◎57本目『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』
2026/03/05
【あらすじ】
2006年のニューヨーク。人気俳優のジョン・F・ドノヴァン(キット・ハリントン)が29歳の若さで亡くなる。死の真相は自殺、事故、あるいは事件にまきこまれたのか謎に包まれている。
10年後、新進俳優として注目されるルパート・ターナー(ベン・シュネッツァー)が、11歳のころジョンと間で交わしていた100通以上の手紙を1冊の本として出版する。さらには、著名なジャーナリストの取材を受けて、ジョン・F・ドノヴァンの死の真相をめぐるすべてを明らかにすると言うのだが……。

♥M
すごくよかった。痛みが伝わってきた。
考えることもあったし、胸も打たれたし、こういうのを「いい映画」と言うのね。
ドランの映画で英語というのが新鮮だった。
♣R
いつもはフランス語ですからね。
でも、撮影場所が変わっても、ドランは不動のものを持っているのがいいですよね。
場所や環境が変化して、有名な俳優ばかりを使うようになると変わってしまうこともありますが、それを感じないですからね。
♥M
本当に。才能ね。同じテーマで描き続けるのは、そうとう勇気がいると思う。
同じゲイの監督といえば、オゾン監督と比べてしまうけれど、ドランの方が直球ストレートだよね。
♣R
オゾンの方がいじわるな感じがします。
♥M
そうそう。いじわるだし、ひねる。
有名な俳優といえば、今回はハリウッドの女優も出演しているけれど、それこそ…。
♣R
スーザン・サランドンとか。
♥M
『ハンガー』の時の、パンツ姿のヌードを思い出したでしょう?(笑)。
♣R
脳裏に(笑)。
顔のアップシーンが多かったですよね。
時おり見せる登場人物たちの表情が本当によくて、特にお風呂場でのスーザン・サランドンのまなざしが印象的でした。
♥M
ジョンとお兄さんがはしゃいでいるのを眺めているシーンね。
女優もいいのだろうけど、撮り方が本当によかった。
ジョンのマネージャー役の女優(キャシー・ベイツ)も有名な人だよね。
『ミザリー』の人!
♣R
ああ、ミザリー!
子ども時代のルパートの先生もよかったですよね。
ルパートの母親は、先生に対して差別的な目を持っているということですか?
♥M
差別的なのか、劣等感なのか。
♣R
先生に対して「私はバカじゃない」と、言っていましたね。
♥M
引け目を感じているのかもしれないね。だから、差別というよりは、コンプレックスに近いのかも。
■歌に字幕があるか、ないか
♣R
いつも音楽が特徴的ですが、そんなに目立った感じがしませんでした。
いつもよりは、ミュージックビデオ的なものが抑えられていたような気がします。
でもよくよく考えると、歌詞に字幕がなかったから、そう思ったのかもしれませんね。
字幕があったのは、お風呂のシーンぐらいでしたね。
♥M
ああ、たしかに。字幕担当の人の意図なのかな。
♣R
『Mommy/マミー』や『たかが世界の終わり』の時は、歌詞に字幕があったので、歌詞と物語がリンクして感情移入も深まりましたが、今回はそれがあまりできなかった。
英語が分かれば本当はいいのですが…そこが惜しかった!悔しい!
