ふたりの映画鑑賞記/よいこの映画時間

◎78本目『苦い涙』

2026/03/10

【あらすじ+α】
アパルトマンの一室を舞台に、繰り広げられる恋愛の苦しみや甘やかなところ、そして醜さ美しさせつなさを描いている、たのしい失恋映画。エスプリ、風刺、ユーモアがたっぷり。
恋人を別れて落ちこんでいる有名映画監督ピーター・フォン・カント(ドゥニ・メノーシェ)のところに、3年ぶりに親友の大女優シドニー(イザベル・アジャーニ)がやってくる。彼女は会ったばかりの若くて美しい青年アミール(ハリル・ガルビア)を連れていて、ピーターは一目で恋におちてしまう。
アミールに夢中になったピーターは、アミールが俳優として活躍できるようあれこれと力を尽くして、愛を注ぎまくるのだが…。という物語。

ちょっと不気味で興味深い存在としての秘書のカール(ステファン・クレポン)はピーターになにをされても言われても従順なのだが、どうにも目がはなせない。
また大女優シドニーを演じる大女優イザベル・アジャーニからも目がはなせない。(み)




♣R
ファスビンダーの『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』をベースに作った作品でしたが、「よいこの映画時間」の記念すべき1回目は、ファスビンダーの戯曲を元にして作られたオゾン監督の『焼け石に水』でしたね。

♥M
『焼け石に水』から私たちはスタートしているのね。
『焼け石に水』の方が…。

♣R
演劇みたいでしたか?

♥M
いや、今回のも演劇だったけど。
『焼け石に水』では歌うシーン、あったっけ?

♣R
歌に合わせて踊るシーンがありました。
オゾンの作品は、一昔前の歌を重要視して使うことが多いですが、今回もそういう曲がありましたね。

♥M
「人は愛するものを殺す」という歌詞の歌とか。 

※「人は愛するものを殺す」は、オスカー・ワイルドが同性愛の罪として収監されたことを詩にした「レディング牢獄のバラード」をもとにファスビンダーの盟友であった音楽家ペーア・ラーベンが作曲した。
『ファスビンダーのケレル』でジャンヌ・モローがキャバレーで歌う曲であるが、劇中ではイザベル・アジャーニがドイツ語でカヴァー、これに合わせてピーターがシャツをはだけ踊り始める。(パンフレットより)

♣R
こういう選曲は、作品や作る人によっては「狙っていますよね」、という感じが出てしまいますが、ここまで毎回振り切っていると安心すら感じますね。

アミールが2回目にピーターの家へ来た時、『8人の女たち』で使われていた曲が使われていたような気がします。『8人の女たち』好きとしては嬉しい演出でした。
自分の作品で、自分の過去の作品の音楽を使うなんて、ちょっとにやりとしちゃいますよね。

■恋愛で苦しくなっていく男


♥M
全てがベタな作品だったね。

♣R
しつこいくらい。絶対に狙って作っていますよね。
THE 普遍的という感じがしました。

♥M
うん。レトロな感じもあった。
昔、こんな作品ばかり観ていたな…。

♣R
今回の作品は、ゲイの恋愛を描いた作品でしたが、グザヴィエ・ドランが「(男性同士の恋愛だけれども)ごく普通の恋愛映画を描いた」と言っていた『マティアス&マキシム』よりも、よっぽど「ごく普通の恋愛の話ですね」と、言えますね。

♥M
うんうんうんうん!
作品に軽さがある。レトロな感じの中にお遊び的な要素や普遍性もある。

♣R
感情表現がとてもストレートでしたよね。
恋愛の中で、こういう風になってしまうよね、このどうしようもない感情を表に出してしまう時もあるよね…みたいな、今まで自分が恋愛をしている時に体験した、たくさんの「あるある」の中に、オゾン色がねっとりと練り込まれた感じでした。

