◎68本目『アンティークの祝祭』
2026/03/09
【あらすじ】
高齢で、記憶が危うくなり始めているヒロイン、クレール(カトリーヌ・ドヌーヴ)は、ある夏の朝、突然に悟る。「今日が人生最後の日」。そしてヤードセールを開催し、長年かけて集めてきたアンティークのコレクションを処分する。その品々は彼女の人生の断片でもあり、アンティークとともに、彼女の長い人生のさまざまな記憶が蘇る。
母親が思い出の品を処分していることを聞いた娘のマリー(キアラ・マストロヤンニ)は母を訪れる。ある事件がきっかけで疎遠だったふたりだが……。

♥M
原作はリンダ・ラトレッジの『La dernière folie de Claire Darling(クレール・ダーリングの最後の狂気)』。これは、もう、そのままのタイトルでとても好き。
邦題の『アンティークの祝祭』というのも、すごくきれいなタイトルだと思う。
♣R
フランスっぽいタイトルですよね。
♥M
でも、アメリカの作家の作品なんだって!
ストーリーは、色々あった老婦人の人生を、一日に凝縮してかいま見た感じだったね。
♣R
まるで走馬灯のように。
♥M
そうそう。
そんなに詳しく語られるわけではないけれど、それぞれのアンティークの品物で、過去の出来事を思い出していく感じ。
■白髪のドヌーヴ
♣R
やっぱりTHE・ドヌーヴではありましたが、いつもよりは抑えめな印象でした。
♥M
『真実』と同時期ぐらいの作品でしょう?
『真実』は女優役だったからTHE・ドヌーヴだった。
それと比べたら抑えられてはいたけれど、でもドヌーヴだよね(笑)。
色々な人のレビューを見たけれど、似たようなことを言っている人が多かったな。
「素晴らしいけれど、近年のドヌーヴは、どんな役柄を演じていてもカトリーヌ・ドヌーヴがカトリーヌ・ドヌーヴを演じてる。」って(笑)。
今回、ドヌーヴは白髪にして役柄を演じていたけれど、監督からのお願いだったみたいで、白髪姿で演じたドヌーヴについてこう言ってた。
「私は彼女の見慣れたイメージを変えたかったの。
クレール・ダーリングはある種の世捨て人。
彼女は気を強く持って、最後のために素敵な服を着る。
でもドヌーヴのきれいなブロンドの髪はふさわしくないと思えた。」
♥M
監督は、白髪の提案を断られると思っていたけれど、ちゃんと意図を汲んで同意してくれたと書いてあったよ。
♣R
ドヌーヴらしいですね。ちゃんとそれなりの理由があれば、受け入れる人ですからね。
ドヌーヴが自分の身体を鏡で確認するシーンとか、愛おしかったですよね。
♥M
そういう目で見てしまうよね。
映画を純粋な視線で観られない。
♣R
もう、家族の一員みたいな感覚ですからね。
♥M
そうなっているから、その歳の人が認知症を演じているというだけで物悲しくなっちゃう。
娘役がドヌーヴの娘のキアラ・マストロヤンニだし、「カトリーヌ・ドヌーヴの言葉」を書く上で、ドヌーヴのことをずっと追っていたから、認知症という役柄も現実とすごくかぶってしまったの。
♣R
自分も少し寂しくなってしまいました。
♥M
でしょう? 役柄を演じているというのは分かっているけれど…。
でも、認知症になってもドヌーヴはドヌーヴなんだって思った(笑)。
だから、映画そのものというよりは、ドヌーヴ愛ゆえの目線で観てしまったのかもしれない。
♣R
ドヌーヴが脳卒中で入院した後に観ているから、なおさらですよね。
■娘のキアラ・マストロヤンニとの共演
♥M
キアラの使われ方は、少し残念だったかな。
お母さんに反発をしている役柄だから、性格も服装も地味だったけれど、かなりドヌーヴに負けてしまっていた。
♣R
友達のマルティーヌの方が目立って見えましたよね。
♥M
そうなの。キアラを活かしきれていない感じだった。
まあ、ますますのますますでマストロヤンニにそっくりになっていくけれどね(笑)。
♣R
歳を重ねるごとに。
♥M
着飾っていないからなおさらね。
♣R
路子さんから、ずっとそう刷り込まれているので、自分もそうにしか見えなくなってきました(笑)。
■曖昧でいい
♥M
神父さんは、クレールに気があるよね?
♣R
自分もそう思いました。
クレールが神父さんを訪ねる回想シーンで、ふたりが意味深な感じで話していたので、何か関係があったのかと思っていました…でもきっと違いますよね。
気持ちはあったとしても、寝てしまったとかではなく…。
♥M
聖職者だし、そこまではないような気がする。
そこまでしていたら罪深いよね。
♣R
話を追っていくと、クレールがしてしまったことと関係があるのが分かってきますよね。
♥M
夫が苦しんでいる時に電話をするのをためらっていたけれど、その場面であの映画を思い出したの…いそいそと初夜の準備をする映画!
