ふたりの映画鑑賞記/よいこの映画時間

◎79本目『WALK UP』

2026/03/10

【あらすじ】
舞台は韓国、都会の4階建てアパート。
映画監督のビョンスは、インテリア関係の仕事を探す娘ジョンスを連れて、インテリアデザイナーのヘオクを訪れる。そこから物語は始まる。ヘオクはビョンス監督の旧友で、アパートの所有者。アパートは1階:レストラン、2階:料理教室、3階:賃貸住宅、4階:アトリエ、地下が所有者ヘオクの作業場。
舞台となるアパートの階とともに物語は4つの章で構成され、「乾杯しましょう」とワインを飲みながら「おだやかに」会話が繰り広げられ、ビョンス監督と彼を取り巻く4人の女性たちの関係が、名匠ホン・サンス色で描かれている。




♥M
前とは違うぞ、ホン・サンス! と、思いながら観てた。

♣R
以前よりもシーンやセリフの反復が少なくなりましたよね。
そういうのが…。

♥M
スッキリした。
でもやっぱり観ちゃう…本当にあっという間だった。

♣R
すごく大きな事件があるわけでもないのに。

♥M
全然ない。なさすぎだよ(笑)。
なのに観てしまう。家で観てもこんなに集中できるかな?

♣R
自分は他の作品も観ていますが、集中して観てしまいますよ。
あとは、モノクロだったのもスッキリした要因かもしれないですね。

♥M
そうだね、そうだね!

♣R
白と黒だけなので、余計な色彩が目に入ることがないですよね。
他の色が無駄なものとは言わないですが、私は結構好きなんです。
白と黒だけで表現するのは難しいと思いますが、敢えて省いて作られたものは魅力があります。

♥M
会話と登場人物の表情や気持ちのゆらぎとかに集中できるよね。

タイトルは『WALK UP』。
階段を登るみたいな意味もあるのかな。

♣R
あのビル、よかったですよね。
階段や屋根裏部屋の感じが、前に路子さんの住んでいたビルみたいでした。

♥M
そうそう、似てる!
階段を上がってすぐに扉があるとかね。

♣R
原題の『탑(タプ)』は、韓国語で「塔」という意味らしいです。
英語では「パゴタ」とも訳せて、タワー(建物)のトップという意味もあるそうです。
アメリカ圏では「WALK UP」というのは、エレベーターがついていないビルの事をいうと、パンフレットに書いてあります。

♥M
「塔」なのか。ラプンツェルみたいで納得。
ホン・サンスは、監督役のクォン・ヘヒョがきっと好きなんだろうね。
他の作品にもたくさん出演しているし…もう自分の分身みたいなのかな。

♣R
女優陣も同じ顔ぶれですね。
人物の設定も監督や美術関連の仕事をしている人が多い。

♥M
自分の知っていることからは大幅に出ないように作っているんだろうね。
すごく気楽に映画を撮っているような気がするけれど、ホン・サンスは、それが許されるところに来てしまっている…楽しいだろうな…(笑)。

でも、ホン・サンス自身は今作で描かれている監督のビョンスのように、少し気力がなくなってきている感じなのかな。

♣R
とりあえず済州島に行きたいと。

♥M
2年間休んで。

♣R
結構なペースで映画を撮っていますからね。
休みたくなりますよね。

♥M
でも、あと12本撮ると言ってるよ(笑)。
済州島ってどういうところなの?

♣R
歴史物の韓国ドラマを観ていると、犯罪を犯した人がよく済州島に島流しされていますよ。
今はリゾート地みたいです。

♥M
リゾート地…じゃあ日本でいうと沖縄みたいな感じ?

