◎67本目『Summer of 85』
2026/03/09
【あらすじ】
16歳のアレックス(フェリックス・ルフェーヴル)と18歳のダヴィド(バンジャマン・ヴォワザン)。
海で出逢ったふたりは、惹かれあい、やがてお互いに夢中になる。アレックスにとっては初恋だった。
関係が最高潮のときダヴィドの提案で、ふたりはある誓いを立てる。「どちらかが先に死んだら、残された方はその墓の上で踊る」。
ふたりの関係はやがて変わり始め、アレックスは不実なダヴィドを責め、そしてダヴィドは交通事故で亡くなってしまう。
アレックスは悲しみを乗り越えるべく、ダヴィドとの誓いを実現させようとするが─。

♥M
よかったね!
♣R
久々に、オゾンの映画でいいなと思える作品でした!
♥M
オゾン監督は何歳なのかなと思ったら、ほぼ同年代だった。
私が66年生まれで、オゾンが67年生まれ。
オゾンが17歳でこの映画の原作を読んでいた85年、私は何をしていたかなと思いながら映画を観てた。
りきちゃんは20歳下だから、生まれてない?
♣R
オゾンが原作を読んでいた1年後に生まれました。
♥M
そうよね。
85年はエイズパニックが起こる前年で、「エイズによってもたらされるトラウマを1ミリも感じないようなのんきな時代」だったと、オゾンが言っていた。
♣R
自分が小さい頃、ACのエイズのCMがよく流れていたような気がします。
だから85年から数年後に爆発的に広がっていったということですよね。
♥M
その当時は、エイズは同性愛者に多いと言われていたし、自分は同性愛ではないから、怖いなと思う程度だった。
♣R
他人事だった感じですか?
♥M
そうかもしれない。
■恋愛の普遍性
♥M
タイトルを『墓の上の踊り』とかにすればいいのにとか思っていたのだけれど、あとで原作のタイトルがそれに近いものだと知った。
♣R
原作のタイトルは『おれの墓で踊れ(エイダン・チェンバーズ:作)』。
そのタイトルにしなかったのはネタバレ防止のためみたいですね。
「小説と違って、映画では映像でストーリーを知っていくわけだから」と、オゾンは言っていました。
♥M
原作でもそうなのかもしれないけれど、「なぜ死に取り憑かれているかを説明する」という冒頭のアレックスの語りによって、普通のラブストーリーだけではなく、ミステリーの要素も出てくる。そのつかみが上手かった。
オゾンは、『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』の撮影後に、たまたまこの映画の原作である小説『おれの墓で踊れ』を読み返して、昔、映画化したいと思っていたことを思い出したらしい。
そして今なら皮肉っぽくもなく距離を置いて撮れるだろうと思ったって…そのために35年の月日が必要だったのね。
結果的には、それくらいの年月が必要だったということが、同年代だからすごくよく分かるし、そういうのありだよねって思える。
♣R
例えばどういうところで、そう思いましたか?