♥M
三島由紀夫も好きだった同性愛の象徴的なモティーフ「聖セバスチャン」を部屋に飾っているのもベタベタのベタ。


♥M
ピーターと出会った当初、アミールはまだ芸術のことなんか何も知らない人なのに、ピーターと寝た後には「聖セバスチャン」のポーズをすぐとっているの。
オゾンが狙ってさせているのだろうけれど、アミールが壁にあった「聖セバスチャン」の真似をした、という深読みもできる。

ストーリーをどうこういう作品ではないかな。
気まぐれな若い男に勝手に惚れて…。

♣R
恋愛で苦しくなっていく男の話。

♥M
ピーターが撮影をしながらアミールの話を聞くシーンだって、自分でカメラを寄せていったり、大きい声で「カット!」なんて言っているのは、完全にギャグの世界。ああいうのは面白い。
創作の元になったファスビンダーの『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』と比べてみたくなるね。
どれくらい演出を変えているのかな。
ファスビンダーの作品も狙ったような演出が多かったりして…原作に忠実なのはどちらなのかな。

♣R
『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』は、作・演出がファスビンダーらしいですよ。

♥M
じゃあ忠実も何も、彼の作品なのね。
原作では女性同士の話だったみたいだけれど、それをオゾンが男性同士に解釈したのか。

■ 大女優を制覇する監督


♥M
大女優シドニーがピーターへの誕生日プレゼントに彫刻を渡していたけれど、あれは何の彫刻だった?

♣R
小さくてよく見えませんでしたが、白っぽいマリア像みたいな感じでしたよね。

♥M
あの彫刻が、ロダンとかカミーユ・クローデルの彫刻のレプリカだったら面白いと思って観ていたの。

♣R
シドニー役のイザベル・アジャーニは、ロダンと関係のあったカミーユ・クローデルを演じたことがありますからね。
ピーターの娘がシドニーをネチネチと攻撃していましたけど、アジャーニの私生活のことを言ってるみたいで面白かったです。

♥M
ピーターのお母さんも、シドニーのこと「会う度に若返ってる」と、言ってたね(笑)。
アジャーニは、変貌ぶりがいつも話題になっているよね。

♣R
『イザベル・アジャーニの惑い』で共演した若い彼スタニスラス・メラールと交際していましたよね。

♥M
オゾンはフランスの大女優を制覇するためにアジャーニを使ったのかな(笑)。

♣R
ダニエル・ダリュー、カトリーヌ・ドヌーヴ、イザベル・ユペール、エマニュエル・べアール、ファニー・アルダン、ジャンヌ・モロー、ヴァレリア・ブルーニ=デデスキ・ソフィー・マルソーときて、イザベル・アジャーニ。豪華絢爛ですな。
オゾンは本当に癖のある女優の使い方が上手いですよね。
上手いというか…女優へのリスペクトと意地悪さが入り混じっている感じがします。

♥M
そのとおりよ。

♣R
「愛したのは女ではなく女優」とか、「愛したんじゃない、ただ所有したかっただけ」というピーターの台詞なんて、オゾン自身の言葉っぽいですよね。

♥M
映画監督の大変さを嘆くのも、きっとオゾンの体験から来ているものなのだろうね。

♣R
「繁殖とは関係のない純粋な愛だ」という台詞もありましたよね。

♥M
ファスビンダーの監督した作品でも使われている台詞なのかな。
そちらは女性同士の恋愛を描いているみたいだから、あってもおかしくはない台詞だね。

■すぐ泣く男


♥M
私はピーター役の俳優が、あまり好みではなかった。
だから、あなたに怒鳴られても、言い寄られても、何も思わないです(笑)。
なぜオゾンは、この俳優を使ったのかな。

♣R
自分も全然好みではないですが、愛おしさみたいなものを感じましたよ(笑)。

♥M
すぐ泣くしさー。

♣R
役柄(笑)。
ずっと泣いてましたね。

♥M
そうそう、メソメソメソメソ。
あの歪んだ顔がずっと脳裏にある

後日読んだオゾン監督のインタビュー記事。
直接的な答えではないが、ドゥニ・メノーシェをキャスティングしたことなどに触れている。
(“フランソワ・オゾン、映画監督の権力、愛、ファスビンダーについて語る。” 「フィガロジャポン」より)

ーー主人公ピーター役のドゥニ・メノーシェは、ファスビンダーに外見を似せているように思います。それが彼を選んだ理由でしょうか?
また、あなたが言ったようにオリジナルではピーターはファスビンダーの自画像と言われていましたが、あなたは主人公の職業をファッションデザイナーから映画監督に変更しました。
これは、あなたの自画像でもあるのでしょうか?

