ふたりの映画鑑賞記/よいこの映画時間

◎22本目『ハッピーエンド』

2025/12/22

【あらすじ】
多くの難民が生活するフランス北部の町、カレー。
建設会社を経営し、大きな邸宅に3世代で暮らす一家の家長であるジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)は高齢のためすでに引退し、娘のアンヌ(イザベル・ユペール)が家業を継いでいた。

アンヌの弟のトマには13歳になる娘エヴがいて、彼女は両親の離婚のために離れて暮らしていたが、ある事件をきっかけに邸宅に呼び戻される。
秘密だらけの家族、互いに無関心な家族のなかで、85歳のジョルジュと13歳のエヴが互いに引き寄せられてゆき……。




*後半は自殺に関する話題となりました。わりとふたりともさらけだしています。

♣R
ミヒャル・ハネケ監督の映画を観たことありますか?

♥M
『ピアニスト』ですごく変態チックなユペールを見てかなり衝撃を受けた。
観たことある?

♣R
もちろん!
『8人の女たち』と『ピアニスト』で、ユペールが好きになりましたから。
『愛、アムール』は観ました?

♥M
観たみた。
すごくよかった。

♣R
今回の『ハッピーエンド』は、おじいさんも娘も同じ役者で、妻の首を絞めて殺したという話も同じだから、一部では『愛、アムール』の続きだと言われていますね。

♥M
たしかに『愛、アムール』でも、ユペールが娘役だったものね。

♣R
だいたいハネケの映画は胸糞悪かったり、うわあ…って思うような終わり方が多いですが、今回はなぜか胸糞悪さを感じませんでした。
いつもの作品よりは気持ちを楽に観られた気がします。

♥M
『ハッピーエンド』というタイトルになぜしたのか…。
それにしても…見せるわね。緊張感が途切れない。

■思春期の子どもの残酷性とSNS


♥M
世の中で変態・残酷だと言われることが、日常的に行われていく。
説明をあえてせず想像させる。セリフが聞こえないような遠くからの映像も多かった。
ちゃんと観る気でいないと、監督の意図が分からなくなってしまうから、緊張しながら観てた。ストーリー的にはすごい…親が離婚して、母親がうつ病で、12歳の女の子が母親を殺してしまう話だもの。

♣R
殺すつもりはなかったのかもしれないけれど、結果的にはそうなってしまった。

♥M
静かに生活したいというだけでね。
コクトーの『恐るべき子供たち』みたいな、思春期の子どもの残酷性を際立たせた感じはするけれど、エヴ役の女の子がとてもよかった。すごい存在感だった。

♣R
その残酷性におじいさんのジョルジュ・ロランが何か共鳴したんですよね。
近しいものを感じていた。

♥M
そうそう。何か自分と同じものを感じていた。
エヴとジョルジュが薬の話をしている時に、彼女ははぐらかすようなことを言っているけれど、ジョルジュは母親に薬を飲ませたことも知っていたような気がする。
だから薬の質問は、エヴの自殺未遂に向けられたのか、母親に飲ませたのか、どちらに対してなのかと思いながら観てた。
(注:エヴは母親に薬を飲ませて結局母親は死に至る。また、自分でも薬で自殺未遂をはかっている)

♣R
どこで悟ったのだと思いますか?
友達に薬を飲ませたという臨海学校の話は、実はお母さんのことを言っていると思っていたのですが…。

♥M
お母さんの話をそうやって告白したのかな。

♣R
その話をしている時にジョルジュが笑いますよね。
だから全てお見通しな気がして。

♥M
そうね。
エヴの性格・性質って、元々のものなのかな。それとも環境によって?
もちろん両方が関係しているとは思うのだけれど、どちらの方が大きいと思う?

♣R
私は環境の方が大きいと思います。
今回テーマのひとつとしてSNSが使われていましたが、今の時代、いいことばかりではなく、事故や残酷なことも、写真や動画を撮ってアップしますよね。
昔はSNSもなかったので、そんなことは少なかったけれど、自分の周りで起ったことを何でも撮影して投稿するのが当たり前になってきている。
だから最後のシーンでも、ジョルジュが車いすで海に入って行くのを、エヴが淡々と携帯で撮影していますけど、エヴは何も考えてないような気がします。あくまでも記録として撮影しているというか、いつも投稿している時の気分と変わらない気持ちだと思います。
大変だ!という気持ちより、習慣的な動作に近い。それが当たり前みたいな。

■ミヒャエル・ハネケからの挑戦状


♥M
親子がひとつのテーマね。

♣R
親子、家族。

♥M
イザベル・ユペールは、ピエール・ロラン(フランツ・ロゴフスキ)に気持ち悪いくらい干渉する母親 アンヌ・ロランを演じてるけれど、あれは一人息子なのよね?

