ブログ「言葉美術館」

■■グルベローヴァの思い出■■

2016/06/30

Grunerova先週のはじまりから、がたんと精神の調子が落ちて嫌な予感、と思っていたらやっぱり週末に身体にきて、精神と身体がつながっていることをしみじみと体感した。

それでも週末は大切な予定が入っていたからなんとか出かけて、単純だから精神はエナジーを取り戻し、けれどかなしいかな身体の立ち直りが遅い。

軽井沢のくせになんだか蒸し暑いし、今までは7月も8月も冷房がほしいと思ったことはなかったのに、今年初めて冷房がほしいと思った。

これって、身体の年齢のせいなのでしょうか。

それでここ一週間ずっと、音楽はこれ一枚で通しているのがグルベローヴァの「狂乱の場」。

とある知的な殿方に、あるときなぜか誘われて、グルベローヴァを聴きに行ったのは何年前だっただろう。

26歳くらいのときかもしれない。

クラシックの素養なんか全然なかった(今もないけど)私を彼はなぜ、誘ってくれたのか(恋ではない、彼には好きな人がいてその話をしたのを覚えている)。

そしてあのときは、それほど私の真ん中に突き刺さってこなかった歌姫の声が、今になって、私をこんなに揺らす。

人生にはこういうことがいくつかある。

バレエとか小説とかそういう分野でも似たことがある。

20代の頃、私をその場に連れ出してくれた彼らとの間に恋愛は介在しなかったけれど、それでも忘れない。

それが私にとっての本物であるなら、いま、それらにふれる度に、初めてそれを私に教えてくれた彼らのことを思い出す。

みなさん、いま、どこでどんな人生を送っていらっしゃるのか、お元気でしょうか。

今日も雨。だから緑が濃くて、それをとても美しいと思う日ももちろんあるけれど、今日のようにとても重苦しく厚かましく思う日もある。

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