◎21本目 『ナチュラルウーマン』
2025/12/22
【あらすじ】
ウェイトレスをしながらナイトクラブのシンガーとして歌っているトランスジェンダーのマリーナ(ダニエラ・ベガ)。
歳の離れた恋人オルランド(フランシスコ・レジェス)と暮らしていたが、オルランドは自身の誕生日の日に亡くなってしまう。
オルランドの死により、マリーナはトラブルに巻き込まれ、差別や偏見を受けていくのだが…。

♥M
とてもよかった。
非日常を見せてくれた。
この非日常は「ファンタスティック」という意味ではなく、今自分が日々行なっている細々としたことや、ちょっとした悩みとは違う別世界のこと。それを見たかんじ。
もちろん国も違うし、言葉も違う。そういう非日常を集中して目の当たりにして、その世界と対峙することで、こんなに自分の中に大きな余白が生まれて、俯瞰できるんだと感じた。
もっとこう、ぶっ飛んでしまってもいいのかな、もっと自分に忠実に生きてもいいのかもしれないと思った。
♣R
周りからしてみれば大迷惑かもしれませんけど(笑)。
でも何となく分かります。まだやるの? って思われるかもしれないけれど。
■主人公はトランスジェンダー

♣R
マリーナ役の女優さんは、本当にトランスジェンダーの方なんですよね。
♥M
そうみたい。実際にトランスジェンダーで…。
♣R
8歳でオペラ歌手としての才能を認められて、その後演劇を始めた、とパンフレットには書いてあります。
♥M
じゃあ歌は本物なのね。
面白いところは、お化粧を濃くすれば濃くするほど、男性性が出てきていた。
ナチュラルなメイクだったり、すっぴんに近いメイクだと女性らしく見えるのに。
♣R
横顔とかは男性に見えましたね。
♥M
でも美しい。向かい風のシーンも印象的。
鏡の使い方も上手かったね。
ネイルサロンから出てきた時に、大きな鏡を運ぶ人たちに遭遇するけれど、そのシーンがとてもきれいだった。
主人公のあのまなざしに射抜かれてしまった。
♣R
自分はゲイだし、マイノリティとして扱われるので、彼女と近しい存在ではあると思うんです。だからこそ彼女が経験してきたことは、今後自分も経験する可能性があるような気がします。
例えば、家族じゃないと面会出来ないとか、パートナーの葬式に出ないでくれと言われたりだとか…そう言われる可能性はとても高い。
そういうのをマリーナの目線を通して観ていたから、ずっと苦しかったです。
♥M
愛人も一緒。女であっても、妻ではないから何も出来ない。
病院の手続きもできないし、葬儀への参列も拒否される。
だから私にも十分起こり得ることなのよ。どんなに愛していても、どんなに大切でも、そんなものは関係なくなる。愛情がどれだけあったかは関係ない。
♣R
簡単にぶち壊されますもんね。
♥M
法の下という理由でね。
■無意識や無邪気に言うのが一番怖い

♥M
結局マリーナがきっかけで、オルランド(フランシスコ・レジェス)は奥さんと別れたのよね?
♣R
そうですよね。
♥M
だから奥さんもマリーナに対して恨みは抱いているだろうから、かわいそうだとは思う。
駐車場のシーンで、奥さんがマリーナに対して「オルランドとは”ノーマル“な夫婦だった。事情を説明されて変態だと思った。目の前のあなたが理解できない。神話のキマイラ(怪物)みたい」と、言っていたけれど、ああいう神経を持った人がほとんどなのよ。あれがマジョリティ。
♣R
マイノリティに対するそういった発言は、本人たちは恐らく無意識に言っているんですよね。
♥M
意識なんかしていないと思う。無邪気に言っている。そういうのが一番怖い。
そういう人たちがマジョリティだから、考え方が悪くなっていくんでしょう?
♣R
それがいわゆる「普通」というやつですよね。
♥M
ちょっと待って…と、考える思考回路をあまり持たないのよ。
♣R
思ったらすぐ言っちゃったり。
♥M
そしてあまりそこに疑問も持たない。
♣R
疑問もないし、理解しようという気持ちがあまりない。
もちろん映画の中では奥さんは旦那さんを取られたから、というのはあるけれど…。
♥M
それにしてもね。
♣R
最近はテレビなどでもトランスジェンダーの人が出演していたり、題材にされたりしているので、少しずつ理解は増えてきているけれど、分からなかったり知らない人の方がまだまだ多いですよね。
♥M
分からないと思っている人も、テレビに出ているような人なら想像出来る。
でも日常生活にそういった人たちが現れた時に、テレビの中の人は許せても、目の前に現れた人は許せない、というのはあるかもしれないね。
♣R
実際は個々の人物で違うのに、皆が皆テレビに出てる人と同じ考えをしていると思っている人が多い。だからこそテレビと現実世界に差が生まれてしまったりしてしまうんですよね。良くも悪くもメディアの力というものを感じます。
♥M
心は女性、身体は男性という人たちがいる中で、手術までしようと思う人と、そこまではしないという人がいるでしょう?
♣R
手術をしたい、したくない等は、正直私も詳しくはないです。
一括りのようにLGBTと言われてはいますが、その中でさえも分かれている気がします。
だからトランスジェンダーに関しては分からない部分もたくさんあります。
複雑な部分も多いように感じますし、それこそ決まっている定義に当てはめるというのともちょっと違いますし、簡単にひとことでこれっていう風には言えないです。
♥M
マリーナのお姉さんは、一応理解者として出てくるのよね?
♣R
そうだと思います。お姉さんとそのパートナー。
あとはオルランドの弟もだけれど、かと言って…。
♥M
積極的に守ろうとはしない。
♣R
そういう人は多いと思います。
理解はしているけど、自分に被害が…。
♥M
及ばない程度にね。
私、中山可穂の小説を読み直しているの。
彼女のセクシュアリティはレズビアンで、それを公言して書き始めて、バッシングを受けた時期もあって。
彼女の作品で王寺ミチル三部作の完結編に『愛の国』という作品があるってね。日本が愛国党というのに支配されてナチ政権のようになって、同性愛者禁止法によって同性愛者は収容所にぶち込まれていく中、レジスタンスの人が戦っていくという話。
その本のあとがきには、ロシアでも「同性愛宣言禁止法(未成年に対して公の場で、ゲイなどの「非伝統的な性的関係」を知らしめる行為を禁止する法律。2013年制定。)」が成立したし、本に描かれている事は架空の話ではなくて誰にでも起こり得る、と書いてあった。
そういうのを読んだばかりの時に、『ナチュラルウーマン』でしょ。入り込み方が激しいのは当然かな。
ずっとヒリヒリしていた映画だった。
私は性的にマイノリティではないけれど、とても共鳴した。
■偏見的な態度