♥M
オゾンがもっと若い頃にこの作品を撮っていたら、「同性愛はマイノリティで、抑圧されたもの」という主張がもっと出ていたと思う。
♣R
もっとゲイゲイしい内容にもなっていそうですよね。
♥M
そう。同性愛の苦しみも、もっと描いたと思う。
だけど、年数を重ねたことで、色々なものを見て、考えて、苦しさとかゲイゲイしさではなく…。
♣R
若者の荒々しさなどをたくさん経験して、経験してきたことを客観的に描けるようになったということですよね。
♥M
かつ、客観的に見ているからこそ、10代の頃の恋の感覚と、今、自分が恋をする時の感覚が何も変わらないということも分かっているの。
♣R
同じことを繰り返しますからね(笑)。
♥M
大人になればもっとうまくやっていけるって、きっとオゾンも思っていたと思う。
でも、35年経っても変わらない。だからこそ、そこには普遍性がある。
恋愛の普遍性を不純物なく作り上げている感じがしたからこそ、すんなりと物語に入っていけたし、異性愛者でもすごく共感できる。
創る側の立場から言うと、どんなに年数が経っても、描くべきものはいつか描くのだろうなと思う。同時に、それをこんなふうに描けるオゾンがうらやましい。
♣R
この作品こそ、同性愛という枠組みにとらわれない恋愛の映画だと思いました。
『マティアス&マキシム』の時は、そういう言い方をしている宣伝方法に疑問を抱いていましたが、今日はすんなりと受け入れました。
♥M
そうなのよ、その違いが重要なの。
オゾンもドランも「この映画は純粋なラブストーリーで、同性愛やセクシュアリティは関係ない」と、明確に主張しているけれど、今回、もやっと感じなかったのはなぜかしらね。
♣R
『マティアス&マキシム』の時は、ストレートである主人公ふたりの関係の間に、「同性愛への罪悪感」みたいなものがありました。
『Summer of 85』では、アレックスのおじさんの女装話に絡めて、お母さんがそういった人のことをどう思っていたのか、堅物なお父さんがゲイである自分のことをどう思っているか、みたいな悩みは描かれていました。
でも、それを超えるくらいの恋愛感情が描かれているし、そこには、同性愛からくる苦悩や罪悪感みたいなものは感じられなかったです。
♥M
アレックスがダヴィドに惹かれていく時に、相手が男だからという意識が全然ない。
たまたまそうであったのかもしれないけれど、これが例えばダヴィドが遊び慣れた年上の女性であっても成立すると思う。
だからもやっとした感じもないし、青春の甘酸っぱい…。
♣R
誰にでもあるような普遍的なストーリーに感じられる。
♥M
本当にその通り。
♣R
監督が同じことを言っていたとしても、描き方でこんなに違うものになるのですね。
♥M
『Summer of 85』は、ごく普通のラブストーリーを強調して宣伝しているわけではないし、青春のひとコマみたいな感じだったから、引っ掛かりがなかった。
「男と女が入れ替わっても成り立つね」って、観た側の私たちが言うことなのだと思う。
■ふたりの母親
♥M
ダヴィドは最初からアレックスを強引に誘っていたけれど、あの強引さはすごかった。
♣R
あれはきっと母親譲りですよね。
♥M
デデスキちゃんね(ダヴィドの母親役のヴァレリア・ブルーニ・デデスキのこと)。
クレイジーさがある。
途中で、ダヴィドのお父さんは妻と息子に殺されたのではないかと思うくらい変な感じだった。
病んでいる感じというか。
♣R
ダヴィドも母親も、精神が安定している感じはしなかったですね。
デデスキは前から好きでしたが、近年どんどんよくなっていきますよね。
♥M
声の出し方とかもよかった。
アレックスのお母さんは何であんなに歳をとっているの?
おばあちゃんぐらいに見えたけれど。
♣R
たしかに。
原作にはどう書いてあるんですかね…アレックスのお母さん役のイザベル・ナンティは59歳ですって。
デデスキが56歳なので、そんなに上ではないですよ。むしろ、母親同士は割と同世代。
でもそういう見た目の違いで、貧困の差を描いていたのかもしれませんね。
金持ちは若くきれいに見えて…。
♥M
苦しい生活をしていると早く老けちゃうみたいな。
それを出したかったのかもしれないね。
■ 恋愛の初期
♥M
「会っていても物足りない、もっと触りたいし、触れられたい」というアレックスの想いは、純粋に愛ゆえのもの? それとも、ふたりの想いに温度差があるからそう思っているの?
♣R
アレックスはそう思っていても、ダヴィドはそこまでのものを感じてはいないですよね。
♥M
アレックスの感覚は、私たち分かるよね。
♣R
分かりますね。もっと欲しいというか。
♥M
まだまだ物足りないという感じ…それは自分の理想があるから?
♣R
理想…欲望…希望…?
♥M
でも、アレックスがそう思っている時は、そこまで考えているかな?
♣R
考えてはいないですよね。勝手に湧き上がってくる感じ。
そんな細かいことまで考える暇もないくらい、ダヴィドのことを想っていますからね。
♥M
そうだよね!