「さまざまなものが共存していると言っていいかもしれませんね。
アーティストというのは往々にして、自分の人生と自分の仕事を混同するというか、境界をなくしてしまうところがあります。とりわけ映画監督は俳優たちとの関係性を仕事と延長線にしてしまうところがありますから。
私はファスビンダーのこの戯曲は、チェーホフやシェイクスピアの作品のような、ひとつの古典であると捉えました。そこに私自身の監督としての女優や男優などとの関係性を反映している部分もあります。」

♣R
ピーターの母親役の女優は、オゾンの前作『すべてうまくいきますように』では、スイスの安楽死協会みたいなところのスタッフ役でしたよね。

♥M
どこかで見たことがあると思った。

♣R
ファスビンダーの『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』にも出演しているらしいですよ。

■ぞんざいに扱われるのが好き


♥M
キーマンだったカール(ステファン・クレポン)を演じている俳優の顔が、ずっと誰かに似ていると思っていたのだけれど、それがエマニュエル・べアールだと気付いてからは、ずっとべアールに見えてた。
アヒル口や異様な雰囲気を持っているところも、表情の動かし方まで似ていた。

♣R
そうですか?
そうかなぁ…?(笑)。
カールは一切喋らないし、アンドロイドみたいな役でしたよね。
カールが感情を思いっきり出しているシーンなんて、ラストシーンあたりで、ピーターに唾を吐きかけるところぐらいでしたよね。

♥M
カールがピーターに唾を吐きかけた意味、分かった?

♣R
ピーターも言っていましたが、カールはぞんざいに扱われるのが好き。
きっと悦に浸る感覚すら持っていると思います。
それなのに、急にピーターが自分に興味を持ち始め、下手に回る態度を取ってきたので、一気に冷めた、という感じですかね。

♥M
私もそういう理解でいいと思った。

■ ピリオドが見えた瞬間


♥M
あんなにアミールに惚れていたのに、連絡を断ち切れるのね。
ラストシーンで、アミールからお誕生日お祝いの電話がかかってくるけれど、ピーターはアミールと会おうとしないし。

♣R
電話がかかってきた頃には、ピーターも少し冷静になっていましたよね。

♥M
でも荒れ狂っていた時から1日くらいしか経っていないでしょう?

♣R
でも、突然スイッチが切れるみたいな感覚はないですか?

♥M
りきちゃんはあるよね(笑)。
冷める瞬間はあるけれど、ピーターは気持ちが冷めたわけではない。
終わりなんだ、というピリオドが見えた瞬間なのかもしれないね。

あと、ピーターみたいに、気持ちを爆発させることは大事だよね。
あそこまでやらなくてもいいけれど(笑)。

♣R
爆発の時がピークだったという感じですよね。

♥M
爆発すると疲れるよね。
全身で疲れちゃって…。

♣R
こんな思いはもうしたくないと思いますよね。


そうそう。ひと月後くらいには会いたいと思うかもしれないけれどね。
絶対にあれで終わりではない。

♣R
次に会う時には、アミールに対する気持ちは変化していそうですよね。
あんなに激しい感情はもうないと思います。

♥M
アミールは、ピーターのことをそんなに好きじゃないよね?

♣R
ラストシーンでは切ない顔をしていましたけどね。

♥M
今まで、邪険にしても追いかけてくる子犬ちゃんみたいなピーターが好きだったから、そういう態度をとっていたのだと思う。でも、サラッと「会えないよ、いい旅行をね」、みたいに言われてしまうと、当たり前のように拒絶してきていたのに、初めて断られるみたいな感覚に陥る…みたいな感じかな。

♣R
拍子抜けみたいな?

