ふたりの映画鑑賞記/よいこの映画時間

◎15本目 『卍』

2026/03/02

【あらすじ】
谷崎潤一郎原作。
自分の描いている観音像が、無意識に同じ美術学校に通う光子(若尾文子)に似せて描いていることに気付いた園子(岸田今日子)。
夫がいる身でありながらも、園子は光子と次第に親しくなっていき…。




♥M
短い間に3回も観た人がここにいます!

♣R
私のことでしょうか?(笑)。
母は読んでいたかもしれないのですが、私は、谷崎潤一郎の『卍』を読んだことがなくて…。
映画との大きな違いはありますか?

♥M
全然違うというところはなかったと思う。

♣R
この間、路子サロンで谷崎をテーマにしていた時、『卍』の話は出ましたか?

♥M
『卍』の映画を観たという話は出ていたけれど、『痴人の愛』のナオミで盛り上がってしまったので、そんなには出なかったの。

♣R
岸田今日子はテレビなどで観ることはあっても、演技をしている姿はあまり観たことがなくて、演技をちゃんと観たのは今回が初めてでした。
とにかく岸田今日子の顔のインパクトが強いつよい。

♥M
すごかった。
私は、岸田今日子を久しぶりに見て、今の女優さんって女優さんじゃないって思ってしまった。

♣R
昔の映画は演技に若干の嘘くさいみたいなものがありますが、迫力というか、なんというか…今の人ってちょっと浅いというか。

♥M
前にも話が出たかもしれないけれど、手の届かない存在ではなく、どこにでもいるような人が人気であるように、演技もナチュラルにする傾向があるから、そこに非日常がないのよね。

■敢えて描かない


♥M
『卍』を観て思ったのは、芸術のひとつのかたちがあるというか、これをカタルシスと言ってはいけないけれど…。
茨木のり子が、自分が芸術作品かそうじゃないかを判断する基準は、そこにカタルシスがあるかないか、だと言っているの。カタルシスとは浄化作用のことだからイメージが違ってしまうけれど、ある意味のカタルシスがあるんだって思った。
何がそうなのかと思うと、やっぱり「異物」。日常にポコンと飛び込んでくるような「異物」がこの映画や原作には確実にあったよね。すごくクレイジー。

小説の中ではレズビアンのシーンが一度も出てこないの。絡みとか、乳房をとか、足をみたいな描写は全然出てこない。だから見方によっては、このふたりには肉体関係があったの? なかったの? どっち? と、思うかもしれない。
りきちゃんはどういう風に感じた?

♣R
プラトニックさも感じました。
キスをするとか抱きしめる、というシーンはあるけれど、行為をするとかではなく、お互い相手を見るだけで気持ちが昂るし満たされているような。

♥M
そういう風に描かれてはいるけれど、実際はあるよね?
だって一緒に寝てるのよ?

♣R
たしかに…。
『卍』って何回かリメイクされていますよね?

♥M
うん。樋口可南子のとか。

♣R
そちらの方がセックスシーンがバンバン入っているというのをネットで見ました。

♥M
だからやっぱりあるのよ。でもそれを敢えて描かないところがまたいい。
サガンが「愛の行為をするのは好きだけれど、愛の行為を書くのは好きじゃない」と、言っていたの。自分の文学としては、そこを書く必要がないでしょう? って。
敢えてそのシーンを入れなかったのは、同性愛を描くことがものすごくタブーな時代だったから入れられなかった、という理由もあるかもしれない。だけどそのシーンがないことが、また「異物」だと思うの。
そのくせ、シーツびりーって破ったりして「もっと裸見せろ」とか大胆なことを言う(笑)。
いきなり狂気から入る。あのくらいの相手への興味や想いは大恋愛にしかないけれど、あんな想いを経験できる人って、世の中にはそんなにいないと思う。

■「死」の近さ


♥M
若尾文子が演じている光子がかわいくて小悪魔ちゃんなのだけれど、完全に岸田今日子の前に姿を消してしまってる! あんなにかわいくて、彼女がメインなのに。

♣R
あっ、そうなんですか?
岸田今日子がメインかと思っていました。まあ、よく考えればそうかあ…。

♥M
岸田今日子も語りだし、メインではあるのだけれど、光子が全てを起こしているからね。
園子は、光子を取り巻く何人かのひとり。
すごく魅力のある女性として描かれているのは光子のはずなのに、完全に存在を消されちゃってる感じがする。

♣R
舞台あらし!

