ふたりの映画鑑賞記/よいこの映画時間

◎16本目 『スイミング・プール』

2026/03/02

【あらすじ】
最近スランプに陥っているため、気分転換として、出版社の社長の別荘へ行くことになった人気ミステリー作家のサラ(シャーロット・ランプリング)。
別の環境に身を置き、筆も進み始めた頃、突然、ジュリー(リュディヴィーヌ・サニエ)と名乗る、若くて奔放な社長の娘が現れ…。




♥M
当時仲良くしていた映画好きな男の人に「オゾンの映画が公開されているから観に行きましょう」と誘われて、日比谷シャンテへ観に行ったのに、彼は15分くらい経ったら隣で寝ていたの。仲良くなって間もない頃で、私はそういうことを共有したかったのに、映画好きなのに寝るんだ、この人って思った。
上映が終わって映画の話になった時に、彼は不眠症らしくて、映画館に入るとたまに寝ちゃうんだと話していたのだけれど「ふっ、と目を上げたらシャーロット・ランプリングの陰毛が…」って。

♣R
目の前に…(笑)。

♥M
そう、「陰毛が迫ってきて一気に目が覚めた」と言っていたのをすごく覚えてる。
それが『スイミング・プール』の私の強烈な思い出。で、その後におうちで一回観ているかな。
作家が主人公の作品だし、私自身も年を取ってきているから今回、すごく共感できた。音楽がもいいよね。

♣R
頭に残りますよね。

♥M
(映画の音楽の鼻歌を歌いながらコーヒーセット中)
私、この映画のパンフレットを買ったような気がする。

♣R
このパンフレットの作り、好きなんです。
ちょっと広告が入っているけど、作りが凝っていてきれいなんですよね。

♥M
私は軽井沢を思い浮かべるけど、リゾート地とかの静かなところに行きたくなるような感じ。

♣R
夏になって、空気が澄んで、夏の空気の匂いがして、太陽の光がぱーって入った時、『スイミング・プール』が観たいと毎年思います。

♥M
前に言ってたね。

♣R
光と風の動きと、匂いを感じます。
日本でも、空気が変わったと感じる時があるじゃないですか。季節の変わり目。
そういう時に観たくなりますね。

♥M
うんうん、乾いた感じね!
夏になると観たくなるというのが分かるなぁ。

♣R
あと、水の美しさですね。
最初のちょっと汚いロンドンの川からの、あのプールの水の美しさ。
何年か前、フランス映画祭にオゾン監督が来た時、水のことを質問した人がいたんです。よく使われているって。でもオゾン監督はあんまり意識していないみたいに言っていました。幼い頃とかに行った海水浴場や、そういった思い出があって、反映されているのだろうみたいな感じで。

♥M
『まぼろし』も海が印象的だったね。

♣R
『僕を葬る』もラストシーンは海。
オゾンの映画って、水場の場面がやっぱり印象的なんですよね。

♥M
シャーロット・ランプリングは『スイミング・プール』の頃、何歳くらいだったのかな。

♣R
この間一緒に観た『さざなみ』の時よりも若く見えますよね。
2003年当時で57歳ですって。

♥M
57歳!?
すごくきれい。身体見た??

♣R
見ましたよ、そりゃあ。
オゾンのカメラワークなので、舐めるようにして映りますからね(笑)。
オゾンならでは。

♥M
オゾンはランプリングの撮り方を心得てるね。

■「作家」という職業を映画にする


♥M
作家が映画の主役になりにくい理由は、動きがないからなの。
塩野七生も書いていたけれど、作家を撮ろうと思っても、考えながらうろうろしているか、書いている姿だけで全然動きがないから、作家を主人公にした映画は少ないって。
彼女の表情見た?

