◎55本目『私の知らない わたしの素顔』
2026/03/04
【あらすじ】
パリの高層マンションにに暮らす50代の大学教授クレール(ジュリエット・ビノシュ)は、年下の恋人にフラれてしまったことをきっかけに、SNSの世界に足を踏み入れる。Facebookで年齢を偽り、若く美しい24歳のクララに成りすましたクレールは、アレックスという男性とつながり、ふたりは恋におちる。
クレールが精神分析医カトリーヌ・ボーマン(ニコール・ガルシア)に語る物語と現実、クレールが若さに執着する理由がしだにあきらかにされて…。

♣R
この映画、最近予告でよく流れてましたが、観たいと思わせるようないい予告でしたよね。
♥M
予告の方がよくて、実際に観てみたら残念…という作品が多いけれど、これは裏切りがなかったね。考えさせられる映画だったから、おうちに帰ったら、あれはどうだったとか、色々と考えそう…。
♣R
その割には、分かりやすかったですね。
細かく途切れている訳でもなく、大きなくくりでまとまっていましたし。
カミーユ・ロランスという作家の作品が原作みたいです。
♥M
原作も面白そう。
原題は?
♣R
『Celle que vous croyez』…『あなたが思うもの」ですかね。
英題は『Who you think I am』。
こういう作品は、ミステリーとは言わないんですか?
♥M
チラシには、サイコロジカルサスペンスと書いてある。
♣R
サイコルジルカル?
♥M
サイコ…。
♣R
サイコロ? サイコ?(笑)。
♥M
サ・イ・コ・ロ・ジ・カ・ル(笑)。
心理サスペンスということね。
♣R
一筋縄でいかないような、こういう話は面白いですね。
♥M
うん。
この間の『冬時間のパリ』にしても、現代の映画を観ている感じがする。
♣R
テーマがSNSや電子書籍ですからね。
昔の映画も、もちろん素晴らしいですが、今の時代に沿った映画は、現在進行形で作られているから、そちらの方が現代人にとって感情移入しやすいような気がします。
過去にすがってばかりじゃダメなんですよね(笑)。
♥M
私もそう思う(笑)。
■愛情と依存
♥M
クレールは、ビノシュでなくては演じられなかったと思う。
♣R
すごくよかったですよね。
♥M
久しぶりに面白いと思えた!
♣R
やっぱりビノシュは、若い頃よりも最近の方がいいなぁ。
♥M
「いい具合に枯れてきた」というやつね(笑)。
♣R
そうです(笑)。
クレールは、男にしても、SNSにしても、とにかく「依存」をしてしまう女性でしたね。
♥M
精神分析依存でもあるね。
♣R
精神ものの映画は、極端な感情表現シーンが多いような気がしますが、あまりそういうシーンはなく、そういうシーンは、アレックスに別れ話を切り出す電話のシーンぐらいでしたね。
♥M
うん、そうだね。
クララの使っている写真が、姪の写真だと分かった時、元夫の相手、というのは読めた?
♣R
全然!(笑)。
♥M
私はそうかな、とちょっと思ってた。
その事実が、クレールをふかく傷つけていて、ずっと引きずってる。
♣R
全てのコトの発端ですからね。
両親を亡くした姪を、我が子のようにかわいがって育てていたのに、夫と姪が愛し合ってしまうという。
♥M
その傷は深いよね。
愛情と依存の違いはあるけれど、夫だった人に対して、愛情が強かったのかな。
依存も強かったのだろうけど…。
♣R
「人生のすべてだった」みたいに話していましたよね。
♥M
クレールは大学教授という社会的地位もあるし、やるべきこともあるけれど、どうしようもない欠落感をいだいているのね。寂しいの。
■SNSでの出会い
♥M
SNSだけで、あんなに相手の人にハマるものなの?
♣R
(即答で)ハマりますよ!(笑)。
マッチングアプリが流行っているくらいですからね。
♥M
結婚相手を探すものとかでしょ。
でも、相手が本気かどうか、わからないでしょう?
♣R
アプリにもよりますよ。
♥M
遊びだけとかもあるの?