♣R
ルイス・ブニュエル監督の『哀しみのトリスターナ』ですね!
♥M
そうそう!
トリスターナは、死にそうな夫を前に、病院に電話をするのをやめてしまい、助けない。
今回の映画では、本当に電話をしたのか、それとも認知症になった彼女の記憶違いだったのかまでは詳しく描かれていなかったけれど…。
♣R
電話については、病院でクレールがマリーに電話をしていたかを尋ねていましたけど、その時にマリーは「電話をしていた」と、答えていましたね。
でもそれが母親を慰めるためにそう言ったのか、実は本当に電話をしていなかったのか、そこまでは語られていなかったですね。
♥M
そういうのは曖昧でいい、という雰囲気が、この映画にはあったような気がする。
それは多分、ヒロインの認知症というのが深く関係していると思う。見ている方も…。
♣R
あやふやな感じを体験するような。
♥M
そう。問い詰めなくても、与えられている情報だけで楽しむべきだと感じたの。
それが見ていて心地よかった。
■大事なものを手放せますか?
♣R
過去の思い出といえば、クレールの娘マリーは、小さい頃から母親が大事にしているアンティークコレクションに囲まれながら生活をしていましたよね。
バービーちゃんで遊んでいるような子どもだったから、アンティークにはあまり興味を持っていないように見えました。
むしろ友達のマルティーヌの方が珍しがって、興味を持っていましたよね。
ラストまで観ると、マリーの秘密基地のような場所には、いくつものアンティークが隠されていたのが分かる。
興味のないように見えても、母親の大切にしているアンティークの影響をちゃんと受け継いでいたのかもしれませんが、興味のないように見えたのは、子どもならではの強がりだったのかもしれませんね。
♥M
みんな象の時計が好き。
♣R
そうですね。
クレールは時計だけはガレージセールで売らないと言っていたし、マリーも回想シーンでは寝る時に側に置いていて欲しいと言っていました。
友達のマルティーヌも、あれだけは死守せねばみたいな感じで、隠していましたよね。
もしこれが自分だったら、最後の最後で大事なものを手放せますか?
死ぬと分かっていても、物に執着している人だと手放せなかったりしますよね。
♥M
私はないかな。
今回の引っ越しでよく分かった。
死ぬと思えば、本当にないと思う。
♣R
あれだけ物に執着していた人が、どうしてこんなに簡単に手放せるんですかね。
♥M
そのまま遺して死ぬことも出来るし、好きにしてちょうだいって言い残して、死後に査定の人を呼んでオークションにかけることもできる。
でも、ひとつひとつの品を大切にしていたからこそ、本当に欲しがっている人や、大切にしてくれる人の元へいくところをちゃんと見届けたかったのかもしれないね。
♣R
アンティークが、今度は違う人の人生に寄り添うのを願っているわけですね。
■今日死ぬような気がする
♣R
爆発が死因とまでは思っていないにせよ、今日、自分が死ぬんだというのをクレールは予知していましたね。
♥M
漠然とね。
今日死ぬような気がすると言いながらも死なないというパターンは今まで見たことがあったけれど、今回の作品は、たまたま事故が起こり亡くなってしまったパターン。
認知症で、お茶を沸かしているシーンが多かったし、いつガス爆発が起こってもおかしくない状況ではあったよね。
♣R
爆発のラストシーンというと、『永遠の語らい』を思い出しますね。
♥M
たしかに。
『永遠の語らい』の爆発は予告されていたことだけれど、今回の爆発は、突然、静かな世界に起こったこと。アンティークを中心に人生を振り返っていた時間が一瞬で吹き飛び、クレールの生が終わり、物もなくなってしまう。
ドキュメンタリーを観ている感じの物悲しさと、押し付けがましさがなく、記憶があやふやな世界を楽しんでいる中で、一瞬にして全てが吹っ飛んでしまうあのラストシーンだったから、衝撃が大きかった。
♣R
何もかもなくなってしまう。
♥M
そのコントラストが本当に衝撃的。
人生を積み重ねて、色々なものを手に入れても、終わる時は本当に一瞬。
物で人生を思い出しているのを見てきたから、余計にそう思った。儚いなぁ。
それにしても、あんな風に認知症でものがわからなくなってきてしまうのは辛いね。
♣R
でも、朦朧としながらも、自分がしたいことができるのはいいですよね。
♥M
自分でそろそろ危ないというのが分かっている状態だから、あのくらいの時に死ぬことができたのは、よかったのかもしれない。
♣R
クレールが爆発で死んでしまったことは悲しいですが、まだちゃんと意識のある状態で死ねるということは、逆に幸せだと思います。
認知症がもっとひどくなったら、自分で選ぶこともできないし…そうはなりたくないな…。





