ふたりの映画鑑賞記/よいこの映画時間

◎3本目 『ふたりの5つの分かれ路』

2025/11/09

【あらすじ】
離婚調停を進めるカップル、マリオン(ヴァレリア・ブルーニ・デデスキ)とジル(ステファン・フレイス)。
離婚のシーンから始まって、時間を遡り、出逢いのシーンで終わる物語。ある日の夕食、出産、結婚式、恋に落ちた瞬間、5つのシーンにあらわれているふたりの愛情、すれ違い。

 

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[word_balloon id="1" position="L" size="S" balloon="bump" name_position="hide" radius="true" avatar_border="false" avatar_shadow="false" balloon_shadow="true" font_color="#ffffff" bg_color="#000000" border_color="#000000"]りきマルソー:♣R[/word_balloon]
♥M
ヴァレリア・ブルーニ・デデスキは、すごくきれいになる時と…。

♣R
すごくブスになる時がある。すごく好き。
ちょっとブスでも美しいみたいな、こういう顔の女優が好きです。

♥M
だって似てるもの。

♣R
もしかして、私の好きなエマニュエル・ドゥヴォスと?

♥M
うん(笑)。

♣R
わかりますよ、そう言いたくなる気持ち(笑)。
ヴァレリア・ブルーニ・デデスキは、この作品を観てから好きになりました。
妹は…。

♥M
全然違う顔をしてる。
(妹は、フランスの元大統領ニコラ・サルコジの妻、カーラ・ブルーニ)。

♣R
味がありますよね、漂う倦怠感とアンニュイさ。

♥M ♣R
顔が倦怠感!

♣R
基本、アンニュイ顔、倦怠顔だけれども、ちょっとした表情が上手いですよね。
哀しみの度合いとかを表情で。

♥M
目の動きだったりね。

 

■オゾンの視点と描かれ方

♣R
戯曲的ではなく、リアルな姿。
夫婦にとっては大きな出来事かもしれないけれど、「映画」としてみると、すごく大きな事件や出来事があったとは感じられない。

♥M
そうそう、表面だけを軽く観ていると、本当に些細で何が問題だったの? という感じ。
離婚の原因を突き止めるぞ、っていう風に見ると、えっ、わかんなかったって感じになるね。

♣R
どれも少しずつ理由になりますよね。

♥M
オゾン監督、上手いなあ…
どうだった? 私、映画を観る前に、「りきちゃんにはあんまり刺さらないかもしれない」と言ったけれど。

♣R
ゲイという立場で観ていたのですが、今の日本では同性婚はできない。
だから分からない部分が多いと思うし、日本の法律が改正されない限り分からない部分も多いと思います。
あとは、「男女」として観ていくのと、「ゲイ」として観ていくのでは、同じ夫婦を観ていたとしても結構捉え方が違いますね。
でも、ところどころ共感する部分はありました。
私自身が「男目線」で物事を見るのが苦手なので、割と共感するのは、主人公の女性目線が多かったです。

♥M
じゃあ私と同じ立場くらいで観ていたってことね。
私は男性側からの見方をするっていうか、男性側にも立つから、男性側と女性側の両方で揺れ動きながら観てた。
でも、りきちゃん、ゲイだからと言ったけれど、オゾン監督はゲイでしょう?
ゲイの監督がこういう夫婦の物語を作る動機はなんなんだろう。
彼の視線はどこに向いているのかな。

♣R
私が女性に重きを置いて観ているからそう感じているのかもしれないですが、オゾンが捉える部分は、女性目線が多いと感じました。
オゾンは、女優をすごくきれいに撮りますよね。

♥M
全部脱がせて、全裸をね(笑)。

♣R
(笑)。
どのシーンも、女性の美しさが際立ちますよね。
だから映画を観ていても、そういう部分が強調されている気がします。
私自身の好みもあるので、女性に重きをおいて撮影しているように感じる。