♣R
あの執筆がノッてる時の笑顔。

♥M
ほくそ笑んでいる系の笑顔。うらやましー!
でも、きてるー!、というのが分かるから、あの演技の上手さで引き込まれた。
物書きの人だったら、あの感覚なんだろうというのが分かると思う。

♣R
ノッてる時はどんなに周りがうるさくても、集中していますよね。

♥M
うん、関係ないの。サニエちゃんも存在感があるけれど、ランプリングを追っているだけでもいいと思える作品だね。
ヨーグルトをドカ食いするシーンとか、気を遣っているのかいないのかって感じ。
あの場面でイギリス人というのを象徴しているのかな。
お店に行って、チョコレートのデザートを…。

♣R
ドカ食いしたり。

♥M
食べている時、とても満足した顔をしているのよね。

♣R
今までも、甘いもので幸福を得てきた人なんですかね。
コーラとか大量の砂糖が入ったヨーグルトとか。

♥M
そうそう。きっと欲求不満をそれで解消していたのよ。
それにしてもランプリングの目。目がすごい。
話を聞き出そうとジュリーを観察している時の、向かって右側の目の動きが恐ろしいほどすごい。

♣R
冷やかな目も、ロンドンの冷たさのある作家、というのにぴったりなんですよね。
たまにすごく笑ったりするあのギャップが恐ろしい。

♥M
恐ろしいよ!

■現実か妄想か


♥M
全体的に面白いのだけれど、謎が分からない!
全てが妄想という話?

♣R
何度観ても不思議ですよね。
この映画の中の出来事は、サラが書いた内容、つまりラストで本になっていた『スイミング・プール』の内容なのだと思っています。
昔はジュリーのお母さんが亡霊として…なんて思ったりもしましたけど。

♥M
最後にあまりきれいではない女の子が出てくるけど、あれがジョン(出版社の社長)の娘で、本当のジュリーよね? (名前はジュリアとなっている)

♣R
そうだと思います。

♥M
どこまでが…。

♣R
現実で、どこまでが妄想なのかが分からないですよね。

♥M
でも最後にすれ違った時に挨拶も何もなかったということは…。

♣R
実際に会っていない、ということですよね。

♥M
本当のジュリーは別荘に来てない、ということね。
ジョンが始めの方のシーンで娘の存在を話していて、週末には別荘に行くみたいなことを言っていたけれど、そこからもう妄想は始まっていたかな?

♣R
そういえば、別荘に着いてから一回ジョンと電話をしただけで、ジュリーが来てからは、ジョンと電話で話をしていないですよね。何か関係しているんですかね?

♥M
確かに…。

♣R
ジュリーがジョンと電話しているシーンはあったけれど、それだって繋がっていたかも分からないし、その時もサラとジョンは話してない。一回も話していないのはおかしいと思います。
あとは、サラがタイピングをしているシーンで最初は扉が開いていたのに、場面が少し動くと扉が閉まっているみたいなシーンもあったような気がするんですよね。

♥M
そこは見過ごした! 着いたよっていう電話の時は繋がっているよね?
サラはジョンが好きなのかしら。

♣R
愛人かどうかは分からないですが、きっとそうですよね。

♥M
もしかしたら編集者と作家の独特な関係かもしれないけれどね。「私だけを見て」みたいな、作家が編集者を独占したいという気持ち。
行けないという電話は実際には繋がっているのよね。
その後にジュリーが登場するけれど、その時は留守電。
ということは、全てが妄想なのか…妄想というか小説。
フランク(サラが別荘地のカフェで知り合う男性)も想像なのかな…。
すごくオゾンに楽しませてもらっている感じがする。

♣R
この頃のオゾンの作品は、ミステリアスな作品が多くて面白いですよね。

♥M
この頃って、前後はなあに?

♣R
『まぼろし』→『8人の女たち』『スイミング・プール』の順ですかね。

♥M
『8人の女たち』の後ね!

■表情を変えていくサラ


♥M
サラはどんどんどんどん生まれ変わっているように見える。

♣R
最初と最後では別人みたいですもんね。
創作の為にジュリーを知りたい、という気持ちが生まれ、別人のようになったのかもしれませんが、ある時から何かを超えた瞬間を感じるんですよね。殺人の協力をしてからですかね?