♥M
少年時代のルパート(ジェイコブ・トレンブレイ)と彼のお母さん(ナタリー・ポートマン)が再会するシーンで「Stand By Me」を使ってしまうのは、すごいと思った。
私はあのシーンで、やられてしまった。ドランの思う壺。
♣R
ド定番なシーンを持ってきたようなものですからね。
♥M
あのシーンは一歩間違えたらコメディになるくらい本当にベタなシーン。
それを全部分かって、狙ってやっているのに、泣かせるなんてすごい。
♣R
しらけないですからね。
♥M
そう。これでこうなって、こうなると、自分で分かっているのに感情があふれてしまうのは、それまでの作り込み方や物語があった上でのものだから、これくらいやってくれていいとさえ思った。
それまでのやりきれなさや、息子と母親との噛み合わない関係は、それくらいやらないと埋まらない。すごくいいシーンだった。
♣R
そういえば、ドヌーヴが出演している『愛しすぎた男 37年の疑惑』で流れた「Stand By Me」のシーンも、素敵でしたよね。
♥M
あったあった。海辺のシーンね。
今回のは女性の声で、アレンジもよかったね。
(*イギリスのミュージシャン、フローレンス・アンド・ザ・マシーンによるものでした)
■相対的に母親に求めるもの
♣R
今までのドラン作品でも母親との関係が描かれていて、だいたいの母親が、うわぁーって嫌味を言うけれど、本当は主人公のすべてを分かっていて、あたたかいもので包むような人物ですよね。ドラン映画の中での典型的な母親像。
♥M
私もドランらしいと思った。しかも2組の親子で、それが描かれていたね。
両方の親子関係がそういうものだからこそ、ジョンとルパートの人生がかぶって、友情が芽生える。
♣R
そういうテーマにブレがないし、割と同じテーマを描き続けているけれど、どの作品も飽きさせないですよね。
♥M
同性愛、マイノリティ、母親、音楽、という組み合わせが「ザ・ドラン」だけれども、またか、という感じがしないよね。
♣R
ドランはインタビューで、そういったものは「特別」ではなく、「誰にでも母親はいるし、ゲイの愛だってただの愛だろ?」と、言ったりしていますよ。
♥M
でも、ドランの当たり前は、みんなの当たり前ではないからね。だからそれが個性になる。
フランソワーズ・サガンも、ブルジョワの小さな三角関係しか描いていない、って言われたりするけど、でもそれは彼女にとっての普通の世界を描いているからなの。
りきちゃんは、お母さんと一緒に映画を観に行ったりして仲がいいけれど、ドランの映画で描かれているようなお母さんとの確執みたいなものはあったの?
映画の中では、ルパートはお母さんと友達だったと言っていて、あだ名で呼び合ったり、友達同士でつけるネックレスをつけたりしているけれど、あの関係性と似てる?
♣R
うーん…友達と話すようなことを話す間柄とは少し違うかもしれません。
似ているところは、父親が家にいなかったという部分ですかね。
父親がいないと、いわゆる「普通の親子」とは、違う関係性になるような気がします。
♥M
ドランの映画では、息子を猫かわいがりして近親相姦的な間柄になる、という風には描かれないよね。でも、そうなるケースもあるでしょう? 恋愛感情に飢えている母親が、息子にそれを求めるという。
でもドランの映画での母と息子の関係はそういうのがいっさいない。
ドラン自身は確執はあったけれど、母親に愛されているという実感はあったのかな。
♣R
そういう感覚はあると思いますよ。
しかも深い愛を感じますよね。
♥M
ドランのなかでは母親に求めるものが強大という感じがする。
■自分の目指している場所ではない
♥M
少年時代のルパートが興奮しながらテレビを観ているシーンはすごかったけれど、あの気持ちは分かるね。
♣R
ルパートにとって、ジョンは人生のすべてだと話していましたね。
人生を比べるというのもおかしな話ですが、ジョンとルパートの人生の上がり、下がりが対比のような感じでうまく描かれていましたね。
♥M
ジョンは、ルパートの手紙から、誰にも理解されない孤独が伝わってきて、すごく共感していた。だからこそ、ルパートへ宛てた最後の手紙に「これから感じるであろう孤独が分かる」と書いたのかもしれないね。
♣R
これから同じ世界に身を置くものとしての、先輩からのひとことのようなものでもあるし。
♥M
うん。ゲイとかそういうものだけの話ではない。
もちろんゲイであることは、ジョンにとって秘密にしておきたいことだったのかもしれないけれど…。
♣R
時代もあったと思いますよ。
♥M
ジョンが活躍していた2006年というと、世の中でムーブメントが起こる前ね。
今ほどオープンではないけど犯罪級レベルでは批判されない、端境期のような時かな。
14年前というと、りきちゃんは何歳だった?