♣R
息子もそうなのかな。
お父さんを取られたみたいな気持ちだったと思います?
♥M
でも、お父さんが愛した人よ?…という発想がきっとないのね。
♣R
特異なケースではありますよね。
女性好きだと思っていた夫が、いわゆる女性に取られてしまったという訳ではないので。
♥M
かなり。
♣R
例えば、相手がトランスジェンダーではなく女性であっても、奥さんは同じ態度を取ったと思いますか?
♥M
修羅場はあると思うけれど、やっぱり…。
♣R
暴力の向き方が違うような気がする。
♥M
混乱の質が違いそう。
♣R
息子の態度もきっとそうで、分からない存在だからこその無意識の暴力が働いているような気もします。
♥M
でもやっぱり、ひとつのイジメみたいなものもあるでしょう?
♣R
テープで顔をぐるぐる巻きにして、誘拐もどきのようなことをしてるシーンもありましたね。
表現として過剰に出しているようにも見えるシーンでしたが…。
♥M
あれぐらいのことをする人も多いと思う。
刑事や病院の人たちとの接し方を見ていると、マリーナがどれだけの人生を歩んできたのかというのが分かる。諦めというのが瞳の中にあって、表情もあまり変えないし、反抗したりもしない。人生の中でどれだけの無理解と怪物的な扱いを受けて、自分はそうされてもしようがないのだという諦めが切なくて切なくて。
♣R
女刑事も。
♥M
あの人が一番偽善者ね。
♣R
そうそう。私は何年もそういう人に関わっているって。
♥M
そしてあなたを救いたいのって。
♣R
固まった考えの中からの発言がすごいですよね。
♥M
ものすごい偏見の持ち主。
♣R
この答えはこれ、みたいに。
♥M
ちょっとでもズレることを許さない。あとは好奇心。
♣R
事件一つひとつが女刑事にとっては研究対象なんでしょうね。
♥M
救う為じゃない。自分の標本を増やしたいだけ。そのいやらしさがすごく伝わってきた。
役者さんがとても上手かった。奥さんも女刑事も、同じ瞳をしていたもの。安心感の上にあぐらをかいているような感じの瞳。やっぱりマジョリティなの。
マリーナのように戦ってきている人のまなざしとは違う。
♣R
下に見ているんですよね。
奥さんも女刑事も、マリーナを対等な人間として扱っていない。
♥M
上から目線。
そこが一番腹立たしく、もどかしいところね。
最初のシーンは『ブエノスアイレス』を連想した。
♣R
イグナスの滝ですね!
あれ?ちょっと観たことのある感じだな、と思ってました。
♥M
オマージュかな?…ってパンフレットにも同じことが書いてあった(笑)。
♣R
あの滝を見ると、自分の無力さをいつも感じます。
♥M
イグナスの滝に行きたいと思っていて、昨日もイグナスの滝の映像を観たばっかりだったの。
劇中の歌、アレサ・フランクリンの『Natural Woman』の「あなたと一緒だとありのままの女(あたし)でいられる」という歌詞がよかったし、最後に流れていた、アラン・パーソンズ・プロジェクトの『Time』もよかった。音楽がとてもいい。
■「映画の中に”無“を作りたかった。」

