☆28本目『昼顔』
2026/03/02
【あらすじ】
美しく若いセヴリーヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ)は、医者のピエール(ジャン・ソレル)の妻として、裕福な生活を送っていたが、夫を愛する一方でマゾヒズム的な願望を心に秘めていて、日々、妄想の世界にのめり込んでいた。
ある日、夫の友人であるユッソン(ミシェル・ピコリ)から、「アナイスの館」という娼館の話を聞いたセヴリーヌは、抑えきれない自身の欲望を満たすため、「昼顔」という名の娼婦として働き始める。

*今回はよいこのお友達のHさん(♦H)が友情出演
♣R
夢と現実を行ったり来たりする話なんですね。
♥M
「リンリンリン」という馬車の鈴の音が聞こえている時は夢…というより、妄想の世界のお話になってる。
♣R
娼館で働き始めたセヴリーヌが夫に「日ごとに愛が深まるわ」と言うのは、何となく分かるような気がします。他の人と会うことで、大事な人の存在を再確認できる…本当に好きだということを実感できる。
♦H
比較対象ということですか?
♣R
それとは少し違いますね。
♥M
もう絶対にこちらの人がいい、というのが自分で分かっているからね。
♣R
そうなんですよ。
♥M
その気持ちをより強固にしたいということかな。
他の人に会ったり、寝たりするのは、意識的に愛を再確認するために行くの?
それともなんとなく、フラフラっとそうなって、結果的に再確認できたという感じ?
♣R
ふたりの関係が安定して、不安になってくると、そうなることが多かったです。
♥M
ふたりの間に刺激剤みたいなものを入れたいのかな。
♣R
たしかに…。
結局、他の人と関係を持つことで、本当に好きな人を思い出してしまったり、好きだというのを再確認したりしますね。そういう部分は、セヴリーヌに共感します。
あとは、セヴリーヌが娼婦として初めて男の人に抱かれた後、家に帰ってすぐに身体を洗ったり、下着を暖炉で焼いたりしますが、私も最初の頃はそんなだったなと思い出しました。
♥M
りきちゃんもそんな時代があったのね(笑)。
♣R
自分は何をしているんだろうという気持ちで、家に帰ってからすぐにお風呂に入って、服も全部着替えたりして…そんな懐かしい感覚がありました。
♥M ♣R
あっはっは!(笑)。
■妄想と憧れ
♥M
原作者が語っている中に「偽りのない深い愛情と執拗な肉情の欲求との間の、恐るべき隔離」というものがあるの。
セヴリーヌは「自分の性(さが)だ」と、言うくらいにM的なものをすごく求めているし、ノーマルセックスでは感じない、という性癖がある。
でも、夫のピエールはとても健全な人だから、彼女は自分自身の願望を話せない。
彼のことは人間として尊敬しているし、大切にしてもらっているし、「あなたへの愛は快楽を超越してるわ」と言うくらい愛している。
ピエールを愛することと、自分の性的な欲望は、まるっきり別物。
これがひとつの大きなテーマだと思うの。
私も共感できる部分はあるけれど、できない部分としては、全然知らない人とセックスをすることかな。
だから今日もこの作品を観て、自分の平凡さにコンプレックスを抱いてしまった。
相手を選べればいいのだけれど…。
♣R
もうその時点でちょっと違いますよね(笑)。
♦H
そういうのに対する憧れのようなものはないですか?
♥M
それこそ映画の中で、鈴の音と一緒に出てくる馬車と一緒。
妄想、憧れなの。
♣R
まさに『軽井沢夫人』ですね。
♥M
そう。馬車の部分が、夫人の妄想の部分。妄想で、欲求を満たした。
バンコクへ行った時も、オイルマッサージをされている時に、『軽井沢夫人』の妄想シーンでこういうシチュエーションを使ったなと思ったりしたけれど、実際にそういうシチュエーションに出くわすと…。
♣R
冷静になってしまう?
♥M
そうなの!
頭が冴えてダメなの。妄想していた方が気持ちがいい。
もしかしたら、セヴリーヌも、妄想がとても好きなのかもしれない。
ゲイの世界にも、お金でやり取りするような場所があるんでしょう?
♣R
ありますよ。
♥M
そういうところに、りきちゃんが興味を示さないのはどうして?
