◎54本目『冬時間のパリ』
2026/03/04
【あらすじ】
敏腕編集者のアラン(ギョーム・カネ)は電子書籍ブームが押し寄せる中で悶絶中。
時代に対応しなければという想い、文学への想いの板挟み。
そんななか友人で作家のレオナール(ヴァンサン・マケーニュ)から新作の相談を受けるが、古臭いと感じてしまい乗り気になれない。しかし、アランの妻で女優のセレナ(ジュリエット・ビノシュ)は作品に対して評価が高い。夫婦で意見が割れる。
実は作家レオナールは6年間にわたってセレナと不倫関係にある。アランはアランで部下のロール(クリスタ・テレ)と関係を持ち……。

♥M
編集者のアランと作家のレオナールの会話からはじまって、ずっと会話で進んでいく。
難しいから、追いかけるのがちょっと大変だった。
♣R
アサイエス監督の他の作品も難しい作品が多いですかね?
♥M
一緒に観たオリヴィエ・アサイエス監督の映画といえば、『アクトレス 女たちの舞台』?
♣R
そうですね。『アクトレス~』は、ここまで会話を強調した感じはしなかったですよね。
監督の作品だと、『アクトレス~』にも出演しているクリステン・スチュワートが主演の『パーソナル・ショッパー』を最近観ましたが、それも会話劇っぽくはなかったです。
内容は、社会的問題というか、出版業界やテレビ業界の話が中心でしたね。
♥M
「今」を話題にしている感じがして、とても面白かった。
♣R
路子さんにとっては、とても近い話でしたか?
♥M
近い。参考にしてしまう。
♣R
「ドラマは連続して楽しむもの」みたいなセリフがありましたね(笑)。
♥M
癒しの『オスマン帝国外伝』(注:FULUで配信中、一時期ハマって生活が乱れた)を肯定された気持ちになった(笑)。
映画の中で、ヴィスコンティ監督の『山猫』の「永遠に変わらないためには、変わり続けなければならない」と、いうセリフが使われていたね。
『山猫』はとても長い話だけれど、セリフが効いていて面白い作品。
このセリフは、以前『山猫』を観たときにも引っかかった言葉なの。
禅問答ではないけれど、はっきりしたメッセージではないから、とても考えさせられる言葉だし、色々な解釈が出来るね。
■議論が飛び交う
♥M
原題は『Doubles vies』。
♣R
『二重生活』という意味らしいです。
♥M
この作品はきっと、フランス語が理解出来たら、もっと笑えたりすると思う。
♣R
本当にそうですね。
本と電子書籍ならどっち?みたいに、議論する場面も多かったですね。
どこの会話にも、そういうやりとりがあるイメージでした。
♥M
そうね。そういうのがあったから、分かりやすかった。
「ジュリエット・ビノシュにオーディオブックを頼もう」とか、「カトリーヌ・ドヌーヴに読ませよう」みたいに、実名が使われていたのが面白かった。うけ狙いだったのかな。
♣R
客席でも笑いが起きていましたね。
セレナの会話は、是枝監督の本『こんな雨の日に 映画「真実」をめぐるいくつかのこと』で書かれていた、実生活でのビノシュの会話に似ている感じでしたね。
♥M
たしかに。
フランス人は、本当に議論好きだね。
♣R
レオナールのトークショーのシーンでも、会場のお客さん同士が議論していましたよね。
♥M
私、あんなお客さんが来たらやだぁ(笑)。
♣R
へっへっへ(笑)。
知り合いでもないお客さん同士が、レオナールを攻めてくるんですよね。
♥M
あの人たちはきっと、レオナールのファンではなくて、ひとこと言いたくて来ている人だよね?
♣R
そうだと思います。
♥M
レオナールは私小説を書く人だから、自分の身に起ったことをいつも書いてる。
私も自分の身に起ったことを書くことがあるから、他人事じゃなかったな。
♣R
何年も密かにパートナーであったセレナに、「私のことを書かないで」と、止められていましたが、結局はセレナとの別れのことを書いてしまう、ということなんですよね?
♥M
だって、そういう風にしか書けない人だもの。
■別れた人と会えますか?