♣R
マリーナは涙をほとんど流さなかったですね。
♥M
だからこそ、火葬シーンの涙が効いていたね。
♣R
際立ちますよね。
私も昔同じことを思ったことがあるのですが、それまではとても哀しいけれど、火葬することで諦めというか…終わってしまったというか…どこかで気持ちに距離ができるような気がするんですよね。整理を付けるというか。
♥M
火を点ける瞬間が一番切ない。
♣R
マリーナは、オルランドの遺体を見ただけでは気持ちに整理がつかなかったけれど、火を点ける瞬間を見届けたことで、次のステップにちゃんと進もうと思ったような気がします。
♥M
ちゃんとそれができるように、オルランドの幻影は導いてくれたということかな。
オルランドの人物像はそんなに出てこないけれど、存在感がある。
彼女を愛してくれてありがとう、って言いたくなるくらい。
あと、ロッカーのシーンはチケットがあると思ってた(笑)。
♣R
自分もです!(笑)。
最初に探していた大きい白い封筒があるのかと思っていたのに、まんまとやられましたね。
♥M
何もなかった!
あれには参った。
♣R
監督がこのシーンについてこんなことを言っていました。
「映画の中に”無“を作りたかった。
映画は、スクリーン上に存在するものだけではなく、
存在しないものによっても、ストーリーを伝えることができる。」
♣R
そこに何があったか、もしくは何もなかったのかは、自分たちで考えて欲しいという監督からのメッセージだったということですかね。
♥M
歌の先生とのシーンもよかった。聖フランシスコの言葉を使って言うのよね。
「“愛をくれ平和をくれ、あれをくれこれをくれ”とは言わない。
“私を君の愛の動機に、私を君の平和の手段に“」
♥M
でもやっぱり理解して愛してくれる人がいる、いた、ってことよね。
オルランドは死んでしまったけれど、すごく幸せな出逢いがあったのね。
家族も全部捨てて、マリーナのところへ行ったのだものね。よっぽどの愛よ。
そこは全部カットされているけれど、大変だったと思う。
■試練は人を強くする

♣R
クラブでのミュージカルシーンだとか、たまにポップなシーンが入りますよね。
クラブのシーンは多分『ブエノスアイレス』でも話しましたが、喪失感を紛らわせるために他の男と関係を持つってやつですよね。でもやっぱり気分は晴れない。
♥M
だけどあの時間は必要なの。でも過酷。
好きな人を失って、一番哀しいはずの人が疑われたり、罵られたり。
♣R
そう思うと、マリーナはものすごく強い人間ですよね。
♥M
「試練は人を強くする」
♣R
映画の台詞の中にありましたね。
♥M
ずっと戦ってきた人なのよ。
そういうのがボクシングのシーンに表現されてる。
♣R
だって、あの実力があれば、殴ることも出来ますもんね。
♥M
そうよ。でもそれをやったらダメだから。どうにもならないから。
♣R
それに耐える力が彼女の中にはちゃんとあるということですね。
彼女の性質に対しては色々とあったけれど、いがみ合いみたいなのはほとんど出てきませんもんね。
♥M
テーマをちゃんと絞っているという感じがした。
感情が爆発するのは、車の上に乗って、犬を返せ!って言っているシーンだけだよね。
♣R
それだって爆発した相手に悪口を言うとかではない。
自分で受けた痛みや傷を人に返すということはしない人ですね。
♥M
だからやっぱり諦めがあるんだと思う。言ってもどうせわからないんだって。
どちらかと言えば、そちらの方が上から目線なのかもしれないね。
上から目線とも違うか…。
諦めるって私は傲慢だと思っているの。私は自分がそうだし、相手に期待しない。
*ここから先は最近観た映画の話など…
♥M
やっぱり映画館で観る映画はいいね。家でDVDを観るのとは違う。
家だと気軽にiPadやAmazonプライムで観ることはできるけれど、集中力が全然違う。
♣R
家で観てると、ちょっと途切れちゃったり、気が散ったりする時もありますよね。
♥M
最近、映画館で何か観た?
♣R
今年のアカデミー賞を受賞した『シェイプ・オブ・ウォーター』を観ました。
半魚人と喋ることの出来ない女性の話です。
♥M
不思議な話が受賞したのね。
よかった?
♣R
アメリカの作品にしては、ジメジメとした雰囲気がありました。
もちろんアメリカ映画的要素があり、終わり方もハッピーエンドなのですが、少しモヤモヤとする感じで終ります。なので思っていたよりも、好印象でした。
最近のアカデミー賞は、マイノリティを扱う作品が多いような気がします。昨年も『ムーンライト』でゲイが扱われていたし、今回も喋ることができない人物や、特異ではあるけれど半魚人も出てくる。
♥M
トランプ政権に対しての芸術界の反発なのかな?
♣R
そういうのもあるかもしれませんね。
♥M
私は年末に『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』を観たよ。とてもよかった。
DVDではちょこちょこ観ているけれど、映画館で最後に観たのはそれくらいかな。
久しぶりに映画館で集中した。ずっと映画館に行っていなかったし、集中して観たい、って欲望が強かった。今日映画館で観て、やっぱり映画館で観るとこんなに違うというのも分かった。