♥M
それも全て想像の世界だとすると、実際にそういうことをしなくても、想像力だけで甦生出来るということかな?
だってあれは実際に起きていなくて、小説の中のこと。イマジネーションで自分がマリファナ吸って、男と踊って、庭師を誘惑して…みたいに書いてあんな風になれるとしたら、それって最高のマスターベーションよ。
実際に体験しているなら、誰かに影響されて、色々経験して、今まで封印していたものを解くとか、自分を解放してみたり…そういうのは分かる。
でも、自分が想像力で書きだした小説で、使用前・使用後みたいになれるというのが、小説を書くということの真髄をあらわしているようにも思う。

♣R
実際の彼女自身も変わってますよね?

♥M
現実世界での使用前・使用後があるけど、表情からして違ってる。
スランプに陥っていた作家が、スランプを抜け出して書けたからという捉え方も出来るけれど、瑞々しさが感じられるの。
でもそれが別荘に籠もって、フランクのところにランチを食べに行ったり、庭師とちょっと話しているだけの中で獲得出来ているのであれば、想像力と創作行為によって、別人になれるなんて、それは素晴らしいこと。
パンフレットでは私が好きな秦早穂子さんがこう書いてる。

「オゾンは自分の描いた構図の中にサラとジュリーの関係を絡ませる事だけに熱中している。それはサラの小説であり、とどのつまりオゾン映画になるという構造なのである。
謎解きに夢中になる私達を見て、オゾンは上手くいったと拍手する。
勿論女は手強いのは百も承知で、彼はさらなる手を打つ。
しゃかりきになって謎解きしたり、真っ向から論じるのは野暮というもの。」

♥M
現実ではなかったんだ、というのはあるけれど、オゾンが描きたいものはそこではなく、その小説の中。サラとジュリーの女同士の関係性や、いい物を書くためだったら犠牲も厭わないとかなのかもしれない。
そういえば、サラが別荘に着いた時って、イギリスにいた時と違ってものすごく機嫌がいいよね。

♣R
「天国」と言っているぐらいですからね。

♥M
うん。買い物してる時もルンルンした気持ちで、ひとりで住んで、ひとりで書くというのを楽しんでる。だからあのテンションでいったんだろうな、と思うとよく分かる。

♣R
実は最後まで。

♥M
うん、そうそう。上手く書けたり、妄想が膨らんだり。

♣R
あの十字架は、どう思いますか?
部屋に飾ってある十字架を棚にしまうシーン。

♥M
2回もね。

♣R
2回目に隠したのは、殺人に関わってしまったからということでなのかな、と思うんです

♥M
無神論者なんじゃないかな。
私たち日本人が十字架を見て感じる違和感と、キリスト教が普及している国で、クリスチャンではないとか、十字架の存在を信じない人が見る違和感というのは違うと思う。

■小説の中の出来事なのか?


♥M
それにしても、本当にふたりとも魅力的だった。

♣R
オゾンのミューズですもんね。ずっと使ってる。

♥M
ふたりともね。
撮り方もきれいだし、あんなに濃密に絡ませているんだから、オゾン監督、楽しかっただろうな。
でもサラは髪型も、そのへんのおばさんと一緒よね。

♣R
服装も結構。

♥M
それも多分そういう設定なんだろうけど、妙にかっこいいの。
だから彼女がドレスアップなんかすると、立ちくらみするほど美しくなりそう。

♣R
最後に着ている花柄の赤いドレスとか美しかったですよね。

♥M
別荘のクローゼットにあったものね。
これが実際にあったものだとしたら。

♣R
ジュリーのお母さんが着ているものですよね。

♥M
そもそもジュリーのお母さんは生きてるの?

♣R
死んでる?

♥M
でもそれは小説の中でのこと。

♣R
もう分からない(笑)。

♥M
だから実際には生きていて、ラストのあまり可愛くない女の子のお母さんとしてどこかにいる。

♣R
遠くに住んでる感じではなかったですよね。
普段からロンドンにいて、普通に会いに来た感じだった。ごく普通の円満な家庭。

♥M
もしくは、別居だけしてるとかね。
お洋服が置いてあったりするから、あの別荘も、まだお母さんが利用していると思う。

♣R
ずっと昔から置いてあるという感じではなかったですもんね。

♥M
匂いは嗅いでたけど。

♣R
大丈夫そうって思ったんですかね。

♥M
だからサラの小説を私たちは観たのね。

♣R
『スイミング・プール』という小説を映像として。

♥M
その上で内容を話すとしたら、それは素晴らしく面白い。
50代半ば過ぎの女性が主人公はアガサ・クリスティみたいに同じシリーズを書き続けているベストセラー作家。でも嫌気が差してきて、スランプに陥ってる。
介護みたいなこともして、独身。そんな状況。

■視点の変化を楽しむ


♣R
場所が変わると、創作意欲も変わってきますか?