♥M
ビノシュを活かせていた作品だと思う?
♣R
日本ではビノシュ推しで作品を紹介していましたが出演シーンは少なかったですよね。
♥M
ビノシュが演じるセレナとレオナールの別れのシーン、セレナがレオナールに対して、「考えた挙句の答えよ」と、はっきり言うところはしびれた。
♣R
彼に考えさせる時間を与えない。
♥M
相手がどんなに考えようと、自分は答えを決めている。
あの別れ方は、すごくよかった。
♣R
ああやって別れた後でも、別れた人と会えますか?
♥M
りきちゃんはどう?
♣R
会いたいと思っているけれど、大概の男は会ってくれない(笑)。
♥M
相手がどうかなのよね…。
私はわりと会える人が多いような気がする。
出版社のオーナーの俳優さん(パスカル・グレゴリー)、見たことがあるのだけれど、何の映画に出演していたかな…。
♣R
マリオン・コティヤールの『エディット・ピアフ 愛の賛歌』に出演していました。
♥M
そうだ!
何回も観てるから、すごく印象に残っているんだ。
♣R
イザベル・ユペールやカトリーヌ・フロとも共演しているので、結構よく見るかも。
■急激な変化にもがく人々
♥M
アランの部下で、お父さんが小説家の電子書籍部門を担当している女の子 ロールは、とても魅力的だったけれど、彼女は現代の最先端を代表するような人物なのよね。
彼女が言っているようなことが、現実になってきている。
♣R
自分が学生時代に書店でアルバイトをしていた時には、電子書籍の時代が来ると、既に言われていました。
♥M
この映画はストーリー以外にも、現代の出版事情や自分のことを考えられたから面白かった。
本を読む人は減って出版業界はますます厳しくなるだろうし、だから私の未来も明るくはないわけだけど、なくなることはない、そんなふうにも思えた。
♣R
絶対に紙の本だという考えにずっと囚われている人もいますが、もう少し柔軟に考えることも必要だと思います。
たしかに、電子書籍は重くないし、色々と便利な機能…例えば字が大きくなるとか、私の母の世代にとっては、便利な機能みたいです。
母は電子書籍を使う前は、字が見えなくなったから読まなくなったと言っていましたからね。
♥M
わかるわかる。特に昔の文庫なんて、字がほんとに小さいものね。この映画は、変化しつつある世界の中で、すごく年寄りというわけでも、すごく若いというわけでもない、私たちぐらいの世代が、これからどうしたらいいか分からなくなって、もがいてる…そういうところをとてもリアルに描いているね。
SNS、電子書籍、そういう変化がいっきに押し寄せてきて、40代、50代を迎えた人たちが、今、どこを歩いていけばいいのか分からない、というのがすごく伝わってきたな。
■私小説のさじ加減
♥M
私小説に出てくる、登場人物が観た映画『白いリボン』って…。
♣R
ミヒャエル・ハネケの映画ですね。
第1次世界大戦直前の北ドイツが舞台の映画。
♥M
それを観ながら…。
♣R
セレナはレオナールのものをフェラチオした、ということですよね?
♥M
でも実際には『白いリボン』は観てないのよね?
♣R
そうですね。実際に観たのは『スターウォーズ』。
♥M
そう。『白いリボン』の名前を出せば知的に思われるだろうと思って出したけれど、実際に映画を観た人にとっては、えっ? あの作品で? という反応になるということよね。
いいかげんな話だわ。私だったら、他の作品を使うのであれば、念のために観ておくよ(笑)。
♣R
レオナールは、色々と脇が甘いですよね。
♥M
私小説を書く作家が登場人物ということで、私生活をどこまで書いていいものなのか…このテーマは刺さったな。
私も『ミューズ 女神』でも、ふたりの男性を描いているからね。
りきちゃんの好きな柳美里も、たしか…。
♣R
処女作の『石に泳ぐ魚』で、顔に腫瘍を持つ人物を登場人物にした時、モデルとなった女性と訴訟問題になっています。
♥M
そういった部分のさじ加減は難しいねえ。
♣R
その時に了承を得ても、作品が完成した後に考えが変わったりしてしまうこともありますよね。
その時はいいと思っていても、世に出た後の周りの反応によって、気持ちが変化する可能性もある。やってみなきゃ分からないし、やったらやったで、というのもありますし…。
♥M
本当にそう。
私の作品でも、訴訟を起こすまではいかないけれど、納得できていないような感想をもらったことがあった。もちろん了解を得ているわけだけど、あとから「結局書かれたものは、あなたが受け取った考えでしょう?」ってね。
それがきっかけで、私小説的に書くのが怖くなってしまった部分はある。
♣R
こういうものです、と提示しても、人によって捉え方は違いますからね。
同じことを言っていても、こういう考えならOK、そういう捉え方ならちょっと納得出来ない…と、いうことですよね?
