■オスカー・ワイルドのラヴレター■
2016/06/28
「心から愛するいとしい人へ
いま僕はここにいて、君は遠く離れた反対側にいる。
僕たちの魂がしっかり結ばれているというのに、口づけを奪われているなんて、何と呪わしいことだろうか。
手紙ではいったい何を伝えることができようか。
ああ、僕の伝えたいことはとても言い表せない。
(略) 君と離れていると、自分がまるで不完全なものと思えてくる。
心から、永遠の愛をこめて オスカー」
オスカー・ワイルドに関する文献をいくつかあさっていて、結婚直後、妻のコンスタンスに宛てたラヴレターを知った。これ、ほんとにワイルドが書いたの? という意味でとても驚いた。
結婚についての名言で必ずといっていいほど登場するワイルドのあの言葉。
「結婚のための大事な基礎は、お互いの誤解だ」
「人はつねに愛していなければならない、だからこそ結婚してはいけないのだ」
コンスタンスは美しい人だったという。
目立ちたがり屋のワイルドとはまるきり逆で、社交が苦手だった。
のちのワイルドのスキャンダル(美青年との恋愛関係)でつらい日々を強いられ、40歳、怪我が原因で亡くなっている。
この手紙が書かれたのは新婚時だから、熱い気持ちはそうめずらしくはないけれど、書いたのが、あのオスカー・ワイルドだということ、そしてこのとき彼はもう30歳になっていたことなどを考えると(初恋であるはずがない)、なんだか感慨深い。
人々のこころにうったえかけるものを書くために必要なものを彼はもっていた。
ワイルドの手紙の文面を、絵のようにしばらく眺めていた。
そして思ったことは、魂が結ばれるとか永遠の愛とか、そういうものに対してあらゆる理屈とは別世界で、永遠に「信じたいもの」として私はそれらを大切にしたい、ということだった。
ここ数日は、体調もあり精神が乱れていた。
この乱れを整えるための手段は知ってはいても敢えてそれを使わないで過ごした。なぜなら、乱れているなかでしか見えないものがあるからで、私はそれを見たかった。
暗闇のなかでしか見ることのできない光を見るように。
今朝、抜け出しつつある感をもった。
朝の顔を整えるために鏡に向かって、年齢が浮かびあがっている自分の顔を眺めた。
ふと、ほんとに唐突にメイ・サートンの言葉が浮かんだ。
「喪失はすべてをシャープにする」
軽井沢は今朝も気温が低い。
昨日は風花が舞い、浅間山から軽井沢に冬が告げられた。
今朝の空気は昨日ほど冷たい感じがしない。
そんなのも、あんなのもすべて自分自身。引き受けるしかない。