■私のブエノスアイレス*9■
2018/12/13
プライベート・ライブ。
そう、Esteban・Morgado エステバン・モルガドが私たちのためだけに、演奏してくれるという。
エステバン・モルガドはギターの名手で、私より8歳年上のいま60歳。その彼が率いるカルテットの演奏で、私はよく踊っている。たまらなく好きな曲もある。
ライブの場所はレストラン「Los 36 Billares」。
時間少し前にタクシーで到着。名前の通り、広い店内にビリヤード台がある。奥に案内される。分厚いカーテンを開けると、そこに、私たちの人数分の縦長のテーブル席、そしてステージがあった。
それほど広くなく、入った瞬間、ああ、今夜のライブは「聴く」んだな、と思った。踊るためのスペースがないもの、って。
ワインで乾杯し、メンバーが登場し、一曲目が始まり、そしてどのくらいの時間が経過したのか。
ライブが終わるまで、私は一週間のブエノスアイレス滞在中、もっともびりびりと感電したときを過ごした。
最初から最後まで泣いていた。
昨夜のタンゴバルドのとは、また違う。
あの、目の前で、エステバン・モルガドが演奏をし、大好きな曲が流れ、ギターのモルガドはじめ、カルテットのメンバーの熱量が、部屋全体をゆるがすほどに満ちて。私は一曲目から涙をコントロールできなかった。
ヴァイオリン: Quique Condomí 、バンドネオン:Walter Castro 、コントラバス: Horacio Hurtado。
いつも泣いてばかりいるように思われるかもしれなけれど、そんなことは、ぜったいに、ない。感動ほぼゼロ、涙とは無縁、からからに乾いている音楽会のほうが圧倒的に多いのだから。
<2>に書いたように、やはりブエノスアイレスの大地からあやしいガスが放出されているに違いない。だから私はだんだん、おかしさを増しているのだ。
二曲目、「Por Una Cavesa」が流れたときには、席を立ってお友だちと踊っていた。モルガドが、どうぞ踊って、と言ってくれたこともある。
最初、踊るスペースがない、って思ったけど、そんなことはなかった。小さな小さなスペースで、私たちも、ほかのひとたちも踊っていた。
タンゴバルドと違って、エステバン・モルガドには「これは聴いていたい」という曲があって、そのときはテーブルについて、ステージの彼らを見て、身体を震わせ、そして踊りたい曲が流れると、踊った。
好きなミロンガの曲が流れたとき、先生が誘ってくれた。脚をかなり痛めていたはずなのに。このひとも愛すべきLoco ロコ(クレイジーな男性)だ。
「Cinema Paradiso」「Morena」……
そして「Tango del ultimo amor」。
これは直訳すると 「最後の愛のタンゴ」ってなるのかな。でもultimoには、最終的なとか、終着点みたいな意味を含めたいから、私はこれを「究極の愛のタンゴ」って勝手に訳していた。
私はこの曲がほんとうに好きだった。どんな気分のときも、この曲で踊ると、こころの底の底が、しん、となった。
それが、ライブでいま。
部屋の、ステージから一番遠いところの片隅で、私はほとんど嗚咽しながら踊っていた。
*↓曲だけ。うっとりムードのときにどうぞ。
ラストは「Libeltango リベルタンゴ」。
感激を伝えに行ったことも、集合写真を撮ったことも、記憶にほとんどない。無防備すぎる笑顔がすべてを語っている気がする。
バンドのメンバーが帰り、おいしそうなお料理が目の前にあっても、ひとかけらも口にできない。
放心状態、だったみたい。あとでお友だちから、そのときの様子を言われて知った。
自意識過剰なところに、自分を曝け出すことが嫌いで、いつも演技をしているはずなのに、あられもない姿を見せていたのだ。いまさらどうにもならないけれど、そんな状態になっていたことが、信じ難い。
***
いったいあれは何だったのか、と考える。
3ページしか書かなかったノートに、このときのことが書いてある。
「あのぼたぼたとこぼれ落ちる涙はいったい何だったのだろう。美しいという表現では足りないほどに、あの、そう、シューベルトの死と処女以来の感動があった。ブエノスの街並みを見てもミロンガに行っても7割、いや6割程度だった私のなかの何かが一気にあふれでた。私はまだこんなに感動できるんだ。自分のなかに、もう失われたのではないかという感受性が、たしかにあるのだと実感できたことへの涙なのか。プライベートの贅沢なライブ、というだけではないだろう。椅子に座って聴いているだけでもよかったかもしれない。でもやはり踊りたかった。身体中で感じたかった」
少し、説明が必要。
ずっと以前に、同じような経験をしたことがある。23歳のときだ。もう30年くらい前。23歳。「人生にデビューした」とする年齢。好きになった男性が私を芸術世界にいざなってくれた年。文学、絵画、映画、さまざま世界を見せてくれて、そのひとつに、シューベルトの「死と処女(おとめ)」があった。
ウィーン弦楽四重奏団のコンサート。つまらなかったら目立たないように眠っていていいからね、と彼は言った。
