◎73本目『RARIS (パリ)』
2026/03/09
【あらすじ】
パリが舞台の群像劇。心臓病を患うダンサーのピエール(ロマン・デュリス)は、アパートのベランダからパリの街を行き交う人々を眺めながら臓器提供者を待つ日々を過ごしている。
そんなピエールを案じて同居を始める姉のエリーズ(ジュリエット・ビノシュ)はシングルマザーで、仕事や育児に追われながらも自らの幸せを求め続けている。
ふたりの生活に、パリに生きる人々の日常が交差する。

♥M
病に臥せっている時に観たから自分に響いたのかなと、後から思った(笑)。
それにしても、すごく好きなタイプの映画だった。
♣R
自分も大好きな作品で、当時映画館で観ました。DVDも持っています。
♥M
誰か目当てがいたの?
♣R
ロマン・デュリスです。
今作の監督であるセドリック・クラピッシュの『スパニッシュ・アパートメント』と『ロシアン・ドールズ』にも出演していて、好きな俳優です。
この作品を観た時は大学生でしたし、『スパニッシュ・アパートメント』のような作品を期待していたので、その当時は全然響かず、思っていたものとは違うなと、思っていました。
でも何回か観ていると、じわじわくる作品です。
オムニバスみたいで、色々な人の人生を覗き見するみたいな…で、それぞれが繋がっていたり。
♥M
群像劇というのかな。
あれだけの人たちを扱っていて、映画としてすごい。
パリに生きるいろいろなタイプの人たちがすれ違って。
♣R
人種も年齢も多種多様ですよね。
それこそがもう「パリ」っぽいということなんですよね。
♥M
移民問題とかもあったね。
♣R
これだけの人が出てくるのに、それぞれの物語がごちゃごちゃしていない。
一瞬で終わるシーンもあるし、場面がすぐ変わったりするけれど、分かりやすいですよね。
♥M
人物のどこを見せるかの選択が上手い。
■越えるほどの想い
♣R
この作品は2008年くらいのビノシュ。
メインではなかったですね。
♥M
と、いうことは、48歳のビノシュ。
設定年齢と同じくらいかな。人生を諦めている感たっぷりな役柄だった。
ソーシャルワーカーとして働いて…。
♣R
子どもがふたりいるし、もう男なんて…という感じでしたね。
エリーズ(ジュリエット・ビノシュ)といい仲になるジャン(アルベール・デュポンデル)が、妻と別れた時は元妻を嫌っていたのに、「亡くなったことで存在の重さに気づいた」と言っているシーンが印象的でした。
後半で、ジャンが若い女の子を断るシーンがありましたが、その理由は…。
♥M
元妻が亡くなったのもあるし、エリーズに対する気持ちもあったからだと思う。
元妻が亡くなったショックがあって、でもそのショックと「今はそんな気にならない」というのを越えるほどの想いがないと先に進めないから。
エリーズに対してはその想いがあったのだと思う。
♣R
エリーズは、ジャンと出会ったことで、急に何かがはじけた感じがしましたね。
■偏見の象徴
♣R
フランスは、トングを使わずにガシッとパンを手掴みするものなんですね(笑)。
♥M
結構みんな手掴みで持って歩いていたりするよね。
♣R
自分で食べるものだったらいいですが、お店の人が直手で鷲掴みですか?
♥M
してそうな気がする…今はコロナ禍だからやっていないとは思うけれど(笑)。
♣R
パン屋の女主人の発言や態度も、パリの日常ですか?
♥M
差別的な態度のことでしょう?
どこの人とか、どこの出身だとか…偏見の象徴として描かれていた。
ピエールは女主人のその態度を嫌だと思って見ているし、お店で働いている女の子ハディージャがイジメられないかを心配しているよね。
♣R
そうですね。女主人はハディージャの仕事っぷりを認めてはいるものの、ノルマンディーの子はどうだとか、ブルターニュ人やコルシカ人はこうだとか、決めつけや差別的視線が強い人物。
悪い人ではないのかもしれませんが、差別というものが当たり前のように根付いている感じがしました。
イヴ・シャンピと結婚をしてフランスに住んでいた岸惠子が、1950年代のヨーロッパ社会には、ユダヤ人差別や有色人差別があったとエッセイで書いていましたが、時代はあまり変わらないのかもしれませんね。
■ほかの人々は醜くはないが、平凡で目につかない
♥M
この女子大生役の女優はきれいね。
他にどんな作品に出演してるかな…見覚えがある。
♣R
メラニー・ロランでしたっけ。
オドレイ・トトゥも出演している『エタニティ 永遠の花たち』や『オーケストラ!』に出演しているみたいです。
♥M
そうそう、『オーケストラ!』だ!
私、あの作品大好きなの。調べてみたら、私、彼女の出演作、けっこう観ているかも。
最近「美」に関する言葉に敏感になっているのだけれど、ロラン(ファブリス・ルキーニ)が弟に「教室で光の啓示を見た」と話し始めるシーンが印象に残った。
彼、授業をしている時に見つけたレティシア(メラニー・ロラン)を、こんなふうに表現してたでしょう?
「その美しい娘を見て、美は恐ろしいと思った
若さが加わると淫らですらある
彼女の顔、まゆ、目、口…すばらしい顔だ
私は思った。なぜ彼女はかくも美しい?
なぜほかの人々は醜くはないが、平凡で目につかない?
