ふたりの映画鑑賞記/よいこの映画時間

◎84本目『水の中で』

【あらすじ】
夏の終わり、俳優のソンモ(シン・ソクホ)は自主制作で短編映画を撮るために、大学時代の同級生サングク(ハ・ソングク)と後輩のナミ(キム・スンユン)を誘って、リゾート地である済州島にやってくる。
けれどシナリオがなかなか書けずに、悶々としながら海辺を歩いていたとき、ひとりの女性と出会い、それをきっかけに、アイデアが浮かび、撮影が始まるが……。
全編ピンボケという映像の映画。




♥M
ホン・サンスのピンボケ映画に乾杯!

♣R
全編ピンボケ映画に!

♥M
ピンボケに濃淡はあったね。

♣R
表情が少し分かるかなというシーンと、完全にぼやけているところがありましたね。

♥M
遠景はピンボケで、近いところは背景を見せたりするところがあったけれど、いつもそうではなくて、シーンによって変化していた。

♣R
以前、『ザ・トライブ』という映画を観たのですが、会話が字幕のない、全て手話の作品で、かなり集中をしながら、内容を想像して観た作品があります。

♥M
どこの映画?

♣R
ウクライナです。あの時はかなり集中して観たような気がします。
今回の作品は、字幕はあるものの、全編ピンボケで表情が見えづらい作品なので、その時と同じくらい場の雰囲気や言葉の抑揚、間を感じ取りながら、かなり集中して観なくてはいけないと思っていました。でも、ピンボケの映像と共に、自分もぼんやりした気分になってしまい、映像に溶け込む感じでした(笑)。

■実験的なホン・サンス


♥M
ホン・サンス特有の会話の反復が多かったけれど、今回は単語も反復してたね。
代名詞をあまり使わない感じだった。少ししつこいと感じてしまったくらい。

♣R
いつもよりしつこかったのか、実はいつもと同じくらいの反復だったけれど、映像がぼんやりしていたからそう感じたのか…どちらですかね。

♥M
映画は俳優の表情や演技に込められるものが大きいけれど、その部分があらかじめ閉ざされている中で、俳優たちはどこをどういう風に、どう思いながら演技していたのかな。
たたずまいや演技に出てしまうから、気を抜いているわけではないとは思うけれど…。

♣R
ホン・サンスからの挑戦状ですね。
ホン・サンスのインタビューを読むと、観客は意味や答えを求めるけれど、そんなに意味はない、と話していることがあるので、今回は意味を求めてしまうようなちょっとした表情などを、敢えて見えないようにしたのかもしれませんが、逆に意識してしまいますよね(笑)。
ソンモを演じたシン・ソクホは、ホン・サンスがこういう手法を選んで撮った理由について、こんなことを言っていました。

これは私の個人的な考えですが、映画は視覚芸術ですよね。
ではそこから視覚の要素を排除したらどうなるか。
はっきりとした視覚が得られなければ、人は画面の質感や音などを中心に映画を見ることになります。
そういう状態で見た場合にどんなことを考えるのか。
そういうことを今回監督は試してみたのかなという気がしています。

♥M
でも本当にそうなのかもしれない。
例えば、この作品がホン・サンスの処女作なのであれば、また別の意味はあると思う。
でも、これだけ多くの作品を撮ってきた中のひとつで、実験的にこんなのやったらどうかなという感じぐらいだったのかな。

■漠然と続く撮影


♣R
カメラを撮っていた男性サングクは、『小川のほとりで』で3人の女生徒と付き合っていた人を演じていた俳優でしたね。

♥M
そうだよね。どこかで見たと思ってた。
ナミ(後輩の女性)への絡み方が何だかいやらしかったよね。

♣R
主人公のソンモは後輩のナミを気に入ってるけれど、サングクがナミにベタベタしたり、仲良くしているのを見て、不機嫌になったり、ふたりを離そうとしたり、とてもヤキモキしている。
ナミに対する話し方と、サングクに対する話し方が全然違いましたよね。

♥M
だって、サングクは嫌な男だもの。

♣R
サンドイッチを食べている時も嫌味っぽかったですよね。

♥M
ピザとパンが続いたから白米が食べたい、胃もたれする、とかね。すごくしつこかった。
パンとピザが続いたくらいでムスムス言わないで、ひとりで米食べてろ、と思った(笑)。
私はとてもイラつきましたよ!