私は何の知識もないまま、席についた。そして、その曲が流れた瞬間から、雷にうたれたようになり、第四楽章が終わるまでの50分間、異空間につれていかれ、そこで感情のひだというひだを、痛いほどに刺激され、ハンカチで口を押えないと声が漏れてしまうくらいに嗚咽していたのだ。
はじめての体験であり、以来、何度かそれに似た感動というものを音楽から得て来たけれど、そこまでの状態になったことはなかった。
あの日あのときのエステバン・モルガドのライブは、23歳のあのときの状況に酷似していた。どうにもならない感情のうねり、どうにもならない、身体の反応。
おそらく、すべての条件が整ったときに起こる現象なのだろう。
演奏者の熱量と、私自身の人生のシーズン、そのときの心身の状態、誰が近くにいるのか、ということまで含めて、すべての条件が整ったときにしか起こらない、ごく稀な現象なのだと思う。
あんなことが頻繁に起こっていたら、身体がもたない、気がふれてしまう。
***
エステバン・モルガドの余韻にぐっしょりと濡れながら、次なる場に。
「ZONA TANGO」、興味があったから行きたかった。ユニークな空間で、誘われて踊りもしたけれど、ここでの記憶はほとんどない。だから詳しく書けないの。
一時間もいないで、お友だちふたりと、みんなより先にホテルに戻ったのは、彼らったら、誰かからもらった煙草のようなものを吸っていて、よれよれになっていたから、私が連れて帰ってあげたのよ。かわいい男子ふたりをね。
そして、ホテルに戻ってから3人で過ごしたひととき。
このことは書き留めておきたい。
***
よれよれになっていた男子、ひとりは、世界旅行中にブエノスに立ち寄ったお友だちだった。<1>で「途中で1人がふいに登場して、ものすごい贈り物を爆弾のように投げこんで、あっという間に次の地に旅立っていった」と書いた、彼。
ホテルのプールサイドのデッキチェアにごろんとして、煙草を吸いながら、夜空を眺めながら、私たちは言葉少なに、ほどんど「ああ」とか「はあ」とかという声だったような気がするけれど、エステバン・モルガドの余韻に浸っていた。つよく感動したときって言葉が出てこない、ってほんと。
そして私は、こんな体験をくれたお友だちに、こころからの感謝を伝えた。もうひとりの、よれよれ男子も、めずらしく、感情をあらわに、気持ちを伝えていた。
いま、あらためて、伝えたい。エステバン・モルガドのライブを私たちにプレゼントしてくれて、ありがとう。
前日に、あまり話したがらない彼から、私はしつこく「詳細」を聞き出していた。
すべてはここに書けないけれど、私は、彼の話に胸をうたれていた。
彼はエステバン・モルガドがとても好きで、彼らの生演奏を聴きたいと思った。だから連絡をとった。私たちがブエノスにいる日程でプライベートライブが可能かどうか。スケジュール的に可能だったから、お願いした。ギャランティも交渉したくなかった。値切ったり、そういうことはしたくなかった。自分で金額を決め、それを提示した。だって、好きだから。みんなとそれが共有できて、みんなが喜んでくれたら最高。自分が好きで勝手にしたことだから。なーんにも望まない。
(もちろん、のちに先生が、このあたりのことはちゃんとなさっていました)
私は彼のことを好きだと思った。
どれほどの財産があるかないかとは無縁のところで、お金の使い方に、私は過剰なほど反応する性質がある。
お金がの使い方が美しい人と美しくない人。これは残酷なほどに、くっきりと私のなかで区分けされている。私の好みで。性格が悪いと思われたっていい。だって、シャネルも言ってるもーん。「私はお金の使い方で人を判断する」と。
お友だちの名を呼び、ほんとうにありがとう。と、もう何度目かの「Gracias グラシャス」をしつこく言う私。
このきもち、20年前だったら、からだではらいたいところなんだけど。
いや、いまでも大歓迎。
うそつけ……。
そんなくだらないやりとりをはさんだりして、また「ああ」「はあ」と、余韻に浸る。
「ああ、ほんとによかったなあ……」と夜空を見上げるそのお友だちの横顔。
「ほんとによかった、泣いている人もいましたからね」と身を乗り出して彼に伝える、もうひとりのお友だち。あとからこのお友だちも告白していた。あの曲が流れたときには泣きそうになった、って。ごめんね書いちゃった。
そして、私たちは、エステバン・モルガドのプライベート・ライブをプレゼントしてくれたお友だちに、私たちからの心からの感謝を。彼とそこでの価値観が同じだったことも嬉しいこととして記録しておきたい。そうよ、ふたりで両側からね、夜空を見上げる幸福そうな彼のほっぺに、ちゅ、ってしたの(うそかなほんとかな)。
午前、もう何時だったのだろう。
ホテルのプールサイドの夜気。満たされた空気。3人で過ごした、あのひととき。
ブエノスアイレスの暗い夜空にモルガドの4人の姿がくっきりと見え、音が響いてきそうなひととき。余韻にたっぷりとひたった、なんの迷いもなく言える、あれはしあわせなひとときだった。
*おまけ。モルガドのリベルタンゴ。8分くらいあります。長いです。お時間あるときにどうぞ。
(2018.10.30)