♣R
たしかそうですよね。

♥M
赤ちゃんが犠牲にならなくてよかった。
それだったらかなりきつい。

♣R
それをやったら普通の映画ですよね。
そこでそれをやらないのがハネケって感じがします(笑)。

♥M
やるんじゃないかって思わせておいてね(笑)。
アンヌの役柄はどう思った?
あの中では一番まともに見えたね。

♣R
経営もして、子どももいて、パートナーもいて…。

♥M
ソツなく対外的にも接することが出来る。
どういう役割で登場した人なのかな。

♣R
家族のサンプル的存在ですかね。
全員変だったら目立たないけれど、その中に少しまともな存在がいるから、それぞれが際立って見えてくる。

♥M
ああ、そういうことかあ。
私はパートナーを見て、彼女は全部を自分のコントロール下に置くのが好きなんだなって思った。

♣R
息子を含め。

♥M
そうそう。

♣R
トマのチャットシーンは、『ピアニスト』を思い出しちゃいました。
『ピアニスト』は元々原作がある作品ですが…。

♥M ♣R
近しい。

♣R
私を…。

♥M
「おもちゃにしてっ」というシーンね。あれは私も『ピアニスト』を思い出しちゃった。
だからちょっとめちゃめちゃになっちゃうのよ。

♣R
そうそう。いろんな映画の集合みたいで。

♥M
この相手はユペールじゃないよね?って(笑)。
ハネケの嗜好が見えるね。

♣R
あんまり色々なことを細かくつついたりしていないですよね。
それこそトマのチャット相手のこととか。
あの相手って、音楽家の女性ですよね?

♥M
やっぱりそう?

♣R
そのこともそうだし、マンションの下で殴られたシーンも、なんとなくは想像出来るけど、ちゃんとした答えは分からないままでしたね。

♥M
示談のシーンに、殴ってた人が出ていたから、最初の事故の犠牲者の家族に会いに行ったということなのかな?
説明がされないから本当に不親切だし、自分の映画のファンを信頼しすぎ(笑)。

♣R
でもそれがハネケという感じ(笑)。

♥M
そうそうそう(笑)。
どこまで理解出来ているのか、挑戦状を叩きつけられている気分。
だからこそ集中して観ちゃう。

■エヴの存在


♥M
やっぱりエヴの存在感や彼女のまなざしがすごかった。
役者としてすごかったし、不気味だった。
何かやらかすとしたら彼女だから、彼女がいなかったらこんなにドキドキしなかったと思う。

♣R
激しい感情を表に出すというのが、ほとんどなかったですね。

♥M
1回泣いただけで、それ以外はほとんど無表情

♣R
でもやっぱり、ハネケの映画にしては、うわぁうわぁって思う感じが少なかったです。

♥M
穏やかだった?

♣R
穏やか??(笑)。

♥M
これを穏やかと言わせてしまうハネケって…(笑)。
でも『愛、アムール』の方が穏やかというか、しっとりしてる。

♣R
私はそちらの方が苦しいと思いましたよ。

母親との生活は、私も母がうつ病だった時があるので、共倒れのようになっていく気持ちは分かりました。うるさいという気持ちも分かる。その生活で自分が変化していく感じもよく分かる。もちろん元からというのはあるけれど、どれがというよりは、こういったことの積み重ねなんだと思います。

♥M
母親に薬を飲ませる前にハムスターを実験台にしたりするような残酷性は持ってるね。
エヴは自殺未遂したけれど、本当に死のうと思ったのかな…あれはちょっとためらいがあったのよね?

♥M ♣R
父親を試す。

♣R
そこは明確にはなっていないけれど。

♥M
きっと大人が許せないのね。

♣R
自分を見て欲しいというのは本心だと思います。

♥M
父親のチャット、愛人との痴話チャットを見たりするのって、自傷行為に近いと思うの。

♣R
わざと見て、自分自身の心に傷を負うってことですか?