♥M
舞台あらし!!
それって北島マヤみたいな感じですか?(笑)。

そう考えると原作と違うと思うところは、園子が原作よりも。

♣R
より濃いですか。

♥M
うん、すごく。

♣R
園子の旦那への態度、あれは彼女の元々の性質なんですか?
イメージでは、その時代の人といえば、旦那の3歩後ろをという感じですが、園子は全く違う。
むしろ、現代にとても合っている感じがしました。

♥M
夫婦間で女が強い、というところね。谷崎潤一郎のM的志向もあるかも。
光子は『痴人の愛』のナオミと一緒。本当に谷崎さんが好きな悪女。魔性の女。
ああいうのに翻弄されるのが大好き。踏まれるのも好きな人だから、だからやっぱり描き方はそういう風なのが多くなる。クレイジーさで言うとナオミの方が抜きん出るけれどね。
だから路子サロンでもそちらをメインに扱ったけれど、光子も似てる。すぐバレるような嘘をつくけれど、周りは騙されているフリをしないと彼女を失ってしまうから、嘘に付き合う。

♣R
そういうシーンありましたね

♥M
お腹痛い! 痛い!っていうシーンね。

♥M ♣R
痛い! 痛い!!(笑)。

♥M
ギャグなのかどうなのか。

♣R
当時観た人の感想を知りたいですよね。
今こうやって観るとギャグに見えるけれど、当時もそういう風に観ていたのか、違う風な感想だったのかすごく知りたい。
結構ツッコミどころが多いじゃないですか。職場の人とも話したり真似してりしていたんですけど。

♥M
どこのシーン?
お腹痛い! 痛い! のところ?

♣R
そのシーンもやりました。
あとはシーツ取られたりするところ、破いたり、枕を破いて羽をバサバサ出したり、首の角度とか。

♥M
すぐに死ぬしぬ言うしね。一緒に死んでくれる?とか。
情死が、流行っている訳ではないけれど、一緒に死ぬというのが、一つの愛のかたちとしてあったものね。

♣R
それが美しいとされていたということですね。

♥M
そうなの。

♣R
「殺して」ってみんな言いますもんね。

♥M
死が近いところにあるよね。
あと、時代もあるけれど、日本はやっぱりキリスト教の国ではないんだと思った。あの物語の中に観音様とか菩薩様は出ているけれど、神は不在。
例えば、西洋のキリスト教文化で時代が前だと、何かいけないことをした時には神背くという意識が出てくる。でも綿貫(光子の彼氏)が柿内(園子の夫)に兄弟の契りとかの話を暴露した時に、園子は世間に顔向けできない、死なせて頂戴みたいなことを言うでしょ。
私の大嫌いな「世間って誰?」、というところをついてきたから、「THE 日本」という感じがしてすごく面白かった。世間様に死んでお詫びをします、みたいな考えは、日本は本当に神が不在で、世間ありきなんだというのが、あの場面に表れていたと思う。

■「同性愛」を扱う時代


♣R
誰ひとりとして罪悪感を感じてないんですよね。
あの時代で同性愛に対して、多少はあるにせよ、基本的には強く責めたり責められたりというのがないし、している本人たちも、巻き込まれる人も、自分のやっていることに罪悪感を全く感じていないのがすごく面白かったです。

♥M
たしかに感じてない。

♣R
後ろめたさとか、一般的に旦那がいるのにとか。

♥M
時代が前過ぎて、同性愛が同性愛者じゃない人にしてみればファンタジーなんじゃないかな。
リアルじゃないの。だから周りも騒がない。
女同士で…みたいに面白半分で騒ぐけれど、それがどういうものなのかとか本当にそういうことは…。

♥M ♣R
あるのか。

♥M
女同士でセックスってどうやるのかとか。
旦那さんがいて他の男に会っていれば大問題になるところを、女性とだと問題にならない。
旦那さんも光子と会うのは止めてくれとは言うけれど、ちゃんと分かっていない。

