◎1本目『焼け石に水』
2025/12/04
【あらすじ】
70年代のドイツを舞台にした物語。青年フランツ(マリック・ジディ)は恋人アナ(リュディヴィーヌ・サニエ)とのデートに向かう途中、年上の男レオポルド(ベルナール・ジロドー)から声をかけられて、誘いにのってレオポルドの家へゆき、そのまま同棲を始める。そこに恋人のアナやレオポルドの元恋人ヴェラ(アンナ・レヴィン)が訪ねてきて……。4人の男女が織りなす感情と欲望の室内劇。

♥M
『焼け石に水』は、いつ頃の作品?
♣R
日本でオゾン監督が流行るちょっと前くらいだと思います。
♥M
じゃあかなり前ね…2000年だって。オゾンが何歳ぐらいの時の作品なのかな。
♣R
32歳前後みたいですね。この作品は、高校時代の国語の女教師に教えてもらった映画なんです。
♥M
国語の女教師(笑)。
♣R
大好きな先生でしたよ!
教員室の机の上にフリークスの本が並んでいるようなちょっと変わっている先生でした。
その当時、オゾン監督の『8人の女たち』を観て好きだった、という話をしたら、変な踊りをする面白い映画があるよって教えてくれたのが『焼け石に水』でした。
♥M
『8人の女たち』も、あれだけの大女優に歌わせて踊らせて、というのが面白かった。
リュディヴィーヌ・サニエは、この時ぐらいがデビューなの?
もっと前から使われてるの?
オゾン監督は彼女のことが好きよね。
♣R
オゾンのミューズと言われてますね。
♥M
脱ぎっぷりがいいよね(笑)。
♣R
そうですね。
どるんっ!っていう感じで脱ぎますよね(笑)。
♥M
全然エロティックじゃない…全然エロスを感じない。
♣R
『8人の女たち』の時とは全然違いますよね。別人みたい。
♥M
全然違う!
似てるとは思っていたけれど、最初、同じ人だとは分からなかったもの。
これは初期の作品でしょう?
♣R
そうです。
最近のオゾン作品は、割と洗練されて、ちょっと毒が抜けてしまった感じがありますよね。
♥M
これは処女作にある、いろんなものが詰め込まれてる感じがする。
♣R
しかも毒づいてる。
♥M
若さがあればこその。
♣R
棘というか。
♥M
そう、ちょっと投げやりな感じはある。
今思うと、踊ってる割にはじっとりとしていたけれど、踊りは一場面だけだものね。
ここのシーンだけちょっと、ほっとする。
■フランソワ・オゾンの好きなもの
♥M
全編通してオゾンのまなざしが感じられる作品だった。
彼は本当にこういうものを美しいと思ってるのね。
彼らのヌードや、姿・形を映像にぎゅうって撮ってるじゃない?
ブリーフ姿とか…絶対トランクスじゃないのよね。
♣R
たしかに(笑)。
他の作品を観てもそう思う部分が多いですね。
♥M
この映画でもトランクス姿は一度もなかった。
しかも、上着を着て、下はブリーフ、というのが多分好きなのよね。
どう?(笑)。
♣R
そうですね、裸にコートとか(笑)。
♥M
キッチンにいる時のフランツは鮮やかな色の長袖のセーターを着ていた。
♣R
ブリーフ姿で。
♥M
そう…寒くないのかな?
暖房がどうのこうのと文句を言っているから…。
多分そんなにポカポカなおうちじゃないはずなのに、敢えてブリーフ姿で立たせるオゾン。
レオポルドがフランツがはじめて関係を持つシーン。
何で僕ついて来たんだろうみたいに言ったりしている中で、レオポルドが何かの拍子に立ち上がって、画面が股間のアップになるシーン覚えてる?
別にそこが盛り上がってるとかではないのだけれど、「股間!」みたいな。
♣R
オゾン監督、そういうのも好きですよね。
『スイミング・プール』でも、股間を下から舐めるようなドアップシーンが入ってましたからね。
♥M
やっぱり好きなのね。
でも、そういう場面、映像って日常の電車の中でもあるのよね。
座ってたりすると…。
♣R
目の前にきますよね(笑)。
♥M
ちょうどくるから、私も最近特に気を付けてるの(笑)。
昔だったら、私に見られて嬉しいと思ってくれる人もいたかもしれないけれど、今見ていたら本当に怖い人になっちゃうから。
危ない人にならないように目を逸らすようにしているけれど、顔を上げれば目線はそこにいく。どうでもいい話だわね。
■満ち足りたセックスのあとに…
♥M
このふたりはこの後どうなるんだろう、と最初からひきこまれたな。
♣R
最初のセックスシーンは、敢えて描かれていませんでしたよね。
♥M
フランツがバスタブの中で身体を反転させて、腕をバスタブにかける感じで煙草を吸う。
その時に、すごくいい笑顔をするのよね。
♣R
満ち足りたと思っているような表情でしたね!