♣R
19歳です。
日本では、シンガーソングライターの中村中がトランスジェンダーを公表した年です。
自分も、次の1,2年で、ゲイという理由でゼミを辞めさせられたり、セクシュアルマイノリティの居場所作りとして作った部活の案内ポスターが「ホモとかレズを連想させるから(当時の担当者の言葉通りで書いています)」という理由で、大学側から勝手に剥がされ、大学側に抗議したりしていました。話題にはなっていたけれど、今ほど考えは浸透していなかったような気がします。
♥M
そう思うと、ジョンがゲイだということを隠していたのも分かる。
ジョンがちょっと関係のあった男性ウィルを訪ねるシーンがあるでしょう? 別れ話をするために。 そのときのウィルの言葉が印象的だった。
「自分はまだ若いし、自分の生きたい場所で生きたい、
隠れた存在としているのは、自分の目指している場所ではない」
♥M
すごく響いた。今、自分がいるべき場所、いたい場所はここではない、っていう感覚が強くおりてくる時みたいな、そういう瞬間ってあるよね。
♣R
ウィルは、ジョンに別れを切り出されたのと、ゴシップが広まったことでそう考えるようになったのかもしれないですが、もしウィルが高校の時からジョンを知っていたよ、という話をしなければ、関係は続いていたと思いますか?
♥M
続いたとしても、割と早い時期に別れると思う。
ジョンの繊細さを受け止めるような性質の人ではないと思うから。
■「ムリだ」の中にある孤独
♥M
大人になったルパートを演じている俳優(ベン・シュネッツアー)は、活躍している人?
♣R
自分は初めて見ました。
♥M
つぶらな瞳と純粋さが、りきちゃんに似てると思いながら見ていたの。瞳の光り方が似てる。
大人になったルパートを取材している女性の記者(タンディ・ニュートン)が、いわゆる偏見を持つ世間を代弁している。
彼女は貧困問題などが専門で、はじめは軽薄な俳優のインタビューだとバカにしている。
♣R
記者が今まで書いていたメモをくしゃくしゃにして、インタビューをやり直すシーンが好きです。大人になったルパートが、貧困や政治、環境のことも大事だけれど、自分にとっては、ジョンとのやりとりは同じくらい大事で、これはひとりの子どもを救った話なんだと、説得しますよね。
♥M
彼女は優秀な人、知性の持ち主。
そのルパートの言葉をちゃんと受け止めて、自分の中に取り入れて、言葉の意味に気付いてる。その時の彼女の笑顔が、とてもよかった。
♣R
彼の言っていることは、本当に真実ですよね。
♥M
「あなたが扱っているテーマと比べて、自分たちの問題は劣るのか?」と、ルパートは言っている。
でも決してそうではない。地球規模の問題も、ひとりひとりが抱えている問題もその重さに違いはないと思う。名シーンだった。
女性記者の女優さんも魅力的だったね。
■最大のミスは、彼を切ったことではなく、彼を知らなかったこと

♥M
マネージャーは、ポリシーを持って仕事をしている人だけれども、ジョンとの契約を切った大きなきっかけは、ジョンとルパートの文通が世間に知れ渡った時に、ジョンがテレビ番組でルパートの存在を否定したからなのかな。
♣R
自分もそう思いました。現場の人への暴力云々が理由ではないような気がしました。
ジョンは、テレビ番組で、ルパートとの文通について、バカにするような発言をしましたよね。
♥M
マネージャーの彼女はそれを見て、複雑な表情をするよね。
♣R
手紙のことがきっかけでジョンの信念が変わってしまったと感じ、彼に共感できなくなったのだと思います。
♥M
ジョンが、少年をバカにしたのは、自分を守るため?
同じタイミングで、俳優兼男娼と噂されていたウィルと会ったことがゴシップ記事として出ていたから、少年愛だと思われるのを防ぐために文通を否定したのかな?
普通に文通していますだったら、いいイメージになるはずでしょう?