♣R
島流しされるくらいですから、ちょっと離れた地域だと思います(陸地とは隔離された絶海の孤島という地理的条件によって流刑地では一番相応しい地域だったとされている)。

 ■夢を諦めた若い人たちと「乾杯しましょう」


♣R
夢を諦めた若い人が多く出てきた印象がありました。
監督の娘のジョンスもレストランの店主のソニも、昔は美術をやっていたけれど…。

♥M
食べていけないし、才能がない…。

♣R
と、いう理由で違う職に就いている。
でも、少し歳を重ねているデザイナーのヘオクや監督のビョンスは、色々ありつつも好きなことを仕事にして…。

♥M
それなりに評価を受けている。

♣R
そこの対比が面白かったです。
夢を諦めて違う職に就くというのは、今の韓国では、当たり前になっていることなんですかね?

♥M
そうなのかなあ…だとしても、それを批判している訳でもなく、単なる違いとして描いているのよね。

♣R
そして「乾杯」でごまかす。

♥M
そう(笑)。
デザイナーとして成功しているヘオクのもとでアシスタントとして働きたい監督の娘ジョンス。
彼女にヘオクが「なぜインテリアデザイナーになりたいか」を聞いた時、「人と付き合うことが私には必要だから」と答えるよね。
ヘオクは当然その答えに疑問を持ちつつ、でもそれを顔に出さずに「乾杯しましょう」と、やり過ごすシーンが面白かった。

♣R
娘ジョンスのはったりもうさんくさかったですし、ヘオクも嫌だと思っているのが空気で分かりましたよね。

♥M
そうそう、分かっている。その感じが上手かったね。

♣R
ジョンスが、自分の知っている父親は世間一般のイメージとは違うという話をしていましたが、うちの父親も外面がいいタイプなので、外と家の中では人物像が違って見えます。
でも、ヘオクが言うように「みんな外での顔は違う」。外面がいいんじゃなくて、両方の顔を持っているということなんですよね。
納得まではいかないですが、たしかに…と、思ってしまいました。

♥M
納得はしなくてもいいけれど、どちらが本当かと聞かれたら、どちらも本当の姿。
自分たちもそうじゃない?

♣R
そうですよね…。

♥M
だけど、若かったり、相手が身内だったりするとジャッジしてしまうよね。

■核心にふれないまま進んでゆく会話


♣R
ビル内でレストランを経営しているソニと監督がふたりきりになるシーンは、恋愛に進む感じが目線や空気感ですぐに分かりましたよね。

♥M
ソニは監督の大ファン。
作品をすべて観ているという彼女に、ヘオクが「どの作品がいちばんよかったか」を問うけど、最後まで答えない(笑)。

♣R
本当は観てないのかな? と、一瞬思いましたが…。

♥M
ちゃんと観ているの。
すごく面白いから転げ回りながら観るとか、お酒を飲みながら何度も観ると言っていたけれど、監督からしたら、その見方はどうなのかな?

♣R
お酒飲みながら合間あいまで観ると聞くと、片手間で観られている映画なのかと思いますよね。

♥M
そうそうそう。「だから何度でも観ます」って。
それに対して監督も「ありがとう」とは言っているけれど、核心にふれないまま会話が進んでいくよね。

乾杯を何度もしたり、同じことを話したり、繰り返すのがホン・サンスの会話劇だけれど、この作品は何も話さない時間を作らない感じが多いと思った。

♣R
逆に日本の映画作品は「間」が多いですよね。
自分は、今こうして話している時に起こるような「間」は大丈夫ですが、日本映画の独特な「間」は少し苦手です。

♥M
わざとらしい感じはするよね。

♣R
実際には聞こえないですが、「シーン」という音が聞こえる感じが苦手です。

♥M
「間」を作らずに、繰り返しの会話をするところが面白かった。
内容があるわけではないの。

♣R
どうでもいいような会話が多いですからね。

■面白いくらいにコロコロ変わる態度


♥M
ビョンス監督とソニが暮らし始める3章で、ソニが家に携帯を置いたまま友達に会いに行ったシーンがあったけれど、ソニは監督のことが嫌になったからそうしたのだと思う?

♣R
デートDVまではいかないにせよ、監督には独占欲の強さを感じました。

♥M
ちょっとうざいくらい。
なのにベッドでひとり横になって思うことは「本当にソニを愛してる。でも俺はひとり暮らしが性に合う」。

この映画は「本音と建前」が本当にずれている。
だから面と向かって誰ひとり衝突していない。一切!衝突ゼロ!