♥M
幸せそうな笑顔だった。
これは本当に満ち足りたセックスのあと特有の笑顔。
だから、知ってるな監督、って思った。
あれは他の種類の幸せの笑顔じゃないのよね。
物凄く良い時間を過ごしたのが、あの笑顔だけでわかる。
♣R
印象的なシーンですよね。
♥M
急に終わった、という感じになるのよね。
♣R
そうそう。
でも、あくる朝みたいな雰囲気で、ひとり楽しく、ああ良かったな、と思いながら過ごしているのが一瞬で分かりますよね。
♥M
見事だった。
その笑顔を見て、これはすごく面白い映画なんだと思ったの。
この時はレオポルドが誘っていて、フランツが誘われる方だから、レオポルドが優位でしょ?
でも1回セックスしたら…。
♣R
立場が逆転するんですよね。
♥M
そう、一気に逆転する。
男と女でも、男と男でも、一緒なのね。
♣R
レオポルドにされたことを、フランツは彼女のアナにしかえすんですよね。
♥M
そうなの、そうなの! フランツが残酷になるのよね。
それで思ったのが、やっぱり組み合わせ。
ひとりの人間の中に色々な多様性というものがあり、色々な自分がいるのだけれど、誰と一緒かにより、自分のどの部分が出るか、というのがある。
レオポルドといる時のフランツは、SMの関係でいえばM的。
でも、アナといると逆なのよね。同じことをしている、というよりは、両方持ってる。
■翻弄する男
♥M
レオポルドの態度は、誰に対してもそんなに変わらず、君臨している。
こういうタイプの人をオゾンはどう思っているのかな…。
好きなの? 自分がそうなの? そうされたいの? オゾンは誰に一番自分を投影しているの?
♣R
私はヴェラに重きを置いているような気がしました。いちばん好きな人物。
周りを翻弄する男が登場する映画を、他の男性の監督が撮ると、イラっとする人物になってしまうことが多くて、たとえばこの間観た『ミューズアカデミー』の登場人物とか。
でもオゾン監督が撮ると、皮肉っぽさが強調されて、凄く好きなんですよ。
その違いって何でしょうね。オゾンも同じことを思ってるんですかね。
こういう男はちょっと…みたいな。
♥M
あの『ミューズアカデミー』のステレオタイプの教授みたいな人でしょう?
そのふたりの違いは何かしらね…両方の映画を観ていない人にとってはちんぷんかんぷんだと思うけれど(笑)。
『ミューズアカデミー』の教授は、ダンテの神曲のベアトリーチェからずっとミューズを研究している人物。
周りに一応ミューズを侍らしていて、何人かは夢中になっておバカさんになっているけれど、観てる側からすると底が浅い人って感じがする。
『焼け石に水』のレオポルドも、同じように周りを翻弄するタイプ。
翻弄するタイプで、決して良い人でもなく、勝手だけど、イラっとしない。
その違いは何だろう…。
♣R
レオポルドの方が、自我を突き通している感じがしますね。
『ミューズアカデミー」』の教授は若干自我がブレる。
♥M
『焼け石に水』は戯曲が原作だからかな…『ミューズアカデミー』の方が現実っぽい。
でも『焼け石に水』は何らかの役割を担わされた役柄だから、やっぱりそこにはオゾンが目的を持って、何かを表現したいがために配置した役なんだと思う。
だから多分、役柄的にブレないのかな。
フランツが死んだ時も全然動揺しなかったもんね。
♣R
フランツの死体を跨ぐような男ですからね。
♥M
物語の中の王子様じゃないけれど、キャラが確定されていると感じる。
フランツは何で死んだのだと思う?