♥M
そうだと思うよ。
そうそう、りきちゃんに聞こうと思ったのだけれど、主人公のジルは、バイセクシュアルだと思う?
ジルは自分のセクシュアリティを認めていない感じなのかな。

♣R
先日観たグザヴィエ・ドランの映画で、キンゼイ・レポートの話が出てきたんです。
(キンゼイ・レポートとは、アメリカの性科学者・動物学者であるアルフレッド・キンゼイが1948年と1953年、アメリカの白人男女約18,000人の性に関する調査報告をしたもの)
その中で、キンゼイ・レポートでは、「異性しか愛せない」「異性愛者だけど同性愛の経験もあり」「異性愛者だけどたまに同性愛も」「男も女もイケる」「同性愛者だけどたまに異性とも」「同性愛者だけど異性愛の経験もあり」「同性じゃないとダメ」と、説明しています。
ジルは乱交パーティーで男ともした、みたいに話していたけれど、それで分類すると、バイセクシュアルというよりは、「異性愛者だけど同性愛の経験もあり」というカテゴリーになるのかなって思いました。
だから私は、ジルは同性とのセックスに興味があるくらいで、バイセクシュアルだとは思ってなかったです。

♥M
なるほど…というのも、ファーストシーンで後ろから無理やりセックスをするシーンがあるけれど、どこに入れてるのかと思ったの。
態勢が不自然じゃない?

♣R
女性との経験がないので分からないんです(笑)。
どうなんですか?

♥M
位置も人によって違うから分からないけれど、あの態勢ですんなり出来るのは…って思ったのと、マリオンがすごく拒むのが気になった。

最初、マリオンが下になって色々している時は1回「止めて」と言うぐらいでそれほどではなかったけれど、その後、態勢を変えて無理やりされてからの「止めて!」が、異様な「止めて!」だと思った。
女優の演技力もあるけれど、肌がばぁーって赤くなるの。
興奮というか、嫌だからというか、激情で赤く染まっている。
行為の後もマリオンは虚ろな目だし、ここまで嫌がっているのは、もしかしたらそうなのかなって…。

ジルが男の人への興味だとか、そういう要素を持っているから、たまに夫婦の間でそういう行為があったんじゃないかと思った。
マリオンは許してはいたけれど、多分そんなに好きではない。
前に観た時は何とも思わなかったけれど、今回観て、異様だなって、最初に疑問に思った。
ゲイのカップルを招くシーン(ジルの兄とその恋人)で乱交の話も出てくるから、なおさら。

♣R
そう聞くと、乱交パーティでジルが同性との行為を経験したから、後ろ側のセックスに興味が湧いたのかなってたしかに思いますね。

♥M
乱交の時が初めてだったのかもしれないね。
遡っている訳だから、ファーストシーンの別れの頃にはもっと興味が高まっていて、マリオン相手にそういうセックスをしていたのかな。

♣R
そんな状況でジルが「やり直せないか?」と聞くのは少し滑稽な感じがしますね。

♥M
これはオゾン監督が嫌いなタイプの男の描き方なのかな。
オゾン監督は、ジルみたいな人のことがきっと嫌い…嫌いというか、露悪的に描いてやれーみたいな感じがする。
こういう男いるよね、という、滑稽で哀れな生き物として描く。徹底的に。
この俳優は、かなり情けない、どこまでもいい部分がない人を演じていて、なんだかかわいそうになっちゃった。

♣R
裸の感じはすごくセクシーでしたよ(笑)。

♥M
その目線はなかった(笑)。
私は、こういう裸は好きではないから、私にとっては何もよくない。
ゴメンナサイ、私からしてみると身体もよくないし、見た目もよくない、やってることもよくない。
ただ、いるのよね、こういう人、という…。
割とこういうところにカテゴライズされる男の人は多い。

 