ぞっとするようなおぞましい美しさ」
♥M
インテリっぽくて面白いと思った。
もちろんレティシアは美しいけれど、「なぜほかの人々は醜くはないが、平凡で目につかない?」という言葉が、恋に落ちたときの、普遍的な瞬間をとらえているとも思った。
♣R
他のものがどうでもよくなるというか…目につかなくなってきますよね。
レティシアは「屈辱的だ」と怒りながらも、なぜ教授のロランを受け入れたのだと思いますか?
♥M
割とハードルが低めな子なのかな。
♣R
まあ遊びましょうかねぇ…くらいの感じですか?
♥M
テレビにも出るような有名な人から、あれだけ言葉を尽くした自分を褒め称えるメールをもらえたら、そんなに嫌な気はしないと思う。
そのへんの変な人から同じことをされたら不快感があったかもしれないけれど、相手は有名な社会的地位のある人だからね。
♣R
彼女は教授の授業にも出席しているし、全く知らない人ではないですからね。
♥M
ふたりはそれなりに楽しんでいるように見える。
その後に、彼女がカフェで友達といるところを教授に見せるシーンがあるでしょう?
あの気持ちは何となくわかるの。
♣R
彼氏みたいな人がいるのを見せるという理由もありますよね。
♥M
それもある。
でもそれだけではなく、友達を含めた自分の生活を見せたいというのは、ひとつの愛のかたちなのかと思った。
♣R
全てを見せたいみたいな?
♥M
自分のことを知って欲しいという気持ちと、あまり入れ込まないでね、という気持ち。
♣R
彼女は「大したことじゃない」と電話で言っていましたね。
彼女にとっては「大したことじゃない」けれど、教授は本気だからそうは思ってない。
♥M
そうなの。
レティシアは、結婚したりはないのよ、というのを何となく感じさせたかったのかな。
教授は一緒にいて楽しい人だし、嫌いなわけではない。でもそれ以上に、現実としてふたりがどうにかなるわけではない、というのを伝えたかったのだと思う。誤解させたくないということ。
■「愛している」ではなく「ありがとう」
♥M
エリーズの子どもたちに、ピエール(ロマン・デュリス )の病気を伝えるシーンも好きだった。
伝えた後、子どものひとりが「なぜ僕たちに言うの?」と聞くのに対して、ピエールが「死なんてそう深刻じゃない。心の準備が要るのさ」と答えていた。
子どもに対してもはっきりとそう答えているところが好きだった。
あとは、ラストシーン前にピエールがエリーズと別れて病院に行くシーン。
ピエールは「涙もサヨナラもキスもなし、どうせまた会える」と言いつつ「ありがとう」と言うのよね。エリーズもそれに対して「私こそ」と言うのだけれど、こういう時の言葉はやっぱり「ありがとう」なのね。
何かを言う雰囲気があったから、「愛している」と、言うのかと思っていたから、不意をつかれた感じがした。
♣R
手術をしても助からないような雰囲気がずっとあるから「今までありがとう」みたいな意味合いで言ったのかもしれませんね。
♥M
心臓移植をしても生存率50%だと言われていたけれど、ピエール本人はもっと確率が低いと思っているからね。
■気楽にパリで生きられるなんて
♥M
その後のラストシーンも印象的だった。
エリック・サティの『グノシエンヌ』が流れる中、ピエールがタクシーの窓を通してパリの街並みを見ながら「皆、幸運に気づいていない。歩いて、息して、走って、口論して、遅刻して…何という幸せ。気楽にパリで生きられるなんて」と言っている。
でも、そう言いながらも最後には空を見ながら笑ってる。
このシーンは、ピエールが移植手術を受けに行くところを描いているから、運命に任せた、という気持ちなのかな。
♣R
自分は、彼がパリを愛でているような笑いだったような気がしました。
さっき路子さんが言っていたピエールのセリフの前に、デモで道が通れない云々言っているタクシー運転手に「これがパリだ。誰もが不満だらけで文句を言うのが好き」と言っていましたよね。
でも、タクシーの中からパリの街中や、そこにいる人々を見て、ちょっとした幸せに気づいているみたいな…そういう感覚なのかと思いました。
♥M
みんなは気づいていないけれど、自分は気づいたということだね。
心臓を患っていて、手術の生存率は半々だけれども、そうなったことで自分は幸福というものが見えたということ?
♣R
エリーズに対して「死ぬわけじゃない。生きてるんだ、楽しめ。むやみに人生を暗くしないでよ。体だって元気なんだ。満喫してくれよ」と、強く言っているシーンがありましたが、ピエールは病気が判明してから、日常の幸せというものに対して躍起になっている感じがしました。
♥M
たしかにそういう考えになっていくよね。
ピエールが今まで当たり前にできていたことを思い浮かべているシーンは、余命が短いことを宣告された主人公を描いたサガンの小説『愛をさがして』に似ているかも。
この小説では、誤診だったというラストで主人公が死ぬわけではないけれど、宣告されたことで、今まで見えていなかったものが見えてくるという。みんながあたりまえに息をしているとか、そういうことが。
♣R
たしかに似ていますね。
ピエールはパーティーを開いても満足に女の子をリードすることもできないし、相手の身体を支えることもできない、ダンスをしてもすぐに疲れてしまう。
身体が弱っていることで、今まで当たり前にできていたことができなくなっていくという「現実」を突き付けられてしまっているんですね。