♣R
うーん…きっと心と身体が別ではなく、両方いっぺんに欲しいからですよ。
♥M
りきちゃんは、精神と肉体の乖離がそんなにないタイプだから、セヴリーヌとは真逆なのかもしれないね。
娼館で男に抱かれたあとのセヴリーヌは、「最高に感じたわ」と、満足しきった顔をしていたね。
同一人物とは思えないぐらい。
♣R
恍惚とした顔ですよね。
娼婦仲間とトランプしたりして、自分の居場所を見つけたように見えますよね。
♥M
煙草吸ったりね(笑)。
セヴリーヌは、家と娼館では全然違うけれど、どちらも本当の姿なのね。
『哀しみのトリスターナ』のヒロインと比べると、すごく優しい女性に見えるし、愛があるでしょう?
♣R
全然違いますね。
♥M
『昼顔』の方が有名だから、娼婦を演じて悪徳の役だと言われているけれど、私は、いやいやいや、トリスターナと比べてごらんなさい? と、言いたくなる。
♣R
映画としては、『哀しみのトリスターナ』の冷酷な感じが、すごく好きです。
でも、共感できるのは『昼顔』ですね。
♥M
トリスターナには何も共感できない。
非難する人はいたのかもしれないけれど、『昼顔』がヒットしたのは、多くの人が持っているものを表現したからだと思う。
■ケーキのトッピングにはなりたくない
♥M
それにしても美しかった…イヴ・サンローランとドヌーヴの組み合わせがパーフェクトすぎる。
イヴ・サンローランの服が象徴する気品と美しさで、娼婦の役が際立っていた。
そういうのも含めて、傑作と呼ばれているんでしょうね。
♣R
上品なものを汚したいというか。
♥M
そうそう。だから、それまでセヴリーヌに言い寄っていた夫の友人であるユッソンが、セヴリーヌが娼館で働いていることを知ったとき「興味を失った」と言った気持ちも分かる。
貞淑な人を誘惑するのが面白いのであって、自ら「さあ 抱いて」というような相手はつまらないということね。
♣R
そういう男はたくさんいますよね…例えば、処女が好きとか。
♥M
浮気の経験がなかったり、夫しか知らない人妻がいいとかね。
「男は初めての人になりたがり、女は最後の人になりたがる」
性欲は人間の三大欲求だけれど、欲望は侮れない。
社会的にはあまり取り上げられないし、裏でしか語られないけれど、だからこそ、この時代にこういう話を映画化したのはすごいことだし、それをあんな風に演じたカトリーヌ・ドヌーヴはやっぱりすごいと思う。
♣R
きっとドヌーヴ自身が望んで出演を決めたんですよね。
向上意識と何でも演じてみたいという欲望があり、それが今現在も失われていないのがすごいですよね。
ドヌーヴが「徹子の部屋」に出演をした時に「自分のやりたいことがまだたくさんあるから、仕事を続けています」と、言っていましたね。
♥M
徹子さんに「(19年前に「徹子の部屋」に出演した時と)変わらない」と、言われた時、「変わったと思いますし、変わらなければならないと思う」とも言っていたね。
♦H
インタビューでも、変わらないということへの怖さを語っていますよね。
「オマージュとか添え物のようにされるのは嫌だ」とも言っていました。
♥M
「ケーキのトッピングにはなりたくない」とも言っていた。
♦H
フランス映画界のトップの位置に立っても、なおまだそう言っているのがすごいですね。
♥M
映画の出演依頼、ゲスト出演とか端役でも、自分がケーキのトッピングかどうかを考える。自分の役を取り除いて映画が成立するのであれば、自分が出演する意義はない、ということ。
インタビューといえば、「ファム・ファタル、魔性の女を演じるということは、実生活での何かが役に立っていますか?」というインタビューも結構受けているのだけど、ドヌーヴは、いつもきちっと、「そういう考え方はしないで欲しい」と言っている。
でも、なんらかの反映はあると思うの。
♣R
『哀しみのトリスターナ』の主人公は自分に近いと言っているくらいですもんね。
♥M
実生活ではしたことがないようなことも役の中ではできるけれど、表情や雰囲気とかは、自分にないものだと演技で出すのは難しいと思う。
だから『哀しみのトリスターナ』で、胸を見せながらの蔑む笑顔や、『昼顔』での心から肉体的に満足しているような表情をしているのを見ると、実生活で関わった男たちは、さぞかし翻弄されたんだろうなと思う。
♦H
ドヌーヴも、翻弄することをためらわない。
♥M
そう。翻弄する方が好きなタイプ。
▪️汚れのない気分

♥M
セヴリーヌは、結婚しているけれど、まだ夫とはセックスしていないよね?