■眠る男たち

♥M
結婚式の夜、ジルが眠ってしまうでしょう?
このシーンにどれだけの女性が頷いていることか。

♣R
いるいるいる!って絶対に思ってる。

♥M
一時期、私のテーマのひとつだったの。
どうして男の人というのは肝心なシーンで眠れるんだろう、というのがずっとある。
結婚式の夜もそうだし、記念日の夜や、そういう時に、ジルみたいに眠ってしまう人が多いというのを私は独自のリサーチで知った(笑)
私の周りにいる人たちだからちょっと特殊かもしれないけれど、30代の頃、何人かの同年代の女性にリサーチして「眠る男は相当ムカつく」という結論に達したの。
眠る男というのは、本当に私たちの怒りの対象だよね、という話になって、「眠る男」をテーマに1冊本を書こうと思ったくらい。
眠るよね…くうくうくうくう寝てるの。

♣R
それは前回観た時も思いましたか?

♥M
ジルが眠るシーンは前回もそう思った。
眠るの。喧嘩した後も、感動的なやり直しの後も眠るの。
ふたりの結婚式の時なんて、少し待てって感じじゃない?
かなり酔っているのもあるけれど、結婚式の後にふたりで盛り上がっているのに、妻が着替えている間に眠っちゃう。
私はアルコールと眠気というものを絡めて考えているから、たいせつな時にはセーブして欲しいの。
それが出来ない情けなさ。

♣R
その場の雰囲気とかで変に盛り上がってしまうんですよね。
結婚式だからとか、周りによく見られようとか、高揚感をもっとみんなに伝えたいがために、手段としてアルコールを飲む、というのが多いのかもしれませんね。

♥M
でも妻のマリオンの方からしてみればガックリよ。
その気になっているのに、夫が眠ってしまっているんだもの。

♣R
その絶望感は何となく分かります。
えー?? 今? みたいな(笑)。

♥M
えっ? え?って感じ(笑)。
わかるでしょう?
私もその気持ちは本当に分かる。
それでマリオンは眠る気にもなれなくて、もてあまして外に出るのも分かる。
その後、ばったり会うアメリカ人と一夜を共にするのも分かる?

♣R
分かります(笑)。

♥M
私も分かる。

♣R
自分も同じことをするかもしれないです。

♥M
というのも、私、この作品を観た後、ネットでいくつかコメントを見たの。
つくづく思ったのは、ここまで観る者に委ねていると、これだけのいろんな解釈が出来るんだなってこと。この映画についてはすごくそう思った。
誤読というとおかしいかもしれないけれど、私から言わせれば、違う違う違う、そんなことを描いてるんじゃない、という、そういうコメントがたくさん。
すごくシンプルにふたりの離婚の理由を書いてる人が多いのよ。そうじゃないでしょう?

嘘っ?? って思ったのは、「離婚の理由は子どもが自分の子どもじゃないからです。」という感想。
結婚初夜でジルが眠ってしまったから、マリオンが出かけるでしょう?
その時にばったり出会ったアメリカ人と一夜を共にするけれど、その時のアメリカ人との間にできた子どもだって書いてあった。
その解釈は有り得ないと思った。それだと違う映画になってしまう。
でも、そういう風に観てる人が結構多いの。
まあ、ほんとうのところはわからないんだけど、私はそうじゃないと思うってこと。

アメリカ人と一夜を共にしてしまったというのは、マリオンが身体も心もそういうモードに入っていたからであって、すごくハッピーで、幸せいっぱいで、身体もとても開放的で、その流れの中でそういうことがあった。
だから別にマリオンもすごく悪いことをしたという感じもなく、ハッピーな気持ちを抱きながらジルの元に帰って「ジュテーム、ジュテーム」と言ってる。

♣R
多分、そこを受け入れられない人が多いんでしょうね。

♥M
そもそも分からないのだと思う。

♣R
結婚の初日に違う男の人と一夜を共にするという気持ちが分からないのだと思うし、「そんなー裏切りー! えーーっ?」みたいに、そこで既に拒絶をしてしまうと自分の都合で解釈してしまう。
こういう答えの出ていない映画は解釈が色々と出来るので自由ですが、こんなの有り得ないと思ってしまう人が多いのかもしれないですね。