会っていても物足りない…と、いうアレックスの語りは、相手への不満ではなく、恋愛初期によくある、あれ。もっともっともっともっと、という気持ちに過ぎないよね。
恋愛の初期は、すごく好きになった相手に対して、何をしていても、もどかしい、もっと欲しいと思ってしまう。愛の言葉をどんなにささやいたり、身体をピッタリ重ね合わせていてもね。
愛情をもっと感じたい、愛情をもっと伝えたい。それなのに、ほかに方法はないの? と、意味不明にキレたくなったりね。いつだって足りないの。
■ふたりの離別
♥M
クラブでのダンスシーンは、一番高揚感のあるシーンだった。
♣R
このダンスシーンはソフィー・マルソーの『ラ・ブーム』のオマージュだと言われていますね。
まだ観たことないのですが、路子さんは観ましたか?
ピチピチのソフィー・マルソーの青春ラブストーリー的な作品ですよね?
♥M
りきマルソーのマルソーは、ソフィー・マルソーからきているのに、何で観たことないのよ(笑)。
私は公開当時、まだ映画を観たりしていなかった頃だった。
昔観たとは思うけれど、もう一度観てみようかな。
クラブでのダンスシーンで、ダヴィドは、ロッド・スチュワートの「Sailing」が流れるウォークマンのヘッドフォンをアレックスの耳にかけてあげるけれど、アレックスに聴かせておいて、自分はディスコで流れる音楽で踊っているのよね。
♣R
オゾンが「ふたりの離別を予告」しているシーンだと言っていましたね。
♥M
私、そこまではわからなかったな。
ふたりの仲を裂く役として登場するケイトがアレックスに「あなたはダヴィド本人ではなく、自分が作り上げた人に恋をしていた」と言うでしょう?
それもダンスシーンに象徴されているのかもしれない。
例えば、ディスコで流れる音楽に身を任せるのではなく、ウォークマンから流れる「Sailing」にあわせて目を閉じてうっとりとひとりで踊っているのだけれど、たぶん、ダヴィドと踊っていることをイメージしている…となりにディスコ音楽でのりのりのダヴィドがいるのに。
恋をしている時は自分の中で完結してしまうみたいなところはない?
♣R
自分に酔っているみたいな感じですか?
それとも、ダンスの後のアレックスの語りであったように、「会っているのにまだ物足りない」という感覚は、恋の形を自分の理想に近づけたいという思いがあるからですか?
♥M
ああ、それもあるのかな。
ダヴィドはどうだったのかな。
♣R
少なくとも、ダヴィドはそこまで深く考えてはいないですよね。
♥M
うん、全然。
小説を書く才能があるくらいだから、アレックスの方が想像力もあって知的。
ダヴィドはそうじゃないでしょう?
♣R
でも、詩の暗唱をしていましたよね。
♥M
たしかに。あそこでハッとさせられる。
♣R
だから少なからず、そういう面を持っていたのかもしれませんね。
♥M
アレックスの方が知的好奇心や知性、教養のセンスがあるとすれば、ダヴィドはそこまでではない。だからアレックスは、ダヴィドが普通にしていることを自分の感性で受け取ってしまうから、意味付けをしてしまうのだと思う。
すごくよくわかる…相手は何も考えていないのに、自分で勝手に意味付けしてフォーリンラブしていく感覚(笑)。
■享楽的なダヴィド
♥M
言い争いをして、お店からアレックスが出て行った後に、ダヴィドが事故にあうけれど、ダヴィドのお母さんが言ったように、アレックスを追って行ったからそうなったのかな?
私はあの流れで追っては行かないと思うの。
♣R
追うとしたら、すぐに追いそうですよね。
♥M
私の想像では、アレックスを傷付けてしまったことへの自責の念やムシャクシャした気持ちでバイクをかっ飛ばしたら事故にあってしまった…ということだと思った。
会いに行ったとは思いにくいなあ。
♣R
ダヴィド役のバンジャマン・ヴォワザンは、インタビューで自殺なんじゃないかと言っていました。でも、ただの自殺ではなく、もっと含みのある、何かが弾けて起こったことだって。
自分は自殺ではないと思いました。
♥M
ダヴィドは享楽的なところがあるでしょう?
