■シュールな体験と自尊心
2025/11/06
会員限定のコンテンツがなかったら書けなかったことをここに。
ようやく衝撃が薄れた、と思ったらあっという間に忘れてしまいそうなので。
内容、薄いです。こんなことありました、って備忘録みたいに書くつもりです。私のだめっぷりもいつも以上に際立っています。退屈かもしれません。と最初におことわりしておきますから、最後まで読んで、つまんない、とか怒らないでね。
それでは、はじまりはじまりー。
***
ある日のことでした。
旅行会社として誰もが知る会社のメディアなんとか事業部のKさんからメールが届きました。
そこには「シャネルの言葉の日めくりカレンダーを販売したい。監修をお願いしたい。一度電話で相談したい。まだ社内で企画が通っているわけではないけれど」といった趣旨のことがありました。
ちょっと迷いました。こう言ったらなんですけれど、シャネル関連のインタビューや細かな依頼が、いや、ありがたいのですが、このところ多くて、またシャネルかあ、みたいなかんじ。でもいいの、売れているんだもの。いま私が死んだら、代表作「ココ・シャネルの言葉」になるんだもん。いじいじ。
ということはおいておいて、翌日かな、お電話でKさんとお話したわけです。
やる気満々のかわいいひと、といったかんじ。
出版社ではないから出版経験はなく、だからしかたないの。
「シャネルの本を書くときに、引用元にはすべて連絡をしているんですか?」
「いいえ。批評という扱いになるんだっけな、とにかく私の作品ということなので、そういうことはしていません。参考文献はもちろん明記していますけど。それに、伝記作家、亡くなっているひとも多いしね」
これに類似した一連の質問に、ひとつひとつ答えていったことはね、しかたないの。Kさん、すごく熱意があるし、このくらいのこと、なんのその、って、私、思おうとしたのよ。
電話は1時間以上かな。すごいな、この1時間で、「出版の基本」みたいなこと全部聞き出されたかんじがするな。そんなふうに思いました。
電話を切ったあと、この内容って、伝記本の出版経験があるどこかの編集者さんに聞けばいい話であって、私である必要はなかったな、とも思いました。もちろんここに料金は発生しません。そもそも、企画が通っているわけではないので「なかったことになりましたー」で終わる可能性ありです。
そしてシャネル社に確認をとりたい、公式サイトにも連絡先がないんです、と言われてね、たまたま最近シャネル社の広報に連絡したお友だちがいたものだから、彼にお願いして、その連絡先を聞いてKさんに伝えたりもしたわけです。
それから連休をはさんで、連休が明けて数日したら、企画が通りました、ってメールが。
そこには「急で申し訳ないけれども、この日に打ち合わせをしたい、デスク、編集長も同席します」って。「ピンポイントで申し訳ないけど、5月×日15時〜18時」といった趣旨のことが書かれていました。
ピンポイントすぎる、と思いました。通常、いくつかの候補日時がありますものね。私、そうとうヒマって思われているのかな、って思っちゃうのはそんな不自然じゃないわよね。
引きこもりの私にしてはめずらしくその週は、打ち合わせやインタビューなどの予定が入っていて、でも、たまたまピンポイントでその日に誰かと会う約束はなかったのです。仕事は山積みよもちろん。
打ち合わせはオンラインでもいい、とありましたが、私ははじめての人と仕事をする場合、実際に会うことにしているので、先方の会社に行くことにしました。ほんとに、対面を希望してよかった、っていま心から思います。
場所は市ヶ谷とか神楽坂あたり。中目黒からは牛込神楽坂がいちばん近かったので、そのルートで行くことに。会社まで徒歩5分。あれー。好きな地域なはずなのに、神楽坂に住もうと思ったくらいなのに、ずいぶんこのあたり雰囲気違うなあ。私、好きじゃないなあ。会社に到着。いやん、地場が悪いかんじがする。私は霊感とかがあるわけじゃないけれど、「場」にはなにやら過敏に反応するところがあり、住む場所を決めるときもその感覚をいちばん大事にしているのです。
話がそれました。
まあ、なにはともあれ、約束の階に。内線でKさんを呼び出すと、小走りでとっても若い、かわいい女の子が。「感激です。大ファンなんです。お会いできて嬉しいです!」という挨拶に気をよくする単純な私。
そして会議室に通された瞬間、衝撃の光景が。
「ごめんなさい、人違いです」と私、帰ろうかと思いました。いや、違うな。それはあとから思ったことであり、その瞬間は、信じ難く、「ひたすらかたまった」と言ったほうが正確でしょう。
だって、殺風景な会議室、大きなテーブルの上に、どーん、と1冊だけ置いてあったのは、シャネルの言葉の本だったけど、私が書いたものではなかったのです。
こんなことを言うと、狭量すぎると思われるから常日頃は内緒にしているのですが、いわゆる類書ね、売れている本と似たような本。シャネル、マリリン、と私が出した本とあまりにも似ている本を出す方がいらして、私はこっそりと、「よくできるなあ、自尊心とかないのかなあ」と常々思っていたわけです。そしてテーブルにあるのは、まさにその方のシャネルの本だったので、よけいに衝撃は大きかった。
「すみません、山口さんのシャネルの本、大好きで家で熟読していたら忘れちゃいましたー」と無邪気にKさん。
私だったら取りに帰るか、書店に買いに行くけどなあ。なんだろう、このかんじ。
かたまっている私へデスクさん(女性)、編集長さん(男性)が挨拶。編集長さんは、「私はただ見ているだけなので」と名刺もなし、すこし離れたところで腕組みして進行を見守るポーズ。うーん、この会社だいじょうぶう?
