▽映画 ブログ「言葉美術館」

■暗闇と「アスファルト」とカタルシス

 

 

 数日前、どうしちゃったのよ、と声にだしたいくらいに力が入らなくて、なにひとつこの世の中に興味のあることなどない、そんな暗闇に落ちてしまった。

 仕事なんてできない、というか、仕事ってなんだっけ、という状態。

 薬飲んでひたすら眠ってしまいたいけど、そのあとがつらくなるから避けようと思う。このあたりは割と冷静なことにひとりでほっとする。

 というわけで、映画に逃避。

 アマゾンプライムでウオッチリストに入れていた「アスファルト」を観た。それほど期待せずに、PCからテレビの画面に接続することもなく、ベッドでごろんとしながらPC画面で。

 観終わったあと、しずかな涙がひとすじだけ、つつつつつー、と流れた。

 ああ、人間っていとおしい。生きるって悪くない。

 あたたかい、なに、このあたたかいものは。じんわりとしみいるものは。

 芸術にはカタルシスがあるって、ほんと、このことだわ。

 2時間前の私といまの私はまったく別人だもの。

 

「アスファルト」は傑作だと思う。

 好きな女優イザベル・ユペール目当てで観たのだけど、彼女が主役というわけではない。群像劇。

バレニア・ブルーニ・デデスキもすっごくよかったなあ。やはりすごい女優だなあ。

 フランス郊外の、さびれた工業地帯の団地に住むひとたちの生活が淡々と描かれる。裕福ではなく、幸福とはちょっと離れたところにいるかんじのひとたち。

 けれど、そんなひとたちのちょっとしたよろこび。

 ひととの関わりによってもたらされる、よろこび。爆笑ではなく微笑のような。

 私にカタルシスをもたらしてくれた「アスファルト」、忘れないために書き残しておきたいと思った。

 ああ、そうそう。ユペール演じる「女優」が酔っ払って泣きながら言うセリフ。

「彼の隣で眠りたいの」

 これ、刺さってしまったことを告白しておこう。彼に抱かれたいの、キスしたいの、抱きしめて欲しいの、では刺さらなかったと思う。

(記事の最後に予告編リンクあります)

 

 ヨギーのスパイシーなお茶をすごく濃くして飲んでから、次の映画。

「僕と世界の方程式」。数学の才能をもつ少年が主人公で、彼は自閉症で、幼いときに父親を交通事故でなくしていて、そのとき彼も同乗していたものだから、すごい心の傷まで負って、生きるのがほんとうにしんどそう。そして母親は彼を愛しているけれど、ふたりはうまく交流ができない。

 映画そのものは「アスファルト」の次だったこともあり、それほど響かなかったけど、ラスト間際のワンシーンのセリフが心に残った。

 天才少年が恋をする。でも、これなに、みたいなかんじで戸惑っている。そんな彼に対して母親が彼にもわかるような言い方で話す。

息子「(愛について)答えを見つけようとした。公式も見つけたけど理解できなかった」

母親「理解できた人はいないわ」

息子「チャン・メイ(←仲良くなった女の子)と一緒にいると、頭がいつもと違うふうに動く。体も変な感じだ。なぜそうなるのかわからない」

母親「それはね……こういうことよ。誰かがあなたを愛しているとき、その人はあなたのなかに何かを見てる。その人にとって価値のある何かよ。あなたの価値ね。でもつらいこともある。あなたが好きになった相手が気持ちを伝えてくれなかったら不公平に感じる。それから愛する相手が人生から引き算されることも。自分の価値が前より減ったように感じる。意味わかる?」

 うん、わかる。

 って聞かれてもいないのに、ひとりで答え、ほんとうにそういうことなのだ、って思った。

 誰かを愛するということは、そのひとの価値を見つめ続けるということ。その価値はほかのひとにも見えているかもしれないけれど、もしかしたら私にしか見えていないかもしれない。どちらでもいい。とにかく、ひたすら見つめ続けるだけ。

 

 まだ夕刻なのにビールを飲む。

 そして三本目に突入。「スポットライト 世紀のスクープ」

 新聞記者がカトリック教会のスキャンダル(神父たちの小児性愛、レイプ)を暴いた実話をもとにしたストーリー。

 さいきん映画館でフランソワ・オゾンの「グレース・オブ・ゴッド 告発の時」を観たばかりだったし、それ以前から、教会のこういうおぞましい事件に関する本は読んでいたから、「ええー、そんなことあるのー」という驚きはなかったけれど、記者たちがすっごい熱意をもって取材をし、真実をさらけだそうというその姿をひどく遠く感じながら観ていた。いいなあ。こんなふうに情熱的になにかに夢中になれて。

 「アスファルト」でカタルシスを得たとはいえ、私は外が明るいうちからひとりビールを飲む自堕落女。新聞記者たちがひたすら眩しかった。

 

 夜遅くに、ちょっと酔ったお友達から電話。

 彼が夢中になって、さいきん感銘を受けた本の話をするのを、これまた眩しく聞いた。

 そして眠った。一週間くらい、よく眠れなくて数時間睡眠だったのだが、久しぶりによく眠れた。

 なので翌日は、すっきり。

 すっきりすると思える。ああ、昨日の、なにこれ、なんなの、というひどい落ちこみ、それを言い訳にした逃避も必要だったのだと。

 そんな日もあります。わりと多いけど。

 というより、睡眠って、ほんとに大事、ってことかな。

 

 というわけで、「アスファルト」予告編どうぞ。

 

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