♣R
元々、無茶な運転をするようなところもありますからね。
♥M
そうそう、いつかは…って感じはしたよね。
♣R
ダヴィドが亡くなった後に、ケイトが話しかけにくるシーンが好きでした。
アレックスにとって、ケイトはある意味、憎むべき存在であるし、お前のせいでふたりの仲は悪くなったくらいに思っているはずなのに、いがみ合うでもなく、ダヴィドとの思い出を共有する。そんな存在である彼女にしか話せないというのが、とても切ない。
♥M
誰かが死んでしまった時は、何でもいいから思い出を共有したいものだよね。
失った人を感じたいのだと思うし、彼を知っている人なら誰でもいいという部分はあったかもしれない。
ケイトがアレックスにしたキスの意味は何だと思う?
♣R
友達のキスという感じではなかったですが、あれがイギリス風の友達キスなんですか?
♥M
あんなにぶちゅっとはしないでしょ(笑)。
ハグでもいい場面でキスをしたから、あのへんも複雑な心境だったのかな…喪失ゆえの感情の動きだったのかな。
言い争いをして、お店からアレックスが出て行った後に、ダヴィドが事故にあうけれど、ダヴィドのお母さんが言ったように、アレックスを追って行ったからそうなったのかな?
私はあの流れで追っては行かないと思うの。
♣R
追うとしたら、すぐに追いそうですよね。
♥M
私の想像では、アレックスを傷付けてしまったことへの自責の念やムシャクシャした気持ちでバイクをかっ飛ばしたら事故にあってしまった…ということだと思った。
会いに行ったとは思いにくいなあ。
♣R
ダヴィド役のバンジャマン・ヴォワザンは、インタビューで自殺なんじゃないかと言っていました。でも、ただの自殺ではなく、もっと含みのある、何かが弾けて起こったことだって。
自分は自殺ではないと思いました。
♥M
ダヴィドは享楽的なところがあるでしょう?
♣R
元々、無茶な運転をするようなところもありますからね。
♥M
そうそう、いつかは…って感じはしたよね。
♣R
ダヴィドが亡くなった後に、ケイトが話しかけにくるシーンが好きでした。
アレックスにとって、ケイトはある意味、憎むべき存在であるし、お前のせいでふたりの仲は悪くなったくらいに思っているはずなのに、いがみ合うでもなく、ダヴィドとの思い出を共有する。そんな存在である彼女にしか話せないというのが、とても切ない。
♥M
誰かが死んでしまった時は、何でもいいから思い出を共有したいものだよね。
失った人を感じたいのだと思うし、彼を知っている人なら誰でもいいという部分はあったかもしれない。
ケイトがアレックスにしたキスの意味は何だと思う?
♣R
友達のキスという感じではなかったですが、あれがイギリス風の友達キスなんですか?
♥M
あんなにぶちゅっとはしないでしょ(笑)。
ハグでもいい場面でキスをしたから、あのへんも複雑な心境だったのかな…喪失ゆえの感情の動きだったのかな。
■ふたりの温度差
♥M
「そして大切なのは、過去を乗り越えて新しい物語を生きること」というラストのセリフは、原作のラストにも使われているみたいね。
♣R
原作では、「唯一、重要なのは、みんなどうにかして自分の歴史からのがれること」と書いてありました。
♥M
そういう表現になっているのね。
ラストでは、酔っ払っているところを介抱してあげた男の子と新しい何かが起こりそうな予感を感じさせるような終わり方だったけれど、軽くていいよね。
♣R
アレックスとしては、ダヴィドの墓の上で踊り、小説を書き上げたことで、すっかり悲しみを昇華した感じ。まだ悩み続けているという気持ちは、そんなに感じられないですよね。
♥M
うん、感じられない。
6週間という短い間でのひと夏の初恋という特色はそこにある。
そして、小説を書き上げたことで、ケイトが言っていた「自分が作り上げた、理想の、存在していない人を愛していた」ことを証明したということなのかな。
自分でピリオドを打ってスッキリしたら、次に行けるわけだから、死んじゃったダヴィドがかわいそう。
♣R
結構残酷ですよね。
別れのシーンも、ダヴィドはアレックスのことを嫌いになって別れを告げたわけではないような気がします。
♥M
束縛とかを感じたり…。
♣R
ふたりの間に温度差があったということですよね。
♥M
そう。恋愛のスタイルが違う。
ダヴィドはある意味誠実だよね。
束縛されるのは嫌だし、飽きたから他の楽しみも知りたいというのは、非常に正直な告白だと思う。
♣R
ダヴィドの見た目や態度からして、遊んでいる人だと分かりますよね。
♥M
誘い方からして、みんなにああいうことをやっている感じがする。
まあ、本人にしてみれば、自分だけと思いたい気持ちはわかるのだけれどね。
♣R
初恋の頃なんて、そんなの分からないですよ(笑)。
「えっ、自分だけに言ってくれてる」って思っちゃいますよ!