席についた私にKさんが企画書を差し出します。
視力検査の時間ですよー。
いえ。でも、ほんと、そんなふうに思いました。
いままで出会った企画書のなかで、もっとも小さな文字で書かれたものがそこにありました。
A4用紙2枚。これ、すごく小さい文字よね。商品の説明書きみたいな。本のプロフィールのところくらいの大きさかな。
でも私すごい。まだぜんぜん読める。眼鏡はまだ先ね、ふっ(意味不明の優越感)。
そんなことを思いながら、説明を受けているわけですが、目の前にずーっと私の本ではないシャネル本が置いてあり、それを資料としながらの説明なので、私を知っている人が見たら、わかりすぎるほどに、そして笑ってしまうだろうくらいに、私はぐんぐんとしおれていくのでした。
そして、電話でも話したことが繰り返されます。
引用元はどこか、引用ルールに沿っているのか、そこをひとつひとつ明らかにしてほしい。引用ルールのリンクをここに記したので、目を通しておいてほしい。
その部分に関してはこんなかんじ↓(太字は私の感想)
〇版権・著作権関連の管理につきまして
→本書で扱う「名言」「歴史」「参考文献」「著作権法に基づく引用ルールの徹底」に関しては、一元で管理、必要であれば各所への確認作業をお願い致します。(←各所への確認作業ってかんべんしてください)
事実確認が難しいものや怪しい内容は、確実なものへの差替えを積極的に行ってください。(←ひどい言われよう、よね? 私がおかしいの? もうわかんない。涙)
えーん。(売れない)物書き生活25年、こんなことを言われることがあるなんてー。うそー。いやーん。たすけてー。
しかし、さすがに、この部分については、言いましたよ。
「ひとつひとつ明らかにするのは電話でもお話しした通り、しないし、不可能でもあります。そもそも一冊の本を出す時点で、それは私の作品であり、全責任を負っていることを理解していただかないと、進めてゆくのは難しいと思います」
私の声色がこわかったのか、Kさんは「すみません、何か問題が起こることを避けたいので」と。でもさくっと次に進みます。
締め切りがタイトなのですが、と言われ、次は締め切りの部分を視力検査。
〇表紙テキストのご提案 ※5月25日(火)ご提出〆
→書名のほか、別途表紙へ掲載するテキストのご提案お願い致します。名言+キャッチあわせて、50~60wをご提出いただきたいです。3案ほど頂戴できますでしょうか。
とあります。
あれ。月を間違えている? だって今日は木曜日。締め切りは5日後なんてこと、ないものね。
しかーし間違いではありませんでした。
絶句する私。話さくさく進みます。
〇名言のセレクト→最終は31日分に選びきりますが、候補として45~50日分の名言をご提案頂きたいです。
【名言セレクト時のお願い】
★解説文の付かない名言については、〝名言を見ただけで言葉が伝えたい意図〟が理解できるものを選択してください
★ターゲット・企画・書名の軸を満たす、〝含蓄ある名言〟をセレクトしてください
★単調にならないよう、文字数や内容にはある程度のバリエーションを持たせてご提案ください
★本書初公開の名言を、最低2~3日分ご提案お願い致します※基本的には、山口様の著書から転用をしていただいても問題ございません。ただし、著作権法の引用条件等の観点より、本書ならではの「独創性」「オリジナリティ」を演出する必要があるため、新出の名言をご提案お願いしております。
もう、かなりしおれて&だんだん麻痺しているけど、この最後のところはさすがにね。
「初公開の名言?」
「はい、単なる書籍からの転用にしないためにも、シャネルの新しい言葉が欲しいです。類書にもない言葉が」
困っちゃったなあ。どんなふうに言ったら伝わるんだろう。がんばれみちこ。
「えーと。まず、シャネルはもう亡くなった人です。そして私は本を書くために、出版されたもののほとんどを精読し、見られる動画も見て、そのなかから私のシャネルを書いています。ですから、本に書かなかったことがあるとしたなら、それは私が意識的に書かなかったということで、ようするに響かなかったということになります。それを見つけて、とおっしゃるなら不可能とは言いませんが、すくなくともメイン資料である10冊くらいをもう1度読み直すことになります。かなりの作業ですよね。それから、他の人も書いていない言葉となると、いわゆる類書までをもチェックしなければなりません。それはしたくないです」