♥M
拍子抜けというよりは、ちょっと追いかけたくなっちゃう、寂しい、みたいな。
ピーターのことを嫌いだったわけではないけれど、アミールもああいう形でひとつの恋愛の終わりを見たのだと思う。
なんだかんだいって、ピーターを好きになるくらいの感受性を持っていたのかもしれないね。
周りから見れば、ピーターとアミールは何一つとして合ってないふたりだけれど、好きになるっていうことはそういうことなのよね…。

■オゾンが『白雪姫』を撮りました


♣R
同じ展開でも映画によっては、なぜこの人がこの人を好きになったのかが全然わからない、というパターンがありますよね。
今回そう思わなかったのは何故ですかね?

♥M
今回分かりやすいと思った理由のひとつは、ピーターがどういう人物か、というのが最初に描かれていたからだと思う。
ピーターは、愚かで愛欲に溺れやすいよね。

♣R
自分に酔っている節もありますね。

♥M
そうそう。
そんな中、美男子のアミールが登場したから、自然とそういう流れになることが分かる。
ベタな映画だと話したけれど、要するにこの展開もステレオタイプで分かりやすいの。
ふたりのラブシーンも、「愛してると言って、愛してると言って」としか言っていなかったような気がするもの(笑)。

♣R
脂ぎっとりのステーキを胸焼けするほど食べた感じ(笑)。

最近、LGBTQの映画も増えてきましたよね。
内容も社会問題を絡めていたり、活動家が宣伝をしていたり。
でも、LGBTQなら観なくてはいけないみたいな押し付けがましさのような雰囲気を感じることがあります。

♥M
ポリコレね。

♣R
そうですね。別にそういう作品を否定したいと思っている訳ではないです。
オゾンだって、神父による児童への性的虐待を描いた『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』みたいな作品を撮っていますから。
でも、どこかでそういう強制的にみんながそう思っているだろうみたいな広がり方に、飽々してしまっている部分もあります。
だからといって、ゲイを笑いものにすることに賛成するとかではないですが、その世の中の動きの中で、敢えて社会性を全面に押し出さず、「THE ゲイ」みたいな内容の映画を出すのは、ある意味でオゾンはすごい人なのだと思います。

♥M
本当に恋愛のひとつの形態としてね。
たまたま相手が男だっただけ。

♣R
またこの話に戻りますが…(笑)。
例えば、これがドランの『マティアス&マキシム』みたいに、「これは普通の恋愛の映画なんだ」と、宣伝されていたら、みんなはどういう反応をしていたと思いますか?。

♥M
ドランの作品には、話題に絡みたくなる現代性があるし、絡みたくなる物語があるけれど、オゾンの作品には、そんなに反応したりしてこないと思う。

♣R
オゾンの『苦い涙』は、わざわざ説明しなくていい感じがしますね。

♥M
そうそう。オゾンが『白雪姫』を撮りました、みたいなのと一緒。

♣R
分かりやすい(笑)。

♥M
いまさら、白雪姫は何でこうしたんだろうとか思わないでしょう?
白雪姫のあのシーンをこう表現するなんて面白い…みたいな楽しみ方だから、それが前提にないと、映画マニア以外はどう観ていいかわからない作品かもしれない。

♣R
自分は、裏切りのない安心して観られるオゾン作品だったと思いました(笑)。

♥M
『すべてうまくいきますように』とかで、社会性に切り込む作品を頑張ってみたので、好きなの撮ってみていいですか? みたいなそんな感じだね(笑)。



~今回の映画~
『苦い涙』
2022年 フランス
監督:フランソワ・オゾン
出演:ドゥニ・メノーシェ/イザベル・アジャーニ/ハリル・ガルビア/
ステフォン・クレポン/ハンナ・シグラ/アマント・オディアール

-ふたりの映画鑑賞記/よいこの映画時間