■作家の「業」
♥M
ラストシーンでは、アレックスの立ち位置がすっかりダヴィド側になっていたね。
誘い方とか、すでに手慣れた感じがした。
♣R
ダヴィドとの恋で学んだことを応用して、これからどんどん遊んでいく感じがしますね。
♥M
ダヴィドはやっぱり無駄死にじゃない!!
かわいそうよー。不憫で仕方ない。
ダヴィドの母親だって、夫を亡くした上に、息子まで亡くして、ボロボロよ。
これから精神を病んでいくよね。
♣R
ただでさえ元から病んでいる感じなのに…。
アレックスは書くことで、ダヴィドとの経験を蘇らせましたよね。
思い出を振り返りながら書くことに対して、苦しいとも思っていないし、むしろノリに乗っている感じがしました。
♥M
すごく楽しそうに書いていた。
♣R
自分の苦しい体験を書くとなると、その当時のことを思い出さなければならないので、苦しい思いをしながら書くのかと思っていたのですが…路子さんが『女神 ミューズ 』を書いたときはどうでしたか?
♥M
アレックスの場合は、多少盛っているにせよ、自分の体験を元に書いている。
私の場合は、小説の前半部分の方が楽しい気持ちで書いていたし、書きたくてたまらないという気持ちはアレックスに似ていたかも。
10年後に書いた時は、自分の中でケリをつけるために書いてた。
私が前半部分にさらに後半部分を足して書き上げたのは、自分がこちらの道を選んだことによって、本当はこうあり得たかもしれない人生を形にして、未練を断ち切りたかったから。
書くことで次に進みたかったの。
だからトーンを揃えるのが、結構大変だった。
♣R
その何年かで気持ちの差がありますからね。
♥M
そうそう。
トーンを揃えるために、ビストロ・エジェリでのレティシアとの会話を入れて、回想という形にしたの。
アレックスは先生に勧められて処女作を書き始めたけれど、映画を観る前にふたりで話したカポーティのように、すでに物書きの業みたいなものを持っているなと思った。
カポーティーは「冷血」を書くために、殺人事件を起こした犯人と仲良くなったけれど、友情という気持ちのほかに、作品を書き上げたいから早く死刑になってほしい、という気持ちもあって、どちらも真実だったのだと思う。
アレックス、本当は半狂乱になって当然の状況なのに、書き上げたいという気持ちが強く、ウキウキ感さえあるところに、物書きの残酷さを感じる。
♣R
小説を書く前は、ダヴィドの死体にしがみ付いたり、お墓の土を夢中で掘り返したりしてますからね。
そのエネルギーが小説を書く方に向いたということですよね。
♥M
書くことを始めてからは、そんなことをしている自分すらもネタとして楽しんでいるのが恐ろしい。だから余計ダヴィドが不憫(笑)。
口論のシーンだけを見れば、遊び人のダヴィドがアレックスを振りました、という図式だけど、実は全然違う。アレックスみたいなタイプは強いのよ。
その時は悲嘆に暮れて半狂乱になったりするけど、体験すらもガッツリとモトを取ります! みたいなタイプ。
新しい恋の予感も感じさせるけれど、アレックスは物を書く喜びを知ってしまったから、多分彼との恋愛もネタにして書くと思う。あの彼も不憫になっちゃう(笑)。
♣R
作家の性(さが)ですね。
♥M
性というより、やっぱり業。
性よりも、もっといやらしくて根深い感じ。