♥M
世の中には、このひとくみの夫婦、マリオンとジルの感覚が無理しなくてもストンと分かる人と、全く分からない人がいるんだろうなって思った。
キンゼイ博士はセクシュアリティで分類したけれど、マリオンを含めて、こういう人種がいるのよ…このようにしか生きられない人達っていうのが。
マリオンは、どのシーンの中でも、今よりも、より良くなろうと努力している人だけれども、その努力の仕方が多くの人たちと、たぶん違ってる。
自分の喜びをなにより重視する人なんだと思う。

結婚初夜のアメリカ人との一夜なんて、私からしてみれば、大したことじゃない。
「ハロー」って挨拶を交わしたぐらいのもの。そういうマリオンの性質が、映画全編通して描かれてる。
だから、夫婦で一緒に行ったパーティーで乱交が始まった話をする場面でも、ジルがマリオンの前でその事実を話す。
マリオンはそれを聞いて涙を流すけれど、それも別にそういうのをふたりで楽しんでいるわけではない。
なんて言ったらいいんだろう。敢えてざらざらした感覚の中に身を投じる人たちっていうのかな…すべすべの順風満帆な普通の平和な家庭生活では幸せとか充足感を感じられないのだと思う。
乱交を夫に経験させ、それを話させて、その中に哀しいものとか、切ないものを見出して涙を流す自分もちょっと好き、みたいな。

 

■失望の象徴

♣R
そういえば、ジルの行動の変化を感じました。
例えば、出会いのシーンで、マリオンがバーに行くと言った時、元彼女が「(マリオンと一緒に)行ってくれば?」と言うけど行かない。
でもマリオンがジルに乱交に参加してくれば? と言った時、ジルは参加しに行ってしまう。
以前のジルは、「~してくれば?」ということに対して、乗るようなひとではなかったような気がします。

♥M
それはジル自身が、相手が変わったことによって変化してるということ?
年齢的なもの?どういう風に変化してるの?

♣R
相手が変わったからというのも、きっとありますよね。
元彼女との関係性、夫婦になってからの関係性、そして時間が経ったからこその関係性。
そういったことが影響しているような気がします。

♥M

時と共に変わっていくということね。
ジルが結婚生活のシーンで子どもの横で寝るシーンがあるけれど、あれはどういう風に感じた?

♣R
いくつか理由があるような気がします。

その前のシーンには、ベッド横の電気を消すシーンがありますよね。
ベッド横の電気を消すシーンを観た時、ジルと元彼女のシーンを思い出しました。
ジルがベッドに入って本を読んでいる時に、元彼女がベッドに入ってきて、彼女側のベッド脇の電気を何も言わずに消すと、ジルは、えっ? という感じで仕方なく自分側の電気も消すシーンです。
以前体験したことは、同じ体験をすると、その当時のことを思い出したり、その時の心境が蘇ったりしますよね。
ジルは電気を消された時、かつて、昔の恋人にガチャっと電気を消されたのを思い出して、当時の嫌な気持ちを思い出しているような気がします。

もうひとつは家庭内のふたりの役割です。
マリオンが主に外で仕事をしている側で、ジルが家事や子供の世話を主に受け持っている感じがします。
子どもの世話をするのって疲れますよね。
うちも姉の子どもが一緒に住んでいるので、疲れている姿を見ますし、私も世話をすると疲れてしまいます。

♥M
ひどく疲れますよ(笑)。

♣R
だからマリオンが一緒にいたいと思って「こっちに来る?」と聞いても、ジルは子どもの世話で疲れたとか、子どもが泣いてたから一緒にいてあげたいという気持ちがあると思います。
それだけではなく、なんかちょっと一緒にいたくないな、少し距離を置きたいな、みたいな気持ちも影響しているのだと思いました。
ひとつの理由ではなく、色々重なっての「寝かせてくれ」だったのだと思います。