♣R
翻弄する男レオポルド以外は、みんな同じ道を辿る予感がしますよね。
かつて翻弄された人、今翻弄されている人、これから翻弄される人…ヴェラが来たことにより、こういう道のりを辿るのか、というのを見てしまった感じはある。
♥M
自分の恋人を身体で稼がせるんだもんね、レオポルドは酷い男よ。
♣R
レオポルドと出会った頃のフランツは、ヴェラのことも知らないし、彼女が辿った道も知らない。
でもフランツは、ヴェラに出会ったことで、自分がヴェラのようになるかもしれないと思ってしまう。そしてこれからヴェラのようになっていくと思われるアナも見てる。
フランツには、流されやすさや、精神的な弱さをすごく感じたので、かつて翻弄された人、今翻弄されている人、これから翻弄される人、がいっぺんに集まってしまい、動揺したのかもしれません。
■美しき自殺
♣R
色々と説はありますが、最後のシーンでヴェラが窓の方に行くのは、自殺をしようとしているというシーンだと思っていたんですよ。
空気を入れ替える為に窓の方に行ったけれど、開かなかったという説もありますが、私は、フランツの自殺を見て、でもレオポルドは新しく翻弄される女にすぐ行ってしまったし、そういった絶望でヴェラも自殺を選んだのかなと思っています。
そして、それが出来ない儚さもある。
♥M
自殺しようとしたのか、そうじゃないかってところよね。
♣R
わからないですよね。
窓の外から撮られていて、ヴェラがうなだれている姿がどんどん遠くなるのが凄くきれいなシーンでしたよね。
♥M
美しいシーンだった。
窓のシーンも多いね。
♣R
そうですね、『8人の女たち』もそうでしたね。
♥M
凄く印象的だった。
りきマルソー:
フランツの自殺シーンの前後の場面、好きなんです。
♥M
静かに進んでいく感じ?
♣R
それとヴェラとのやり取りが好きです。
好きというと語弊があるかもしれないですが、私は自殺のシーンが好きなのかもしれないです。
今まで自分が観てきた映画は、何故か自殺するシーンが出てくるものが多いです。
お正月に観た『神様なんかくそくらえ』 『ショート・ターム』 『眠れる美女』も、全部自殺のシーンがありました。
自殺シーンが嫌いじゃないというか…自分に近い部分が描かれているから気になるのかなって思います。
その何本か観た自殺のシーンの中でも、『焼け石に水』の自殺シーンは特に美しいです。
美しいと言っていいものなのかはわからないですが。
♥M
そうなのよね…だけど、美しいのよ。
やっぱりお話や物語なのよ。
『眠れる森の美女』ではないけれど、ああいうおとぎ話的な死に方は現実ではない。
お母さんに電話するシーンがあったけれど、お母さんは息子がこれから死ぬというのに動揺しないでしょう。
普通、息子が毒薬飲んだって言ったら飛んでくるとかしない?
それもなしで、「いってらっしゃい」みたいな感じで電話を切っている…有り得ない。
どういった意図があってああいう風にしてるのかなって思った。
■愛よりも欲望
♣R
この作品には原作があるんですよね。
♥M
その人もゲイなんでしょ?
有名な劇作家なんだと思う。
*(ドイツの伝説的な映画・演劇人ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーが19歳で書いた未発表の戯曲が原作)
嶽本野ばらって知ってるでしょ?
『軽井沢夫人』を出版した時に、いろんな人に嶽本野ばらと似てるというか、同じ精神圏だとか、読者さんにも「嶽本野ばらが好きな人だったら軽井沢夫人も好きだと思う」みたいな感じで書いてもらって、私も嶽本野ばら、好きなの。
彼の『焼け石に水』へのコメントをDVDで見た時に、負けたと思った。参りましたって、こんな風に私は書けませんって。こんな風に書いてるの。
「圧倒的な諦念は悲劇をシニカルな喜劇に変える。
この作品は不感症の為の唯一のポルノグラフィです。」
♥M
上手いなと思った。
多分彼も凄く好きだったんだと思う。あと詩!
「わけもなく 心悲しく昔の物語がそぞろよみがえる
夕暮れの風は冷たく ラインは静かに流れる」
♥M
劇作家の人が引用してるわけだから、彼自身の詩なのかな。
*(ドイツの作家・詩人・文芸評論家・エッセイスト・ジャーナリストであるハインリヒ・ハイネによる詩)
これが映画の最初と最後の方に出てくるのよね。とても綺麗ね。
♣R
美しい訳ですよね。
♥M
あんな風にガミガミ言われたり、足で蹴飛ばされるような生活をしながらも、フランツはレオポルドといることがハッピーだったのかな?