「でも、なんとか新しい言葉を」
ますますしおれてゆく私。何かが違う、もうだめ。なので、うなずいちゃう。どうにでもして、って感覚よ。
そして次、締め切りね。
↑「初公開の名言」を入れた名言セレクトの締め切りよ。6月4日。2週間後。
ありえないわ。
しおれきった私。ここはどこ? 私は誰? おうちに帰りたい……。
最後にKさん。
「私、明日の金曜日と来週の月曜日お休みなので、メールをいただいてもご返信は火曜日の朝になります」
いいわねえ。お休みできて。私、働くわ。だって締め切りが火曜日だもの。
「いいもの作りたいですね! すっごく楽しみです!」とわくわく感いっぱいのKさんに挨拶をして、それから中目黒の駅に到着するまで、私は意識を失っていました。どこをどう帰ってきたのか覚えていないくらいよ。だって、ここはどこ? 私は誰? 状態が続いていたんだもん。
中目黒駅について、ふらふらっといつもの改札と反対の改札を出ました。美しいものか美味しいものが、ほ、ほしい……。
反対の改札の前にはお花屋さんとパン屋さんが並んでいます。ふとパン屋さん「CITY BAKERY」のアップルパイが食べたくなりました。
アップルパイをひとつください。
そうよ、美味しい紅茶をいれてアップルパイを食べよう。
ふらふらっ、ふらふらっ。そうして家にたどりつきました。
夜、娘に一通りの話を聞いてもらいました。アップルパイ半分と交換条件で。娘もびっくり、笑っていました。
その夜は、眠れませんでした。ワイン飲んでも薬飲んでもぜんぜん。
映画「わたしは、ダニエル・ブレイク」、主人公のセリフ、「これは自尊心の問題だ!」が頭にこだましています。
でも収入になるしなあ。たいせつよね、収入って。でもかなりのダメージ受けてない? 傷ついたってこと? ううん、傷ついてはいない。なんだろう、相手は悪気があってしていることではないし、そんなつもりはないんだろうけど、はげしく侮辱されたかんじかなあ。いままでの仕事をすべて、私の存在を。それって傲慢なんじゃない? わたくしを誰だとお思い? みたいに思っていない? いやーな大人になってない? 彼女はいいものを作りたい、って情熱はあるじゃない、情熱のない人はもう嫌とか思っているなら、ここはそこをくみとるべきかも。いやいや違う、何かが根本的に違う。あそこは私が生きる世界じゃない。
私、しんそこ、この仕事、したくない。断ろう。
この結論に達してようやく数時間眠りました。そして翌朝、お断りのメールを送りました。理由として、いま、ここに書いたことと同じような内容のことを、そのまま書きました。
Kさんはお休みのはずなので、デスクさんにお電話をし、メールをCCで送ったので確認してください、と言いました。デスクさんからすぐにメールの返信があり、「Kさんはすごくがんばっていたから、締め切りをのばすとかでなんとかなるなら考え直してください」とありました。私は、「メールに書いたことがすべてです。そういう問題ではないので、お断りします」といった旨のものを送りました。
そして昨日、お休み明けのKさんからお電話が。申し訳ありません、ということと、どれだけ私の本が好きかということを震える声でお話しし続けてくださいました。私は、よくわかっていますよ、でも、たぶん、住む世界が違うんだと思います、と言いました。そして私はよいこなので、「カレンダーは作りたいのでしょうから、それこそ、あの本の著者の方にお話してみたらいいと思いますよ」とこちらから言ったりするのでした。そのつもりだろうな、でも言い出しにくいだろうな、って思ったからね。
ありがとうございます、そうします、ってKさん。がんばってねKさん。
ほんとうに、いま書いていても、シュールです。もしかしたら幻覚を見ていたのかも。
幻覚だとしても今回のことでつくづく思ったこと。
私は、私ではなくてもいいこと、はほんとにしたくない。
ということ。
それから。
別のステージにそろそろ行かないと。希望しない役ばかりがまわってきちゃう。
ということ。
おしまい。ちゃんちゃん。