♥M
ベッドサイドに電気がふたつあるというシチュエーションは、海外だから多いのだと思うのだけれど、先にバチンって消されるのをオゾン監督は経験してるのかな。
きっとオゾン監督がすごく嫌なことだと思うのよね。
私が今、眠る男を嫌だと言ったのと同じくらい嫌なんじゃないかな?
何かを象徴しているシーンだと思う…関係が冷えてきたらこういうことが起こり始めるみたいな。

♣R
そうじゃなきゃ劇中に2回も同じようなシーンを出さないですよね。

♥M
うん、そう思った。
その出し方が割と「男の人の失望」の象徴として出ているでしょう?
眠るためにバチンと消すのだから、女性が悪いことをしているというわけではない。
でもその先に、何も言わずに電気を消して眠るというのが、愛がないというか、「愛が冷えた状況の証拠」みたいな感じでオゾン監督は捉えてるのかもしれない。

♣R
ヨーロッパには、そういう象徴があるんですかね?
イザベル・ユペール主演の『ピアニスト』でも、主人公を演じるユペールがお母さんと一緒のベッドで寝る時に、お母さんが読書をしているのに、ユペールはベッドに入り込むとすぐに自分側の電気を無言でガシャンって消す場面があるんです。
ちなみに、そこの親子関係は、良好とは言えないような関係なんです。
今、路子さんの話を聞いてて、オゾン監督の感覚のこともあると思うし、ヨーロッパ的なシチュエーションなのかもと…。

♥M
何かを語るっていうのがあるのかな。
電気を消すことがコミュニケーションの遮断みたいな。

♣R
でも解りやすいですよね。光を遮るってだけで…。

♥M
それに、消し方ひとつで変わるからね。

 

■愛しているし、好きだけれども…

♣R
ジルのお兄さんが言った「第三者がいた方がなぜか気持ちが楽なんだ」、という一言に共感しました。
ふたりの時間というものはすごく楽しいけれど、私は関係が長くなると窮屈になってくるなって思ってしまうんです。

♥M
ふたりでいることが?

♣R
そうなんです。
そう思ってくると極端な話、相手にセックスフレンドがいるとかだと、何となく気持ちが楽なんですよね。

♥M
何だろうね…それは自分も自由でいたいから?

♣R
それはあると思います。お互いに自由でないと罪悪感を感じるというか…。
好きだけれど、セックスフレンドみたいな人がいても、最終的には自分に戻ってきてもらいたいと思う。でも、毎週決まった曜日に逢うというのを続けていくと窮屈さを感じてしまう。

♥M
りきちゃん結構淡白かもね。そうは思えないけれど(笑)。

♣R
燃え上がる時は燃え上がる。
けれども、ひとりでいることの楽しさを知っているので、自分ひとりの時間も欲しいんですよ。

♥M
その時間を相手が不幸ではなく、どこかで楽しんでてくれれば、こちらもひとりの時間を過ごすのに対して罪悪感がないってことかな。
私が相手にそういう風に思う時というのは、他にも一緒にいたい人がいる時。

♣R
たしかに(笑)。

♥M
ねっ、そういうことでしょう?
相手もそれなりにハッピーでいてくれれば、それはそれでよしとしよう、みたいに思う時はあるのよね。
ジルのお兄さんもそういう意味で言ったのかしら?

♣R
お兄さんは、自分のパートナーは若いからと、ふたりの年齢について触れていたと思います。
ジルのお兄さんは、年齢を重ねたことで、性欲とか独占欲とか、そういう気持ちが抑えられてきているのかもしれないですね。
愛しているし、好きだけれども、若さ故の高揚や激しさとは違う。
そういう温度差も含めてそう言ったのかな…自分で補えない分を他でというか…。

♥M
そうそうそうそう、ちょっと自分に自信がないのだと思う。
その感覚は今、私にも分かるような気がする。
ふたりきりでいて、自分が全部与えなくてはいけないとなった時に、少し年の差もあるし、私とずっといてもつまらないんじゃないかなとか、もっと違う楽しみをしたいんじゃないかな、と思いながら会うわけでしょう?
それなら他の人も一緒にいて、楽しそうにしてるのを見てる方が、ちょっと責任逃れじゃないけれど、負担は軽くなる…そういう感覚かもしれない。

 

■私の傷が痛い

♥M
赤ちゃんが生まれた時のジルの行動はどう思う? あれはりきちゃんが分からない感覚?