♣R
でも心の中では色々思ってる。

♥M
そうそう。だから表面的な衝突はゼロ。言い争いもない。
衝突ゼロでいっているのは面白いけれど、衝突のなさが不気味でもある。
でもありがちだよね。

♣R
日本人が共感しやすい映画かもしれないですね。

♥M
そうだね…でもそれにしても衝突がなさ過ぎる!

♣R
サーロインを一緒に食べていた女の人は、ビョンス監督の新しい女の人ですよね?

♥M
そう。

♣R
監督の奥さんは、車の違反を起こして監督に払わせようとしている人ですよね?

♥M
そう、その困った人。
新しい女性とはどうやって知り合ったかは描かれていないけれど、不動産関係の仕事をしていて、済州島に一緒に行って、神様が言うように…(笑)。

♣R
映画を12本撮るといい(笑)。

♥M
と、約束をしている人でしょう?
一番新しいパートナーという設定で、ソニとは全く違うタイプだった。
ソニはビョンス監督の健康を気にして野菜中心の食事を出していたけれど、新しいパートナーのジヨンは、監督にお肉をガンガン食べさせる人。

♣R
よく食べれば病気も治る、という考えの持ち主でしたね。
あとは、自分の思ったことをバンバン言うタイプ。

♥M
菜食と肉食の対比が面白かった。
ソニとは健全に倹しくお金を貯めましょう、身体を治すために菜食にしましょう、という感じだけれど、ジヨンは享楽的な感じだったね。

♣R
そんなに全く違うタイプの相手を選ぶものですかね?

♥M
ビョンス監督は自分がなさそうだもの。彼は流されやすいし、讃えてくれる人に弱い。
ちょろいタイプですかね(笑)。

♣R
全編通して、面白いくらいに人の態度がコロコロと変わっていましたね。

♥M
うん。ちょっとコミカルに描かれていたね。

♣R
尊敬しあっている監督とインテリアデザイナーという立場から、大家と借主の関係になることでも変わりますし、一緒に過ごす人によって悪口を言うようになったり。

♥M
話が進むにつれて、ヘオクの人相がどんどん怖くなっていった。
最初は優しい顔をしていたのに、最後は脅しみたいになっていたもの。

♣R
扉のパスワードを勝手に開けて自宅に入ってくるなんて嫌ですよね(笑)。

♥M
そりゃ嫌よ。暗証番号を変えて入って来ないようにしているくらいなのに、一度話を始めたら立ち去ろうとしないし、立ち話も何だからと自分で言って部屋に入ろうとするし…。
あまり拒まれていると、ああいう風になってしまうのかもしれないね。
私も気をつけようと思った。自分もやってしまいそうだもの。

♣R
自分もやってしまいそうだし、される可能性もある。

♥M
私たちは、やられるより、やってしまう方を心配しましょう(笑)。

モヤモヤする時間軸


♥M
ホン・サンスの映画の中でも、『あなたの顔の前に』や『小説家の映画』は、ストーリーがかっちりあるけれど、この作品は違った。
ビル内で時間が進んでいくストーリーだということはわかったのだけれど、最後のシーンで分からなくなった。

♣R
最後というのは、急に監督の娘が出てくるシーンですよね?

♥M
そう。冒頭で監督が映画の打ち合わせがあるからと席をたった後、お酒がなくなったからと、監督の娘 ジョンスがコンビニに買いに出るというシーンがあったけれど、ラストシーンは、その娘が帰ってきたという設定だと思うの。
監督も映画の打ち合わせをしてきたと話しているし…。
時間軸的には、最初と最後が繋がっているように見えた。

♣R
最後のシーンは、ジヨンの話と繋がっていますよね。
その流れで見ると、レストランの店員のジュールが車から降りてきた時の監督とのやりとりは、初対面の感じはしなかったですよね。

