバンコクに行った時に、ひとり旅の魅力はこういうところだと思った部分は、ひとりでは寂しいから…。
他を求める。
りきマルソー
路子
そう。他を求めるし、話す時も自分自身が関わることでしかコミュニケーションがとれない。 だから、そういうコミュニケーションは、ひとり旅の醍醐味だと思ったの。ベティは、同じことをしてるのよね。
路子
娘がすごくヒステリックでうるさくなかった?
そうですね。
りきマルソー
路子
ああいう人は、ちょっと苦手。
娘役の人って、歌手のカミーユみたいですね。『たかが世界の終わり』で、路子さんも良かったと言っていた、モノローグの歌「Home Is Where It Hurts」を歌っている歌手です。
りきマルソー
路子
ああ、なるほど。エキセントリックなのは元々の素質なのね。
最後はちゃんと打ち解けますけど。
りきマルソー
路子
ああなってしまったのは、母親に対するコンプレックス? それとも、構ってもらえなかったから?
構ってくれなかったことが大きいと思います。映画の中でも「 頭にあるのは店や愛人のことだけ 私は眼中にない いつもそうよ」ってベティを責めていますよね。
りきマルソー
路子
母親としても責められているのよね。
うん。だからこそ、自分の息子を溺愛しているんですかね。執拗なほどのスキンシップを感じました。
りきマルソー
路子
親子関係って、そんなものよね。ずっと繰り返されるの。自分がされなかったことを子どもにしてあげたいと思い、その子どもは自分が受けられなかった何かを自分の子どもにするという。
路子
映画のタイトルにも使われている「ミス・ブルターニュ」は、ベティがかつて「ミス・ブルターニュ」だったところからきているけれど、かつて「各地のミス」だった人たちが集合しているシーンもすごかったわね。みんなおばあちゃんになっているのに、昔と変わらないくらいの自信に満ちあふれてる。歳をどう重ねるか、ということに対してのシニカルな視線があったりするのよね。
路子
……この映画もそうだけど、60歳を過ぎたあたりからのドヌーヴが演じる役柄は、彼女の人生にかぶっている気がする。監督がドヌーヴを想定して書いているとしか思えないの。
『ルージュの手紙』もそんな感じでしたよね。
りきマルソー
路子
そうなのよ。
今まではそういう作品が無かったけれど、今監督をしている人は昔からドヌーヴの姿を見ているから、世間のイメージと自分なりのドヌーヴ像を持っているんですよね。
りきマルソー
路子
「映画と自分自身の人生を混同しないで欲しい」と、ドヌーヴは言っているけれど、最近の出演作を観ると、セリフや何かにぶち当たった時の選択の仕方に、ドヌーヴの実生活や生き方、歳の重ね方が見えてきちゃう気がするの。
本当に心から寝たい人と過ごし、一緒に朝を迎え、横になりながら、自分の嫌いなものについて話をしたり、冗談を言い合ったり。
りきマルソー
路子
ラストシーンね。最後のベッドシーンは本当に良かった。恋の始まりってこれよね、これがたまらないのよねって思えた。年齢を重ねた2人だからいい。何歳になっても…。
これからもそういうことが起こりうる。
りきマルソー
路子
うん。もちろんあるとは分かっているけれど、映画で観ると感激が増すわ。
心から好きだと思っている人が相手だと、なんでも知りたいですよね。
外から孫にその姿を見られて、ティーンエイジャーみたいに、「やだっ、どうしよう!」って顔で笑いながら恥ずかしそうにしている、可愛げのあるドヌーヴも良いですね。そして、最後の…。
外から孫にその姿を見られて、ティーンエイジャーみたいに、「やだっ、どうしよう!」って顔で笑いながら恥ずかしそうにしている、可愛げのあるドヌーヴも良いですね。そして、最後の…。
りきマルソー
路子
「人生は続く!」
「人生は続く!」
りきマルソー
なんて良い終わり方なんだろう。
りきマルソー
路子
名作よね。この作品は絶対に観てほしい。
~今回の映画~
『ミス・ブルターニュの恋』 2013年9月 フランス
監督:エマニュエル・ベルコ
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ/ミレーヌ・ドモンジョ/カミーユ/ネモ・シフマン