♣R
例えば漫画や映画で、ああいう男の人のうろたえを見たことはあります。
女の人は、子どもが産まれるまで、十月十日ずっと一緒にいるじゃないですか。

♥M
女性は身体が変わっていくからね。
覚悟も出来てくる。

♣R
そうそう。男の人は身をもって体験するというのがあまりない。そこに突然ポトンって落ちてくる感じ。そういうのを受け入れられないところがあるのかな。
マリオンがちょっと難産だったというのはあるかもしれないけれど、それにしても落着かない。ご飯とか食べちゃったり、タバコ吸ったりして。

♥M
いわゆる逃避ってこと?
逃げてるということ?

♣R
逃避もあるだろうし、自分が思っていたタイミングで子どもが出来なかった、と思っている節もあるのかもしれないですね。
この時期に欲しかったとか、そういうタイミング。

♥M
多分、ジルはいつ子どもが生まれても同じことをしたと思う…私、彼の気持ちが分かる。
りきちゃんよりジル側に立てると思うけれど、私も男だったら同じことをやってしまうかも。
少し年齢を重ねて大人になってきて、今はほとんどしなくなってきたけれど、私、少し前はドタキャンとかよくしてた。
どうしても行きたくなくなるの。理由はあまりないの。ただ行きたくないの。
どうしても行きたくない、行きたくないと思ったらどうにもならなくなって、それで行けませんって言っちゃったりすることが20代の頃は多かったかな。
理由は何ですか? と言われたら、頭が痛いとか、色々を理由つけるのよ。
だけど本当はあまり理由がないの。ただ行きたくない。行きたくなくなっちゃったってこと。
行きたくないと思い始めたら、どうにもならなくなって足がすくんじゃって、行かないためなら何でもするみたいになっちゃう、あの感覚かもしれないと思った。

ジルが車で出かけてステーキ食べるとか、ああいうの分かるわかるってすごく思った。
未熟なのかな…人間の器というのもあるし、もうどうにもならない繊細さと言ってもいいけれど、自分の人生の中で起こったことに対処する能力がちょっと欠けている部分がジルにはある。私は両方持っているから、彼の気持ちもよく分かるし、それによって愛想を尽かすというか、哀しくなってしまうマリオンの気持ちもすごく分かる。
あの出産の場面は、ふたりの立場で観ていたから、忙しかった。

私もマリオンの立場になったら本当に哀しい。
ふたりの間に子どもが出来て、難産で産んで、すぐ見て欲しいのに、ジルへの電話で、ジルの状況を察しているの。
この人ダメなんだなと思って「家から着替えを持ってきて」と、実用的なことだけを言って電話を切る。その気持ちもとても分かる。

♣R
その場面でマリオンが「私の傷が痛い」って言うんですよ。
緊急手術の出産で切ったから痛いというのと、自分自身の心の傷と両方の意味ですよね。
すごく重いひとことだなって思いました。

♥M
マリオンの「私の傷が痛い」という言葉は、受け止めてくれる人はどこにもいない、もう諦めてる時のひとことよね。
ジルは受け止められない、だけど、自分は傷とか痛みを感じてしまう。
人間の大きさの違いみたいなのってあると思うけれど、マリオンの方がひとまわり大きい。

 

■「離婚」は「悲劇」ではない

♣R
この映画は、結局最終的に離婚をしてしまう話ですが、時間を遡って、出会いを経て、夕日をバックに海の中でマリオンとジルが戯れるシーンによって、どんよりした物語ではなくなりますよね。
別れるという絶望だけではなく、恋するとか、愛するとか、そういうのって素晴らしいんだという終わり方をしてくれますよね。