♣R
そうですね。
そうは言っても、惚れた腫れたみたいなのは、いつ、どんなタイミングでくるか分からないですよね。
♥M
でも、実際に会ってからそうなるでしょう?
♣R
いやいやいや(笑)。
♥M
私、そういう経験がないから分からないけれど、会わなくてもそうなるの?
♣R
長い間やりとりを続けていれば、ハマってしまう時もありますよ。
会わないからこそ、肉体への期待が高まるというか、より一層欲しくなるというか…。現実以上に、SNS上だけの関係だけだと、想像が膨らむから…。
♥M
映画のなかでも会わないうちは、テレフォンセックスのみだものね。
♣R
SNSで、こんな風に似たような状況になってしまった人、世の中にたくさんいると思います。
そういう事件もよく聞きますからね。
♥M
それを聞くと、自分が出遅れているような気がする…。
ヴァーチャルであろうと、現実であろうと、恋をしているという感覚がどれだけ必要かということだよね。
♣R
人生ががらっと変わりますからね。
人間も変わるし、表情も変わる。
■若さに固執しているクレール
♥M
フランスなのに、クレールは若さに固執していたね。
♣R
自分もそう思いました。
若さや容姿をすごく気にしてましたよね。
♥M
でも、若さを気にしているのは、夫を奪ったのが、若い女(姪)だったからで、同年代の人に奪われていたとしたら、そこまで若さに執着していないと思う。
♣R
容姿に関しては、場面場面でクレールの表情が全然違いましたね。
♥M
とてもきれいになる時があったね。
♣R
元旦那がびっくりするくらい。
♥M
そうそう。
あとは、彼女が書いた小説の中で、自分のポートレートを撮影してもらうシーンの時は本当にきれいだった。マイナス15歳くらいに感じた。
♣R
逆に、ものすごく老けて見える時もありましたね。
♥M
けれどあれね、若い女性になりすますのもたいへん。
SNS上でやりとりをするのに、本当の年齢がバレないように、若い子が使うような言葉遣いをしなくてはならないし…。
♣R
そこまでしても、めんどくさいと思わず、夢中になれるものなんですね。
♥M
きっと、めんどくさいと思っていないし、むしろ、そういうめんどくささを求めているのかも。
♣R
行動がすっかり20代でしたね。
50代が集まるパーティーの時だって、確実にクレールの心は20代になってましたよね。
♥M
だから急に踊り出したりするの。
それに、近くに息子たちがいるのに、ずっと携帯を見ていたり。
♣R
自分の授業の時でさえずっと見ていましたね。
■子どもの存在
♥M
子どもたちが軽く扱われていたね。
子どもが待っているのに、電話を切りたくないから、車で同じところをぐるぐる回ったりね(笑)。
♣R
そのシーンはおかしかったです(笑)。
♥M
下の子なんて、まだ小さいのにね。
クレールにとっては、人生における子どもの存在があまり重くないのかもしれない。
♣R
「子どもを元旦那に預けている方が、クララになりきれる」とは、言っていましたよね。
いないほうが、クララとしての心を、より解放できるのかもしれませんね。
♥M
自分だったら、どこまで解放できるかなあ。
♣R
でも、物語に子どもの話が入ったら、生活に密着した話になり、身近な話にはなったかもしれないですが、主題がずれてしまいますよね。
だから、ない方が…。
♥M
狂気が際立つ。
♣R
自分は、子どもの描写がカットされているのは、よかったと思います。
■失われていたものを思い出すことがある
♥M
クレールは、とてもクレイジーな人。
結局、精神が破綻するギリギリのところにいる、ということなのかな。
♣R
はじめから、そういう素質を持っている人なのかもしれませんね。
♥M
離婚してから、精神分析にかかり始めたのよね?
♣R
精神分析は、アレックスが自殺したことを知った後だと思っていました。
アレックスとのことを前の精神分析医に話していたのに、急遽、新しい先生(ポーマン)になってしまったから、また一から話始めなくちゃいけない、と言っていましたよね。
♥M
そうかそうか。アレックスの自殺を知り、自分もおかしくなっちゃって、入院、の順か!