♣R
そうですよね。
♥M
露顕したタイミングが悪かったよね。
♣R
そこからジョンとルパートの人生が逆転していきましたね。
♥M
そうそう。
ルパートがジョンの本を出版するにあたって、マネージャーに取材をしているけれど、彼女は「最大のミスは、彼を切ったことではなく、彼を知らなかったこと」、と言っている。
その後のシーンで、大人になったルパートが、「はたして知るとは何だろうか」、というようなことを言っているでしょう?
考えちゃうよね、他人に自分をどこまでさらけ出せばいいのか…。
♣R
ゲイであるということに関してだったら、自分も迷っていた時代がありました
最初は隠していたし、話しても大丈夫だと思った数人にしかカミングアウトをしていませんでしたが、高校3年の時、もう卒業だからいいやという気持ちで、メール一斉送信でカミングアウトをしました。
大半は受け入れてくれましたが、中にはゲイなら仲良くできないという人もいました。
♥M
同世代で?
♣R
そうです。
それでもカミングアウトをするのを止めようとは思わなかったです。
ただ、仲良くなってからダメだと言われるのはやはり辛いので、一斉送信以降、カミングアウトする時は、仲良くなる前に話すことで自分と相手の間に1枚壁を作って、それでもよければ仲良くして欲しいという願いを込めてするようになりました。
♥M
私が「10人の男がいないと満足できない女ですが、いいですか?」と言ってから、付き合うか付き合わないかを決める踏み絵みたいなものね。
♣R
でもカミングアウトをしたからいいとも限らないし、さらけ出しのさじ加減は個人によって違いますからね。
一点の人生ではなく人生全てに関わってくることなので、一概にこうとは言えない。
自分にはたまたま周りに理解者がいましたが、そんなことをひとりで迷っていたら、孤独のどん底に落ちそう。
♥M
りきちゃんがカミングアウトした理由は、卒業だからいいや以外にあったの?
♣R
その時はそれしか考えていなかったと思います。
♥M
言っちゃって楽になりたかったとかは?
♣R
それはあるかもしれないですね。
あとは、ゲイになって初めて好きになった人に人生初のカミングアウトをしたのも大きかったかもしれないです。それで勇気をもらえたというか、自信がついたというか…。
♥M
私は、その一斉送信のカミングアウトの中に、りきちゃんの反骨精神を感じる。
ちょっと爆弾を投げ込んでやれ的な。
だってそうでなかったら、親しい人だけに言えばいいことでしょう?
むしゃくしゃしたものを持っていたから、すっきりしたかったのかなって思った。
■いつか堤防が決壊する時
♥M
厨房で手紙を書いているジョンのシーンで、おじいさんが出てくるでしょう?
有名な方なのかな。
♣R
ハリーポッターシリーズのダンブルドア校長役の人ですって。
♥M
神様みたいな感じで登場するよね。
ジョンが、おじいさんに「今、自分がいるところは、誰かから奪っているんじゃないか」と言って、おじいさんはそれに対して「君だけの場所だから、誰からも奪えはしない」と、答えている。
♣R
ジョンにとって、おじいさんの言葉は救いになっていたような気がします。
♥M
私はおそらくジョンほど抱え込んでいないし、そこそこ発散しているし、この場所かな、と思う場所にいるかもしれないけれど、それは自分自身がそう思っているだけで、いつか堤防が決壊するみたいな時が来るかもしれない、って思いながらジョンを見ていた。
♣R
それがいつ来るかなんて、分からないですからね。
♥M
分からないし、今、自分がどの段階にいるかも分からない。
本当は退屈だ、ここは嫌だ、居心地が悪い、と感じていることが、自分が思い込んでいるよりも、意外と多いのかもしれないって、そんなふうに思った。
結果的には薬の過剰摂取で死んでしまったけれど、ジョンは最後の手紙で「ちょっと眠って再出発する」と希望のある言い方をしていたね。あれは本当の気持ちだったと思うな。