♣R
あやふやなんですよね。

♥M
そう、すごくあやふや。本当に仲良しなお友達という描き方もされてはいる。
学校内の場面でもそういうシーンはあまり出てこなかったけれど、他のシーンでも同性愛の噂を立てられているぐらいだから、「あのふたりってそうなんじゃないの?」と、いう噂話はあったはず。だけど多分みんな分かってないの。
今は同性愛は当たり前だし、それを嫌う人は、リアルにあると分かった上で嫌うけれど、映画の中はそういう感じではない。やっぱりファンタジー。
原作でも映画でも、セックスシーンを出さないことによってそれがもっと際立つ。美しい同性の友情以上みたいなものが描かれています、みたいな感じかな。

■ファッションも髪型もかわいい


♥M
私は着物事件の後に旦那さんのところに戻って、「うちの心にちょっとの隙も出来んように、いッつも、いッつも、可愛がりつづけに可愛がってくれなイヤやわ」と、せがむシーンの台詞が好き。

♣R
気になる台詞が多いですよね。やっぱり原作を読んでみたいです。
日本映画は苦手ですが、『卍』を観たら昔の日本映画なら観られるような気がしました。
だから『Wの悲劇』とかも観てるのだろうし。
昔、ゲイ雑誌にオカマが好む映画特集みたいなのがあって、『卍』が載っていたような気がします。だから観たかったのかも。あとは『吉原炎上』や、小川眞由美出演の映画とか。どれも確かに面白そうでした。恐らくツッコミどころ満載の作品が多いような気がします。

♥M
光子がやっていたあの時代の髪型とかファッションが好き。

♣R
こう、もりっとした髪型ですね。

♥M
盛りたーい!

♣R
頭が大きいからずっと首を傾げている訳ではないですよね?

♥M
違うよ(笑)。
盛りもりのボリューミーなのが好き。
ジャクリーン・ケネディーとか、私の母の新婚旅行の写真は、盛りもりなの。

♣R
あれはケープみたいなもので固めているんですか?

♥M
多分そう。あとはウイッグとかも流行っていたし。
うちにもウイッグの入れ物があったのを覚えてる。
ワンピースとかもロマンティック。

♣R
背中がちょっと開いて模様が入っているのもありましたね。

♥M
あったあった。
あとは、ベージュの生地が胸部分にかかっていて、胸が開いているように見えるけれど見えないワンピースとかがすごくかわいかった。
あの時代のファッションはきれいだし、見ていて楽しい。
着物や白い襦袢のシーンもすごくきれいだった。

■光子の愚かさ


♥M
本といい、映画といい、何がエロティックかってタイトルよね。
「まんじ」という字ではなくて『卍』ね。
このタイトルが一番エロティック。全てを象徴している。
上手いね、谷崎先生!

♣R
本当にこの映画を観て、谷崎文学を読みたくなりました。
難しいと思っていて、自分には無理かなと思っていました。

♥M
読みやすいよ!
是非、『痴人の愛』も読んでみて。ツッコミどころ満載。
光子をパワーアップさせたのがナオミなので、本当に面白い。

♣R
光子を悪女だとは思いませんでした。
というのも、ああいう終わり方をしたじゃないですか。

♥M
うんうん。そうね、だから清純よね。本当に菩薩。
死んでしまったんだもの

♣R
本当に悪女なら…。

♥M
自分だけ生き残る。

♣R
そうですよね。そう思ったので、悪女とは違う。
現代的に言えば小悪魔的要素はあるけれど、それともちょっと違うような気がしました。

♥M
光子は愚かなの?
溺れてしまって、周りが見えなくなり、計算も出来なくなる。
自分なりに小賢しい計算をしているけれど、いわゆる世の中を上手く渡っていく方に行かない。だから愚かなのよ。頭の悪い愚かさがとてもかわいい。
計算高いくせに上手く出来なくて、結局自分が死んでしまう。

♣R
でもそれはたまたまなんですかね?
わざとではないですよね?

♥M
彼女はその時その時でベストを尽くしていて、自分の幸せや自分のことだけを考えて、一生懸命に行動しているだけだと思う。

♣R
死は幸せ?

♥M
幸せとまではいかないけれど、死は絶対に避けたいものではないということかな。

♣R
終盤のように、実際に園子のような立場だったらすごく嫌ですよね。
すごく嫌ですよねの一言で片付けちゃうのはあれですけど…。

♥M
何が一番嫌だと思った?

♣R
園子もラストの語りで話していましたけれど…。

♥M
自分が後追いして死ななかった理由?

♣R
そうです!

♥M ♣R
切ない!