♥M
うん。

■退屈な人生に刺激を与えたい


♥M
海に入っていったジョルジュは、死ぬことが出来たと思う?

♣R
あのまま死ねなかったら生き地獄ですよね。

♥M
でも本当に死ぬ気なら、いくらでも死ねると思うの。ナイフで自分の身体を切って出血多量でとか。だから死ぬってとても勇気がいることなんだって。
彼の場合、明確な死の理由がないから、抱いているのは漠然とした絶望と倦怠でしょう?

♣R
死ぬことに勇気がいるという話ですが、ひとりでするにはあと一押しが足りなかったということですよね?
誰かの手を使ってとか、誰かに手伝ってもらわないと、その一歩が踏み出せない。

♥M
そうそう。きっかけがないと一歩を踏み出せないの。
だから彼にとって死というものは、今すぐ必要なものではない。
ただ何となく「ああ死にたいな」という感じ。
もしかしたら本当は死にたくないのかもしれない。

♣R
それこそ自傷行為みたいなものですか?

♥M
そうそうそう。周りの注意を引きたいというか。
退屈な人生に刺激を与えたい、みたいな。
すぐに死にたいのなら、海の中であんなに留まってないと思うの。

♣R
たしかに…。

♥M
多分エヴは手伝ってくれるし、そのままにしてくれるだろうと思っているだろうけど。

♣R
死にたいと思う時と、死を選んだ時の境は何ですかね。

♥M
自殺って、電車の飛び込みとか、手首切ったり、「いま」終わらせたいという死が多いと思う。「いま」が嫌な状態。「いま」をなしにしたいから死にたいという衝動。追い詰められて、訳が分からなくなって衝動的に死を選ぶという。太宰治の計画的な自殺みたいなものとは違って。
ジョルジュに関しては、そこまで追い詰められているという感じはしないな。

♣R
待っていれば死が近い年齢ですが、年齢も関係していると思いますか?

♥M
うん。高齢になって、退屈な生活に倦んでいるの、我慢できないほどに。

♣R
幽閉されているみたいだと言ってましたね。

♥M
退屈じゃない状態にしたくて事件を起こしているのかもしれないし、構って欲しいというのもあるのかもしれないね。

♣R
自傷行為というのは、構って欲しいからするという場合もあるんでしたっけ?

♥M
うん。こんなに自分を傷付けているのはあなたのせいよ、というのを見せつける為のパターンもある。その対象は親だったり、恋人だったり。
あとは自分を痛めつけることで、自分に罰を与えてるパターン。
映画では両方の意味があったように思える。
存在を認めて欲しいっていうのがあったのかな。

■希死念慮


♣R
もしかしたら今、この映画に近いものを感じているのかもしれないです。

♥M
どこに一番近いと感じるの?

♣R
自殺とか死に…。

♥M
さっきも自傷行為について聞いてたね。
周りの人で? 自分?

♣R
興味があるというとおかしいですが、やっぱり根にはそういうものを持っている感じは自分の中にありますね。
柳美里のエッセイで『自殺』という本があるんですけど、私はその本があるからこそ自殺をしない。でも自分の自殺のきっかけにもなる本だと思ってます。
だから自分に組み込まれてるというか…。

♥M
そうね、そうかも。組み込まれてるかもしれない。
自分にはそういうものがあるから、それに対する恐れもあって。
興味があるというのとは違うかもしれないけれど、知りたいんだと思う。

♣R
『愛、アムール』は、自殺ではなく殺人の話だから、すっきりとした気分では観られませんでした。
でも殺人で云々というよりは、愛について、もやもやしたのを覚えています。
当時の私は、この映画に対して「愛は甘美なだけではない。愛は苦しい。その苦しい愛をこれでもかと見せつけられ、とても心地よい感じでは観られない。」と、書いていました。
幸せなだけが愛ではないと思ったのを覚えています。

♥M
今は自殺したいと思う瞬間はあるの?

♣R
ありますよ。割とちょこちょこやってくる。

♥M
死にたいと思うのは、嫌なことがあって?

♣R
そういう時もありますし、日々色々なことを考えるのに疲れてしまって、この先そういう風に考え続けたくないなっていう時に。

♥M
私も気質が変わらないから、どんなに幸せな時でも何かのきっかけでポトンと落ちる。そうすると、全部終わりにしたいと今でも思うの。
その時は気力もないし、未来に何も感じられなくてね。考えることに、とことん疲れてる。
でもある時期の、死が近くにあって死なないように気をつけていた時に比べれば少ないけれど…。

♣R
私はあと2、3年くらいで終わると思っているんですけど、ここ最近本当によくそう思っています。2、3年以内ならいつでもいいです。

♥M
そのタイマー設定は何かしらね。
それ以上は嫌?