♥M
そう、だからこの映画はどこにでもある、みんなが経験している恋愛のひとつの形を描いてるにすぎない。
始まりはいつもああなんだよ、あの夕日の中、海でふたり戯れてるだけで満たされてる。
始まりがあり、必ず終わりがあるという、その真実を描いている。
始まりの満たされ感は、恋をしたことがある人であれば、多分、誰でも経験していると思うの。
恋の終わりを経験した人だったら、最後の部分も分かると思う。
だから普遍的な物語を描いている感じがする。

現実的な話をするとすれば、出会ってふたりでルルンっていう、何の責任もなく、ふたりだけで楽しくやっていればいいという時は上手くいっていたのに、結婚して、子どもが出来て、家庭を持つとなった時に露わになるそれぞれのキャパシティというのは、結婚生活をした人たちは実感を持って分かるんじゃないかな。
私は結婚して何も変わらなかったけれど、子どもが出来て、自分も相手との関係も変わったと思ってる。子どもが産まれたことで、初めて見えてくるパートナーの資質とかがある。
子どもがいなければ、多分ここは問題にならなかったという部分も沢山ある。
多分、この夫婦にもそういうものがあったと思うの。

でも、私はジルが他人事ではなかった。マリオンも他人事ではなかった。
何か切ない…両方の気持ちが本当にこんなに分かる映画ってあまりないなと思って。
本当は私もジルみたいに振舞いたいと思うの。だけど、そうじゃない部分もあるからマリオンみたいになっちゃったりして。で、絶望して、絶望しつつ、ジルみたいに、なよっと甘えたくなったりして。

この映画は本当に考えさせられる作品。
じゃあどうすれば良かったんだろう、いつどんなふうに軌道修正すればよかったんだろうと考えてしまう。
でもそういうことじゃないんだよね。

ねえ、この後マリオンどうなるんだと思う? 再婚しそう。
ジルも他の相手を見つけそうだし、ふたりとも似たようなことを繰り返していきそうな気がする。

♣R
離婚調停後のセックスが終わってホテルの部屋を出るシーンの音楽の使われ方、上手いですよね。
オゾンは本当に音楽の使い方が上手い。
「止めて!」って叫んだセックスの後なのに、楽しみのあるワクワクするような音楽で一幕が閉じるっていうので、暗いだけのものではないようにしている。
シーンとした雰囲気で終わることもできるし、そういうのも想像しやすいけれど、それをしないところがいいですね。
旅立ちます!ダンダダダダン!みたいな音楽。

♥M
そうそう、やっぱり私がオゾン監督を好きなのは、単純じゃないところ。
離婚=悲劇じゃないの。そういう物の見方が私はとても好き。救われるのよね。
離婚は悲劇ではないし、出会いの美しさだって、これからの幸せを保障するものではない。
子どもが産まれることは、みんながハッピーだと思うことだけれども、こういう人達もいるんだよ、という影の部分や表面に出てこないマイノリティの人たちの感覚に光を当てている。
一般的には「離婚したの? それは悲劇ね。」と、多くの人が思うだろうけれど、彼らにとっては悲劇とは限らない。別の側面から見れば、正しい生活がようやく始まるみたいなことなのよね。

♣R
さきほども話しましたが、本当にこれも「真実」ですよね。
いわゆる一般的みたいに言われてる、離婚だと哀しいだとか、終わりだとかじゃなくて、こういうのもあるって敢えて出してくるのが面白いし、上手い。

♥M
私は、オゾン監督の作品のなかでも、これはすごく感情移入できたし、公開時に映画館でひとりで観たときに感動して、珍しく映画のパンフレットも買って、いまもたいせつにとってある。

 


~今回の映画~

『ふたりの5つの分かれ路』 2004年 フランス
監督:フランソワ・オゾン
出演:ヴァレリア・ブルーニ・デデスキ/ステファン・フレイス/ジェラルディン・ペラス/
フランソワーズ・ファビアン/ミシェル・ロンダール/アントワーヌ・シャピー

-ふたりの映画鑑賞記/よいこの映画時間