★西洋絵画のスーパーモデル:2「ヴィーナス」
2025/11/22
■恋愛の光と影をもたらす「愛と美の女神」ヴィーナスがいて、女は艶めく■
「しよう!」と思ってできないもののひとつに「恋」がある。
先日、同年代の女友達とそんな会話で盛り上がった。
彼女は「ここ2年くらい恋愛してないのよね」と嘆き、「恋人がいるときはほかの男に恋して二股で悩んだりするのに、いまみたいに誰かいないかなあ、って思っているときに限って出会わないのよ」と納得発言をしていた。
そう、そんなものよね、と私は頷き「ヴィーナスに祈りを捧げるしかないでしょう」と言ったら「ほんと、いっつも他人事なんだから」と怒られた。
でも、古代の女たちがいい男にめぐりあえるようにとヴィーナスを信仰したのは事実なのだ。
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今回は、ギリシア神話の神々のなかでもおそらく女にとって一番羨ましい女神、ヴィーナス。
なんたって、存在そのものが「美」、その仕事は神々や人間の心に「愛」を生み出すことなのだから。さらに彼女自身、恋多き女、彼女の周りはつねに恋愛色に染まっている。
軍神アレス、美少年アドニス……、次々と浮名を流す。
そんな彼女の姿は古来、多くの画家たちによって描かれてきた。ボッティチェリによる「ヴィーナスの誕生」もそのひとつ。
イタリア・ルネッサンス期の代表的な絵画だ。
西風ゼフュロスの風を受け、貝殻(女性器の暗喩ともいわれる)に乗ったヴィーナスを、マントを広げたフローラ(春の女神)が出迎える。
ゼフュロスと彼の恋人クロリスの官能的な姿態、絡めた足の艶かしさ、意味ありげに舞う薔薇の花がヴィーナスの「これから」を予感させる。
フィレンツェのウフィッツィ美術館で実際にこの絵を観た私は、絵の美しさはもちろん、ヴィーナスの醸し出す甘い蒸気に圧倒された。
全裸の体を恥ずかしそうに隠し、すこし身をくねらせたヴィーナスの姿。それは慎ましい表情に似合わず、なんともエロティックだった。
そう、確かにそこには、女性の体の美しさと男女の愛欲を礼賛する空気があった。
けれど、もう充分すぎるほど知っている。
薔薇色の恋愛はつねに、壮絶な苦しみや憎しみを内包していることを。
私は恋愛相手に憎しみを抱いたことはないので、ここでは苦しみだけを語りたいが、人を愛すれば愛するほど、それに比例して苦しみの度合いは増すものだと思う。
相手が自分の話にすこしでも無関心な態度を見せただけで、それまでの幸せな気分がふきとんでしまう。
ふたりの関係に影を見て、それはどんどんエスカレートして、ついには人生の絶望までいってしまうことさえある。
ほかの女に惹かれていることを知ったときなど(いま思い出すだけで胸が焦げるようだが)、それこそ、のたうち回るほどの苦しみを味わわなければならない。
じつは、これもヴィーナスの仕業。
彼女は薔薇色の恋愛だけでなく、愛の苦しみや憎しみも与えることを忘れなかったのだ。
さらに彼女は激しい愛情も人間や神々に吹きこんだので、婚外恋愛や魔性の愛、情念が引き起こす殺人事件など、すべて、陰にヴィーナスの存在があると言われている。
なにしろ彼女は「人殺し」という意味の「アンドロポノス」の異名をもつ。
この恐ろしさを考えると、私が女友達に言ったひと言はあまりにも無責任だったかもしれない。
けれどヴィーナスに見放されるよりは、苦しんでも辛くても、恋をするほうが、いい。
すくなくとも恋は女を艶めかせてくれるから。
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◆「ヴィーナス」伝説◆
ギリシア神話に登場する「愛と美の女神」。「ヴィーナス」は英語読みで、ギリシア名「アプロディテ」、ローマ名「ウェヌス」。
実父を倒して、最初に宇宙を支配したクロノスが、父の生殖器を切断して海に投げ捨てたとき、その海の泡から生まれたのがヴィーナス。
絵画にはこの誕生のシーンが描かれることが多いが、それ以外でもほとんどが裸婦。
ヴィーナスは画家たちにとって、理想の裸婦像を描く際の格好のモデルだったのである。
*絵のタイトル「ヴィーナスの誕生」
*画家:サンドロ・ボッティチェリ(1444(5)ー1510)
イタリア、フィレンツェに生まれる。初期ルネッサンスを代表する画家。詩情に満ちた独特の画風で、繊細な聖母子像や神話の寓意画など多彩な作品を残した。
*1999年の記事です
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◆現在の感想
このころと、恋愛においてはなにひとつ、変わっていないことに愕然としています。
もうヴィーナスから見放されてもいい、ってそのくらいに想うシーズンを何度も味わいました。それでも性懲りもなく、有頂天になったり苦しんだりしています。もういや。