♦H
一緒のベッドで横になっていましたが、夫が「気にするな 無理しなくていいよ」と、言っているぐらいですからね。
♥M
そうよね…若くして結婚しているし、夫ともまだだとしたら、彼女は処女だったのかな。
と、いうことは、処女のまま娼館に行ったということ?
♣R
小さい時に男の人の膝に座らされて、肩を抱かれながら頬にキスをされている回想シーンがありましたよね。
♥M
どこまでされたのかな…その時に、嫌だと思う気持ちと裏腹に、すごくゾクゾクとするものを感じた、というのが彼女の性癖を表しているけれど、セックスそのものはしていないと思う。
自分では意識をしていないけれど、欲求がたまりにたまっていて…。
♣R
常に妄想をかきたてていますもんね。
♥M
そう。性的な夢を繰り返し見ている。
そんな状態だから、娼館の話を聞いた時に、ピンッときて、欲望に抵抗できなくてそこへ向かってしまう。
♦H
迷いながらも、吸い寄せられるように行きますよね。
♥M
本当にその通り。
聖体拝受も口に入れられないくらいに精神的には潔癖さがあったりするのに、ずっとそういうものを求め続けていたのね。
頭の中は貞淑でありたいと思っているけれど、身体は違うものを求めてる。
娼館のマダム・アナイスのところに行ってからのセヴリーヌはイキイキしているし、日に日にピエールを愛していると実感していく。
あの感覚はよく分かる。
アナイス・ニンが、同じ日にヘンリー・ミラーと、夫のヒューゴに抱かれた時、夫が眠っている横でつけていた日記に「汚れのない気分だ I feel innocence 」と書いていて、欲望に忠実であるその姿が、セヴリーヌにとても重なった。
性的にも満たされ、愛も感じられているから、精神的に安定している。
♦H
自分から夫のピエールに「一緒に寝る?」と、聞きますよね。
♥M
そう。今までは、ベッドで一緒に寝るのも拒んでいたのに。
あのまま上手くいけば、子どもを作ることもできたかもしれないね。
あのチンピラのマルセルがいけないのよ!
結構好きだけど(笑)。
♣R
私も(笑)。
マルセルはかわいいですよね。
♥M ♣R
まあ純情!
♣R
セヴリーを好きになっちゃったんだねぇ(笑)。
♥M
好きな子の前では意地悪したくなっちゃうんだねぇ(笑)。
急に出てきた異分子みたいなクレイジーさがいいね。
♦H
ちょっとやりすぎな部分はありましたけど。
♥M
そうね…でも、それが面白かった!
♦H
セヴリーヌは、マルセルを特別な存在だと思っていたと思いますか?
♥M
彼女からの気持ちは、そんなにないと思う。
♦H
夫婦でパリを離れている時、夫が「誰かを愛してるんじゃないか?」と、セヴリーヌを問い詰めていますよね。
♥M
気もそぞろだからよ。
あれは、娼館のことを考えていただけだと、私は理解したのだけれど…。
♣R
早くあの生活に戻りたい。
♥M
うん。マルセルを愛していたわけではなく、お客の中でも割と手荒く扱ってくれ、楽しいことをしてくれる人にすぎないと思う。
♣R
初めてマルセルに会った時に言われた「俺をだます女は殺してやる」という言葉に対して、セヴリーヌは「タダでもいいわ」と即答してますよね。
それはきっと惚れたわけではなく、自分のM的願望を刺激してきたからですよね。
♦H
じゃあ、踏み越えた関係を迫られたとしても…。
♥M
それは勘弁してくださいよの世界。
♦H
マルセルは、セヴリーヌの中の何か一面を表しているのかと思いました。
彼は窮地に陥ると、親指をしゃぶりますが、そこに幼児性や衝動的なものを感じるんです。
肉体的なものを満たしているというか…。
♥M
理性なんてなくて、肉体や衝動、欲望とかだけがある。
♦H
その割には、あっさり撃たれて死んでしまいましたね。
♥M
そういえば、撃たれるシーンは、ゴダールの『勝手にしやがれ』のシーンに似ていた。
ゴダールの方が先?