♣R
どんなことがあっても、アナが来て家から出ようと言ってきた時でも、レオポルドを愛してるからと言って、中々その場から立ち去ろうとしない。
DVに近いというと少し違うかもしれませんが、酷い態度の時だけではなく、優しくしてもらえる時もあるから、離れられなくなるのかなって思いました。
♥M
支配する、されるの関係性よね。
♣R
「愛してる」というのとも違う感じがしましたね。
♥M
少なくとも、キリスト教的な愛の世界ではない。
それと相反するところにある、愛というよりも欲望の世界。
レオポルドが、唯一、仕事でイラついたりするところがあるけれど、この作品は、俗世間との関わりが一切出てこない。あの限られた空間のお部屋の中だけで、世界が完結してるしていて、生活感というものが一切ない。それを敢えて見せなくて、彼らの中にあるものは性愛だけなんだみたいな…その中でのたうち回ったりしてるってことよね。
■ヴェラの人間性
♣R
どの人が好きでした?
私はヴェラが好きです。
♥M
私もヴェラが好きだった。もう徹底的に傷ついているじゃない。
ひどい設定…そういう設定にする作家もどうなんだろうと思うくらい。
躊躇してひどい設定を何か一個くらい減らすでしょう? と、思ってしまうくらいの設定だったもの。
まず男同士として出会って、欲望が減ってきたから、彼を振り向かせたくて、女になれば振り向くかもしれないって…。
♣R
「君が女だったら結婚した」みたいな一言だけで。
♥M
そのひとことで性転換手術をして、大変だったと思う。
手術をしても、レオポルドの欲望が戻ってきたのは一瞬で、やっぱり同じことが繰り返されて、その後に捨てられちゃうわけでしょ?
悲惨よね…久々に訪ねてきたヴェラに、レオポルドは「何と老けたんだ」って言っちゃうし。
ああいう辛いことを経験してきた人が、何の為にそんなに辛い経験をしてきたかというと、たったひとりの人を愛してしまったという情の深さみたいなものがあるわけじゃない。
そして過酷な経験を積んできている。
このふたつに知性とかがあると、かなり魅力的な人物となる。
だからヴェラというのは、限りなくそこに近いとても魅力的な人。
何を話しても驚かないって感じがする。
♣R
ヴェラの毛皮を着たまま自殺してしまったフランツから、ヴェラが自分のコートを取り戻すために剝ぎ取ろうとするシーン好きなんです。
結局、思うところがあって、ヴェラは剥ぎ取る手を止めて、着せてあげたままにするんですよね。
そういうところにヴェラの…。
♥M
愛情深さというか、優しさというか、慈愛というか…。
♣R
感じますよね。
■「見る」ということ
♥M
この映画を見ていてつよく感じたことのひとつに「見る」っていうことがあった。
相手の何に惹かれるか、といったときに、思想とか仕草じゃない、色彩も含めた姿かたち、造形的な美に惹かれているんだ、って感じた。
見るというフランス語「voir」があるけれど、その言葉自体に際どい意味も含まれるって。
「視姦」という言葉もあるよね。
だから「見る」ということ自体、かなり猥褻的な要素のある言葉なんだけど、それがとてもよく表れていたと思った。
原作の劇作家も「彼のお尻が」とか描いているんだと思うけれど、それを膨らませて映像化しているオゾンの「視線」をすごく感じた。
オゾン監督のインタビューの中に「セックスシーンを入れなかった理由」が書いてあって、やっぱり違うところに興味が行ってしまうからというのと、フランス人俳優のヒップは最高にセクシーだみたいに書いてあったの。
♣R
そんな作品を高校生に薦めるなんて(笑)。
♥M
高校生にこれ薦めちゃダメよね。
♣R
まだ高校時代で、私の知識も浅かったので、当時は踊るシーンが印象的な映画としか思っていなかったけれど…。
♥M
死が美化されて美しく終わっているから、ちょっと危険。
薦める人を選ばないと真似しちゃうみたいなのが起こっちゃうよね。
やっぱり皮肉。
嶽本野ばらもシニカルと言っていたけれど、このたまらないシニカルなところが面白いんだろうな。
また『ミューズアカデミー』をこんなことばかりで引用して申し訳ないんだけど、『ミューズアカデミー』にはシニカル目線が一切ない。
あっけらかんとした愚かな視線はあるけれど、心あるならばこういう見方をするよね、というのが『ミューズアカデミー』にはなく、『焼け石に水』にはあるのよね。

~今回の映画~
『焼け石に水』 2000年
監督:フランソワ・オゾン
出演:ベルナール・ジロドー/マリック・ジディ/
リュディヴィーヌ・サニエ/アンナ・レヴィン