♣R
それ以上はあまり考えたくないですね。

♥M
その気持ちはすごくよく分かる。
だけど、タイミング悪く死ぬことが出来ず生き延びちゃってる私がいるでしょう?

♣R
(笑)。

♥M
私の場合は娘がいるからどうしても死ぬことは出来なかった。
彼女がいなかったら軽井沢で死んでいたと思う。
哲学的な思想は、深めていけば深めていくほど、死と近くなっていく。
そんな映画や小説、音楽に触れたりしていくと、死は怖くはないし終わらせたいな、という気持ちが強くなったけれど、娘がいたから出来ないし、しちゃいけないと思ってた。
あの頃は今のりきちゃんと同じような感じだった。
それから色々あって40代半ばからの数年も危なかった。衝動が突き上げてくるのが怖かった。何度かほんとに危なかった。人生は元々持っている気質もあるけれど、年齢的なものによって、際どいシーズンというものがあると思う。

サガンも自殺したいという想いのあった人だけど、でも彼女の哲学としては、自殺は残された人たちにすごい責務を負わせるから非常に身勝手でわがままな行為だと言っている。
まあ、私もそれには賛成だけど、でも、やっぱり、ジョルジュみたいに、死にたいと言う人を否定できないの。

♣R
一般的には自殺はダメだという傾向にある。
肯定という訳ではないですが…死にたいんだよね、と誰かに言われたとしたら、そういう道もあるよね、としか自分は言えない。
高校・大学生ぐらいの時は絶対に自殺なんてダメだと思っていました。友人が自殺未遂を起こした時も、有り得ないと思っていたし、そんなことする奴とは縁を切るとか言ったりして。

♥M
それがどうして今の考えに変わったの?

♣R
やっぱり柳美里の『自殺』を読んだからだと思います。その選択もありなのかなって。

♥M
ヴィクトール・フランクルはこんなことを言っている。

「人生に意味なんか無いし、意義もない。
生きるということは、ある意味、義務なんだ、
人間にとってのたったひとつの重大な責務なんだ」

♥M
何のために生きているんだろうと思うことがあるでしょう?
人生に何の意味があるんだろうと思っている時にそれを読んだから、「それが責務」であるのなら、ちょっと気が楽だなと思えた。
あとは、瀬戸内寂聴の本だったと思うけれど、人間には定命という、生まれる時に定められた寿命がある、というのも響いた時があったな。
それがある間は生きるのか、って。そういうのが支えになったの。
坂口安吾はこんなことを言ってた。

「死ぬ事はいつでも出来る。
いつでも出来る事なんてやるもんじゃない」

♣R
この作品を観て、映画の登場人物が代わりに自殺してくれたという気分もあったんだと思います。だから清々しい気分になれたのかな。

♥M
ああ、分かる!
その気分は分かる。

♣R
松井冬子という画家が『浄相の持続』という作品の説明で、作品の中の女性が代わりにやってくれることで踏みとどまる。端的に言えば厄払いにもなると言っているんです。彼女のテーマのひとつとして、痛覚や感情を可視化することでそういった感情を共感させるというのがあるのですが、正にそんな感じでした。

♥M
要するに、浄化作用、カタルシスがあるのね。

私は『めぐりあう時間たち』を延々と流していた時があって、ヴァージニア・ウルフが入水自殺をするシーンに自分の中身を全て入れてたの。だから何度も観て何度も彼女が死ぬことによって、自分は死なないというカタルシスを得ていた。
茨木のり子は、「カタルシスをもたらすものが芸術というものだ」って言ってる。
そういう意味では、りきちゃんに清々しい気分をもたらした今回の映画は、素晴らしい芸術作品だったのではないでしょうか。




~今回の映画~
『ハッピーエンド』
2017年 フランス
監督:ミヒャエル・ハネケ
出演:イザベル・ユペール/ジャン=ルイ・トランティニャン/マチュー・カソヴィッツ/
トビー・ジョーンズ/フランツ・ロゴフスキ/ローラ・ファーリンデン/ファンティーヌ・アルドゥアン

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