MODEな軽井沢 特別な物語

◆家庭優先のデザイナー、シビラ◆2009.3.2

2020/04/22

「乾燥した赤土色」や「くすんだオリーブ色」の色彩。
「刺繍」「レース」などの伝統的な手仕事の風合い。
一見しただけで「スペイン!」を思わせる、それがシビラの服です。

15年くらい前、シビラのパンツスーツを買ったことがあります。
まさにくすんだオリーブ色でしなやかなライン。
気に入って、色んなところで着ていたものです。

このスーツ、当時の私には(今もそうですが)、けっして安価ではなかったから、即購入を決めたわけではありません。試着の後、「とても気に入った!」「でも高いなー」と、もじもじしていました。
そんな私にシビラの店員さんは言いました。

「これはシビラという、スペインの芸術家の作品なんです。それを身にまとえるって素敵ですよね」

ああ……。
「スペインの芸術家の作品」……。

当時は(今もそうですが)、ピカソ、ダリ、ガウディといった「スペインの芸術家」についていろいろと勉強し、憧れていたものですから、この店員さんの言葉で、ノックアウト、購入を決めたというわけです。

その後、「Sybilla(シビラ)」は、若い年齢層向けの「Jocomomola(ホコモモラ)」のラインを打ち出しました。

ぜったい私よりもひと回り下の年齢層に向けているはずなのですが、ふらふらっと引き寄せられてしまうのは、その色合いやデザインが、どこかノスタルジックでそそられるからです。

ちょうど数日前のこと。

娘と二人で出かけたのですが、「おでかけだからおしゃれをしたい」という娘にホコモモラのボレロを貸しました。
シルクとアンゴラなので手触りが最高で、よく着ています。

このボレロ、袖は私には五分丈ですが、娘には十分丈でちょうどいい。
ボレロの前を、ブローチでとめたら、すごくいいかんじ。
私よりしっくりきているように見えます。
娘は十歳だから、ターゲット外とは知りつつも、なぜか強烈に、
「やはりホコモモラは私の年齢層ではないのだな」
と実感してしまいました。

けれど悔しいので、登場回数の少ないもういっこのホコモモラ、オリーブグリーンのコートを着て対抗しました。
 ……。

以上、私のささやかなシビラ&ホコモモラ小話でした。

さて、「スペインの芸術家」シビラですが、スペイン人ではありません。ちょっとびっくりです。
父親はアルゼンチン、母親はポーランド人、生まれはニューヨークで、七歳のときにスペインに移住したのです。

デビューは1988年のミラノコレクション。25歳の新人に向けられた賞賛と驚嘆の拍手は、ファッション界にゴルチエが登場したときの衝撃を思わせるものでした。

ところが、シビラは貪欲に作品を発表し続ける他のデザイナーとは違っていました。

「最近結婚して気がつきました。ファッションはある意味で狂気の世界です。
一度成功しても、半年ごとにその成功を塗りかえていかなければならない。
そのためには、一ヶ月に20回も飛行機に飛び乗らなきゃならない。
私には、仕事の栄光より、よい母であることのほうが大切に思えるの」

「小さいときに母を亡くすと、母の存在は、子供の残りの生涯に生きていたとき以上に強いものとして残ります。
母親のエッセンス、力、理想が子供に深く浸透します。
少なくとも、私の場合はそうでした」

そんなシビラのやり方に、苛ついて離れる企業もありましたが、静かに支え続ける企業もありました。そのひとつがイトキンです。
シビラは「日本の企業と仕事をするのが好き」と言います。その理由は、「彼らがクリエーティブであることを尊重してくれるから」。

シビラが「狂気の世界」と言った、めまぐるしく移り変わるファッション業界にあって、「家庭優先」を貫くシビラ。

「狂気の世界」にあって、「より狂気なもの、より狂気的な生き方」を目指す人は、ある意味、「凡庸」なのであって、シビラのような人を本当の意味で、「反逆児」というのではないか。
私はそのように思い、シビラのことをとても好きだな、と思うのでした。

そんなシビラの理想の服は次の通り。

「理想の服というのは、それを着る女性に安心感を与え、ある種の武器になるような。
その服を着ていると、男性が足元にひざまずくような、しかも同性の女性をも魅了するような」

     参:「世界のスターデザイナー 43」

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