♥M
うん、そうだと思う。
♣R
そう思うと、普段話しながら、「そうですね」と頷いていることも、話している相手と全然違う考え方をしているかもしれないですよね。それってすごく怖い。
♥M
うん、恐ろしい。
全部の言葉の定義を突き詰めていかないと、同じ会話をしているにしても、違うことで「うん」と、言っているかもしれないもの。
■これから起こることの側にいる人間でありたい
♥M
「これから起こることの側にいる人間でありたい」というシャネルの言葉があってね。
私は何年か前までSNSを拒絶していたけど、そうも言ってられなくなってきたのを感じた。
その時に自分を納得させたのが、シャネルのこの言葉。
程度の問題はあるけれど、時代の変化や何かがあった時に、その場に身を置いていたいと思った。
最初はもちろんSNSに対して抵抗があったし、ドキドキもしていたけれど、段々慣れてくるし、普段だったら絶対に出会えないような読者と繋がることができる。
♣R
そういうことも映画の会話で話していましたね。
♥M
ブログの購読者が多い人気作家の話なんかをね。
♣R
人気のYouTuberとかも、毎日アップロードしていると言いますもんね。
♥M
それが仕事になっているからね。
■軽やかな会話劇
♥M
恋愛や結婚については、あらためて国の違いを感じた。
夫婦の婚外恋愛も、とても軽やか。
♣R
醜く逆上する、みたいなのはなかったですね。
恋愛においては誰も怒って逆上したりしないですよね。
♥M
電子書籍部門の若い女の子ロールがロンドンの仕事に移ることになった時も、アランは「知っていたよ」、とネックレスまでプレゼントしてくれて、実に軽やか。
私はこういうの好きだけれど、ちょっと軽やかすぎる気はしたね。
どこまでの愛情だったのかな…それほどの深い関係はなかった、ということ?
♣R
監督自身が、物事を荒立てないような恋愛をする人なんですかね?
♥M
どうなのかな…。
誰一人、すごく傷ついたりもしていないのよね。
♣R
小さい傷つきはありますけどね。
♥M
しかし軽やかだった。
情事が終わった後、みんなドライだったし。
♣R
バカ笑いしたり、仕事の話をしたり。
仕事の話で関係性が崩れる、ということはないのかなと、不思議に思いました。
♥M
そうだよね。アランとロールなんて、ボスと部下という関係だもの。
♣R
しかも対立した意見を持っているふたり。
そんな中で、ヴァレリーは、仕事もプライベートもごたごたしている人物でしたね。
ずっとこのままで進む人なのかと思っていたので、ラストでまあるくおさまって、逆によかったのかもしれない。み:
ヴァレリーは私小説を書く作家の妻としては最高だと思う。婚外恋愛を知っていても自由にしておいてあげて、よい作品が書けるようにしているわけでしょ。一番よいかたちで夫を愛しているんだって思った。
♥M
ほかの人の日常を覗き見しているような、そんな感覚になる映画だったね。
もしこの場に自分がいたら、なんて言うかな、って思ったりしながら見てた。
会話が多かったから、もう一度観たいな。
今度は字幕の言葉だけではなくて、字幕に入りきっていない会話もちゃんと読みたいくらい。
この映画の字幕は大変だったと思う。
♣R
たしかに。全然入りきってない感じがしますね。
♥M
もう一回観たい。
ラスト、「妊娠」が出てくるのは禁じ手な気がしたけれど、私、これはおすすめの映画!