♥M
そうだと思う…例えば、ここで原稿を書くのと、5分先のどこかのカフェで書くのでは全く違う。それの大きいバージョン。あんな風な場所を与えられて一作書いてこい、と言われるのは辛いっちゃ辛いけれど、やってみたい。

♣R
作家は缶詰とかあるじゃないですか。
地方の旅館やホテルとかに閉じこもってっていう。

♥M
今は少なくなったみたいだけれど、昔はよくあったみたい。
都内のホテルに1週間締め切りまで缶詰でとか。そうしなくてはならないという出版社側の状況も分かるし、そうでもしない、という書く側の気持ちも分かる。
例えば私が売れてる作家で、次の作品は小説を書いて下さいと言われていて、とりあえず1か月はホテルでなんて言われたら、日常のことを一切やらなくていいのだから、それこそサラの世界。妄想に没頭出来るのもいいし、宅急便の応対もしなくていい。

煩わされないでひとりで色々やるのが大好きというサラの性格が、最初に強調されて描かれていたと思う。私みたいに淋しがっちゃうとダメだと思うけれど、サラはそういうタイプではない。
自分の頭の中でジュリーが生まれて、ジュリーと自分がかけ合う。自分の知らないジュリーが自由に動き出す。だから書きながら微笑みが浮かんでしまう、という感覚は私も何回か味わったことがあるけれど、本当に幸せなの。

♣R
ずっとサラの視点ではなく、たまにジュリー目線で物語が動き出すのも面白いですよね。

♥M
きっと小説も、第三者の目線ではなく、ふたりの目線で書かれているのよね。
『8人の女たち』もそうだけれど、映像もきれいだし、映画の面白さがぎゅっとつまってる。それこそ旅をした気分になる。私、単純だから、ちょっとプールに入ってもいいかなという気分になる(笑)。

♣R
(笑)。
水に入っている気持ちよさみたいなものをすごく感じられますよね。
本当にこの作品は、肌で映画の中の空気感を感じられる。
ブルーレイで観たら、きっともっと美しいだろうなぁ。

♥M
きっと一緒に泳いでる感じになるね。

■フランソワ・オゾンのカメラワーク


♥M
ちゃんとオゾンお決まりのブリーフシーンがあったね(笑)。

♣R
上に行って下に戻る、舐めるようなカメラワークも(笑)。

♥M
それでブリーフの上から自分のを…。
あっ、やっぱり出すのね、やっぱりそこ出すのねって思った(笑)。

♣R
オゾンですからね(笑)。

♥M
裏切らないところね。そこもセクシーな場面だった。

♣R
顔のアップも多いですよね。

♥M
多かった。
ランプリングは多分注射したりリフトアップしたりしてないから、首の弛みとかがすごい。
あとは手。手は年齢が出ると言うけれど。

♣R
パソコンを打っている手を上から撮るなんて普通しないじゃないですか。
それですら美しく感じますよね。

♥M
シミもあるお年寄りの手だから、この人は本当に何もしていないというのが分かって、その上でこれか! って思った。
胸とかもシリコン入れたりしていないと思うけれど、きれいな垂れ方をしてる。
でもそれこそ、りきちゃんの好きな年齢を重ねている人の美しさがあるね。

♣R
そうなんですよ。
やっぱりオゾンはそういう女性を撮るのに秀でていますよね。

♥M
ランプリングの魅力が堪能できるという意味だけでも、この映画はおすすめね。



~今回の映画~
『スイミング・プール』
2003年 フランス・イギリス
監督:フランソワ・オゾン
出演:シャーロット・ランプリング/リュディヴィーヌ・サニエ/チャールズ・ダンス/
ジャン=マリー・ラムール

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