♥M
でも、最後まで騙されてるのではないかと思って、結局信じられないよね。
あそこは本当に切ない。後追い出来なかった理由がそれだなんて…。

♣R
しかも、その後みたいなのが描かれることなく、「完」という字と共に終わるじゃないですか。

♥M
原作も同じ終わり方だった。

■日本映画特有の…


♣R
音楽もよかったですよね。

♥M
日本映画っぽくない音楽だったね。

♣R
ずっとピアノとか。

♥M
不協和音っぽい弦楽器が入っていたりだとか。

♣R
『赤線地帯』という映画を観たことがあるんですけど…。

♥M
『赤線地帯』とか『吉原炎上』とかばっかりじゃないの(笑)。

♣R
たしかに(笑)。
それも不協和音が流れる感じでした。

♥M
私も『赤線地帯』は観たような気がする。

♣R
『卍』は、どのシーンでも音楽が流れ続ける感じですよね。
だから観やすかったのかな。

♥M
日本映画はそんなに音楽流れてない?

♣R
最近はどうだか分からないのですが…少ないような気がします。
日本映画の中で、音がなく、台詞もない、本当に「シーン」っていうのが聞こえる場面が本当に苦手で、心地悪い。
『卍』はそれが全然感じられなかったし、短期間で3回も観られたのも、すごくスピーディーだったからだと思います。1時間半だから短いというのもありますけれど、無駄なものがない。語りで進んでいくのもとてもよかったし、舞台化して観るのも面白いんじゃないかと思いました。

♥M
そういえば『卍』に関しては聴き取りにくいというのがなかったな。

♣R
ああ、たしかになかったです。
ネットで見た情報では、谷崎が関西に行った時に関西弁の美しさに惚れて『卍』を関西弁で書いたとありました。

♥M
そうそう、そうなの。

♣R
若干、エセ関西弁みたいだと思うし、私たちも関西弁は分からないけれど、それでも聴き取りやすかったですね。

♥M
昔の日本映画は、やたら女の人が「(真似をしながら)どうしてそんなことなさるの?」みたいに…。

♣R
ちょっと早口になりますよね!!(笑)。

♥M
そう!
「(さらにを真似しながら)私、そんなこと言ってなくてよ」みたいなのばっかりで、何で昔の日本映画はこういう話し方をするんだろうって、とても不思議だった。
それこそ小津安二郎の作品を観ていても、「(またまた真似をしながら)私はそんなことなくてよ」とか。

♣R
テープの速さの違いとかですかね?

♥M
そういうことなのかな?
あとは黒沢映画とかを観てると「わぁーわわぁー!」って男の人が叫んでるのが聴き取れなくて、字幕が欲しいくらい。よっぽど、英語とかフランス語の方が字幕があるからいいわって思ってしまう。
そういうのが聞き取れないから日本映画は嫌だっていうのが、この作品にはなかった。
岸田今日子の声なのに。

♣R
そうですよね。

♥M ♣R
岸田今日子の声なのに!!

♥M
岸田今日子は昔からいつでも目が離せない人だったし、彼女の朗読とかを聞くのが好きだけど、本当に素晴らしい女優。この人昔から顔変わらないよね?

♣R
そう見えますよね(笑)。
若くも見えますけど、晩年と同じ顔だわって思っていました。[

♥M
これは本当に岸田今日子が持っていってしまった映画という感じがしますね。
いまさらだけど、りきちゃんは何で『卍』を観たいと思ったの?

♣R
アマゾンプライムで見つけた時に、観たいと思っていたんです。
というのも、岸田今日子に興味があって、彼女が書くエッセイなどは読んでいたのですが、作品は観たことがなかったんです。むしろ、その当時は吉行和子が好きだったので、吉行和子の友人のひとり、という意識の方が強かったです。
あとは、最近若い女優さんが「岸田今日子さんみたいな女優になりたい」と、いうのを見たのも重なって(小島藤子さんという女優)。こんな若い子が岸田今日子知ってるんだって思って。

♥M
「よいこの映画時間」初の…。

♣R
日本映画が…。

♥M ♣R
『卍』(笑)。

♥M
宜しいんじゃないでしょうか(笑)。



~今回の映画~
『卍』
1964年 日本
監督:増村保造
出演:若尾文子/岸田今日子/川津祐介/船越英二

-ふたりの映画鑑賞記/よいこの映画時間