整理すると、入院してカウンセリングを受けているクレールが、Facebookで知り合った写真家のアレックスとの過去を、精神分析医のポーマンに話している。
そして、アレックスが自殺したことがあまりにもショックだったから、自分を救うために自分を殺す小説を書く。
そして、カウンセリングをしていくうちに、ポーマンは思うところがあり、クレールの元カレを訪ねてみると、実はアレックスは死んでいないことと、結婚をして子どもがいることを知る、ということね。
ポーマンを演じていたニコール・ガルシアもすごかった。ビノシュと拮抗してたね。
ニコール・ガルシアといえば…。
♣R
カトリーヌ・ドヌーヴ の『ヴァンドーム広場』の監督をしていますよね。
あとはフランス映画祭で一緒に観た『愛を綴る女』の監督でもあります。
♥M
そういえば、ポーマンが「患者の話の中に失われていたものを思い出すことがある」と、言っていたね。そのことについては語ってはいなかったけれど、女としての欲望などを言っているのかな。
♣R
クレールと話しているうちに、このままの人生ではいけないと、その時に思ったから、そう言ったのかもしれませんね。
ポーマンはその後、仕事を辞めるっぽいですもんね。
♥M
クレールの欲望や、ドロドロしたものを知ることで、自分の中でそういったものが失われていたことに気付いたのかもね。
■恐れるのは死ではない…見捨てられることよ
♥M
クレールが書いた小説は、アレックスに愛されているのが強調されていて、悲しい内容だった。
♣R
現実ではないからこそ、幸せに描かれるほど、苦しくなってしまいました。
ガラス扉のところでじゃれあったり、一緒に自転車で走っているシーンを観て、泣いてしまいましたもん。
♥M
「君を捨てたあいつはバカだ」とか、「こんなにきれいなのに」と、自分で書いているからね。
現実世界で叶わなかったことを、小説で表現するという部分は、自分もやっているから、すごくよく分かる。
そして現実でも傷ついているのに、小説の中でも自分を傷つけてしまう。
夫に捨てられた自分を罰したいのかな…ポーマンから、何に傷つけられたかを尋ねられて、ようやく話すけれど…。
♣R
姪に旦那を奪われたことを。
♥M
「恐れるのは死ではない」と言った後に、すごく間があってから「見捨てられることよ」と、言うシーンが印象的だった。長い「間」があったから、どんなセリフがくるのかと思っていたの。
映画の文脈からすると、「若さを失うこと」がくるとも思った。
でも、「見捨てられることよ」というセリフだった。
♣R
でもそうすると、姪のこと云々ではなく、「見捨てられたこと」が一番の理由だと思えますね。
♥M
別れた後に付き合った、若い恋人 リュドにも捨てられるものね。
♣R
捨てられるというよりは、ちょっと心が離れてきている、という感じですかね。
元々SNSも、リュドのことをもっと知りたいから始めたんですよね。
♥M
そうそう。
リュドを知るために、名前や年齢を偽ったアカウントを作り、彼の仕事のパートナーであるアレックスとつながるのよね。
それにしてもラストシーンが…。
♣R
怖かったですよね。
♥M
ほんとうに。クレールは回復してきていて小説を書き直している最中で、精神科医の先生に「違った未来も選べる」なんて言って、希望を感じさせるようだけれど…。
クララになりすましていたときに使っていた携帯から、アレックスに電話を掛けているということでしょう?
また始めようとしてるの? ってぞっとする。
♣R
しかも、微笑んでいましたからね。
♥M
そうそう。ニコニコしているの。気がふれてしまった人の感じ。
そして不穏な音楽で盛り上がって終わる。
♣R
すばらしい終わり方!
♥M
本当にすばらしいぐらい怖い終わり方。
クレールは、このまま退院するのかな。
♣R
まだ退院出来るような雰囲気ではなかったですが、治るというものでもないような気がします。
彼女の元々の素質ですからね。
♥M
そうそう。病気という程ではない。
クレールは、このままどんどんエスカレートして、クレイジーになっていくのかな。
♣R
絶対にそうなりそうですよね。