♣R
『勝手にしやがれ』は1959年、『昼顔』が1967年です。
♥M
ゴダールの方が前ね。
ジーン・セバーグが新聞を売っているシーンや、ジャン=ポール・ベルモンドが死ぬシーンと似ているところがあったけれど、オマージュ的なものがあったのかな。
▪️セヴリーヌの欲望
♦H
セヴリーヌは、どこまで夫に求めていたのでしょうね。
♥M
おそらく彼女は、貞淑でセックスにあまり興味がない妻だと思っていて欲しかったのかな。
♦H
どう思われてもいいから自分の欲望に忠実に生きるんだと、外に出ていくタイプではなかったんですかね?
♣R
それはそれ、これはこれってことですかね。
♦H
夫という表があってこその裏であり、その裏の面に自分でもっと踏み込んで行って、これが自分だと決めると、今度はそれが表になってしまうのかなって。
♥M
それだと、彼女の本当の喜びではなくなってしまう。
いけないことをしている感じが必要なの。
♣R
夫がいるからこそ、安心して出かけられる。
♥M
そうそう。ピエールがいるからこそ、いけない感じも高まる。
私、分からないことがあるの。
原作者は「セヴリーヌはようやく落ち着いた愛を手に入れ、状況に満足し、夫ピエールへ献身的に愛を注ぐ、というところを感動的に描きたかった」と言っていてね。
ラストシーンで、彼女はなぜあんなに幸せそうなのかな。
♦H
ニコッと笑いますよね。
♥M
そこからまた妄想の世界へいくのよね。
セヴリーヌが「昼顔」として娼館で働いていることを、友人のユッソンが夫のピエールに話してしまうでしょう?
夫に知られたことで、自分の正体を知られたことによる安心感と、新たな関係性が築けるかもしれないという希望を持ったのかな…それとも、愛している人に自分の本性を知られた喜びなのかな?
妄想の中で、自分を痛めつけているのは夫。
だから本当は一番愛している夫に痛めつけてほしいのだと思う。
♣R
でも、自分からは言い出せなかった。
♥M
あの彼には言い出せないわ。
♣R
受け入れてくれる人もいるかもしれませんが、失う可能性が高いですからね。
♦H
僕は、逆に受け入れられてしまうことで、全部無力化されてしまうことの方が怖いと思います。
♥M
受け入れられるとつまらないのかな。
♦H
そうですね…ピエールがそれすらも受け入れるとしたら、逃げ場がないような気がして。
♥M
受け入れるということ自体が、セヴリーヌの欲望とは違うのかもしれない。
だから、ピエールの本性がSだったら、ということくらいしか解決策はないのかな。
♦H
そもそも、ひとりの人間にそれを求めるのは難しいですよね。
♥M
そうそう。世の中の多くの人は、与えられた環境のなかで、それなりの生活をしている。
でも、何かしらの秘密や人には言えない欲望をもっている。
それをすごく強調して描いた話であって、実はそんなに特殊な話ではないの。
♣R
よくある話を…。
♥M
分かりやすくしただけ。
このあとはどうなると思う?
まだまだ若いセヴリーヌは、また同じことをすると思う?
♣R
すると思います。
♥M
繰り返すよね。私もそう思う。
♦H
僕はないと思いました。
セヴリーヌは、自分を壊しながらも、自分を発見したことで満たされたので、定期的にそういうものを発散したいとはならないかと。どっちもありかなとも思いますが…。
♥M
夫のピエールの事故があったから、一応ピリオドが打たれたことにはなっているけれど…。
♣R
それこそ、「精神と肉体の隔離」であるとすれば、一時は心が満たされるけれど、夫が治ることがないのなら身体は今後満たされない。そうすると、再び同じモヤモヤとした気持ちが戻ってきて、ついつい…みたいになると思うんですよね。
♥M
そういうのを繰り返しながら生きていく哀しい人間の性というか…。
♣R
バレる、バレないの、ヒヤヒヤした感じも、彼女はどこかでいいと思っている部分なのだと思います。
♦H
友達や旦那にバレたとか、ハードルを越えることにヒヤヒヤがあるんですか?
♥M
タブーに対する侵犯のよろこび。
H:
その快感がある限り、たしかに止められないかもしれませんね。
♥M
結局、ハラハラドキドキする危険な感じが、彼女にとっては、生きているという実感を得ることに繋がる。
穏やかな中では安住できない人、という意味では私も共感します(笑)。