♥M
繋がっているけれど、時間軸をあやふやにしているのかな。

♣R
モヤモヤとしますよね。混じっている感じ。

♥M
娘がコンビニに買い出しに行った時、ビニール傘持ってた?
多分持って行ってないと思う。
でも、ラストシーンではビニール傘を持っているの。

♣R
全然気付きませんでした。

♥M
だからそこもモヤモヤする。
最後のシーンが出てくるまでは、モヤモヤしながらも説明もなしに場面転換があってもついていけたのだけれど…。

♣R
ストーリーが進むにつれて、監督は身体を壊しているというのが分かっていきますよね。
ラストシーンで、娘が監督のタバコの吸い過ぎをきつく注意していましたが、5年ぶりに会った娘がタバコの吸い過ぎをきつく注意するのか不思議に思いました。
1章では、娘が「私のことをそんなに知らないでしょう」みたいな事を言っているし、愛人を作って出ていったこともあって、外面のいい父親に対してあまりいい印象を持っている感じはしませんでした。そんな娘が、そこまで父親の心配をするのかなって…。

だからラストシーンに登場する娘ジョンスは、1章からある程度時間が経っているような気がしました。
2章でヘオクの弟子を辞めた後、結局はまたヘオクの元に戻り、ヘオクと同じビル内に住む父親とも少し和解した後の姿だと思っていました。

♥M
なるほどね。

♣R
ラストシーンでの監督と娘のやりとりが、1章の時よりもやわらかいような気がしていました。
でも、路子さんが言っていたように、「1章に戻った説」は、たしかにそうかもしれないと思いました。どっちの説も納得してしまう(笑)。
はっきりとは描かれていないですからね。

♥M
自分の中でどういう風に着地点を探したらいいかわからなかったけれど、りきちゃんが言ったように娘が戻ってきたかもしれないし、1章に戻ったかもしれないし…。

でもやっぱり最後の時間軸の謎が引っかかる(笑)。
監督がベッドに横たわっている時に、監督とソニの会話が聞こえてくるシーンがあったでしょう?
その聞こえてくる会話は、おそらく監督の想像だけれども、今まで見てきたものはすべて監督の想像だったのかと思うと、見方が全然変わってしまうね。
まあ、モヤモヤするけれど…そこはどうでもいいんだと。

♣R
そこじゃないんだと。

■波風立たせないで過ごすという日常


♥M
そこではないと思えば、何であんなにこの作品に魅せられてしまったのだろうと考えるよね。
お金のかかっていないロケ地だし、出てくるのも決まった人ばかり。そしてほぼ会話だけ。

ビョンス監督の作品のいいところは「会話が全然嫌味じゃない」と言われていたけれど、聞き流せるということだよね。
この作品もすごく棘があるわけでもない。
それなのに、寝不足にもかかわらず、これだけ集中して観られる。

♣R
すごく考えるわけでもなく。

♥M
そうなの!
結局この作品で描かれていたことは、自分たちの日常の中にあることをパッと切り取って見せられた感じなの。自分の日常だって客観的に見られないし、誰かの日常だってそう見られないけれど、そういった部分を観察している感じ。

話を深掘りせずに人を讃えたり、乾杯で誤魔化してしまったりするもの。
監督が言われたくないであろう「新作はいつ撮るのか」という無神経な質問も悪意があるわけでない。

♣R
本当にそう思って言っているだけですからね。

♥M
監督も波風立たせないように受け答えをする。
でもこれが違う人たちの組み合わせだったら、喧嘩になったりする可能性もある。
だから同じテーマでも、環境と誰がそこにいるかで、こんなに表面的に波風立たずにいくんだ…でもそれは私たちの日常だと思った。
心の中で何かを思っていても、飲み込んで、笑いながら「そうですよね」と言っている日常がいかに多いことかと考えてしまう1本でした。



~今回の映画~
『WALK UP』
2022年 韓国
監督:ホン・サンス
出演:クォン・ヘヒョ/イ・へヨン/ソン・ソンミ/チョ・ユニ/パク・ミソ/シン・ソクホ

-ふたりの映画鑑賞記/よいこの映画時間