♣R
きっとサングクは昔からこういう感じですよね? 
なぜ、こんなに嫌味っぽい人に手伝いを頼んだのか…。

♥M
ソンモは、友人と後輩に手伝ってもらって映画を撮ろうと思っているけれど、宿の女性にロケ地の家賃相場を聞いたりしているから、今の生活が嫌だと思っている人なのだろうね。

♣R
映画のシナリオを考える上で、ぼんやりしたり、イライラしているのかと思っていましたが、自分の人生や今までの生活がうまくいってないからなのかとも思えましたよね。

♥M
うまくストーリーが浮かばずにいたけれど、海辺で出会った女性とのやりとりをそのまま撮影に使っていたから、あまりオリジナリティのない人なのかもしれないね。

♣R
みんな落ちこぼれ感がありましたよね。

♥M
ソンモはきっと、死んでしまいたいと思っているよね。

♣R
遺作的なものを撮りたかったということですかね。

♥M
でも、何を撮るかもあまり決めないで漠然と撮っている感じがした。

♣R
ホン・サンスの撮影方法みたいですよね。

♥M
うん、だから監督が自分と重ねている部分はあると思う。

■ナミの過ち


♥M
唯一、ナミに表情を持たせたのが、夜中に「しっかりしろ」という叫び声を聞いたと話すシーン。

♣R
結局、その叫び声の謎も分からずじまいでしたね。

♥M
うん、そうなの。
しかも、ずいぶん長く反復会話が続いているシーンだった。
その会話の中で、ナミが自分の過ちを知っている誰かが叫んだのではないかと、過去があるような感じで話していた。
ナミはきっと自分の過ちを告白したくて、自分は罪深いと話し始めたのに、ふたりともスルー。誰もそのことについてツッコまなかった(笑)。
あれだけ反復している時間があったのならば、聞いてあげればいいのに!
そこがちょっと面白かった。
そういう部分を敢えてシーンとして入れるのはどうしてだろう…。

♣R
あんたたち、そういうところだよ! って感じですよね。
男の軽薄さみたいなものを描きたかったのかもしれないですね。
ナミとソンモは仲がいいですよね。

♥M
お互いに想いあっているよね。

♣R
ソンモはナミと仲がいいのに、ナミの過ちのことは知らなかったんですかね?

♥M
そこまでの深い関係ではないのだと思う。
「恋愛なんて一度もしたことのない そんな男なんです」と、歌っているくらいの男だからね。
電話をしていた昔の彼女とも、浅い付き合いだったと思う。

■映画通の人のための映画


♥M
ラストシーンで使われた歌は、ソンモが昔、付き合っていたヨンヒ(キム・ミニ)に電話で使用許可をとった誕生日プレゼントの歌だったけれど、とても悲しい歌だった。
海のシーンだったから、『ドリーマーズ』の時に話したシャルル・トルネの「ラ・メール」の歌と、『気狂いピエロ』のラストシーンで使われていたアルチュール・ランボーの『永遠』の一節が重なったな。

ーーーまた見つかった! 何が?
永遠が
太陽と共に去った 海が

♣R
海の中に入っていくという撮影をしているシーンは、演技として海に消えたのか、自殺的な意味合いで本当に消えてしまったのか、そのあたりもよくわからないまま終わっていきましたよね。

♥M
そういう終わり方がフランス人にはたまらないのかもしれないね。
最後の数分くらい…海辺でこういう曲を使って、こういうものを撮ろうとソンモが話し始めるあたりから、突然ストーリーが今までとは違うものが動き出した感じがした。

それまではクチャクチャ食べたりしながら、反復の会話で私たちを苛立たせながら何も始まらないという感じだったのが、急展開して、いきなりのラストシーン。
歌が流れる中、ソンモが海の中に入っていって、シャッと画面が黒くなって突然終わったから、ちょっと衝撃だった。

そんな終わり方に、ゴダールのような、ヌーヴェル・ヴァーグの作家主義的なものを感じた。
それまでは、そんなに意味はないし、別にそれを深く捉えるのであれば、それは君たちの自由だよという感じで、煙に巻かれているのか何なのか分からないと思いながら観ていたけれど、そのラストシーンに「何か」が出てしまっている感じがした。
映画を見慣れている人たちにも何か刺さるものがあるとするならば、あのあたりに集約されていると思う。

今まで観てきた『旅人の必需品』や『小説家の映画』、『WALK UP』とかは、ストーリーもわかりやすいし、語る余地があるけれど、それでもやっぱりホン・サンスの作品は、映画通の人のための映画で、鑑賞者を選んでいるような気がする。



~今回の映画~
『水の中で』
2023年 韓国
監督:ホン・サンス
出演:シン・ソクホ/ハ・ソングク/キム・スンユン

-ふたりの映画鑑賞記/よいこの映画時間