●美術エッセイ『彼女だけの名画』13:フィレンツェ、美しき受胎告知
2020/08/26
「路子さん、僕いつも疑問に思っていることがあるんだけど、キリスト教文化が生み出した芸術、たとえば宗教画ね、それはキリスト者でないものにとっても芸術なんだろうか」
私に問いを投げかけたのは40代後半の男性。彼は野心みなぎる実業家で、頭も体も全身仕事モードで人生突っ走っているかんじなのに、ときたま、こんなことを言う。
私は彼が好きだ。魅力的だと思う。恋愛についても熱く語り、彼にしか通用しない理屈みたいなものをもっていて、納得できないこともあるけれど、ときおり、ぐさりと突き刺さることを言ってくる。
「路子さん、やっぱりね、自分の人生を生きなくては。自分のステージをもたなくてはね!」
けっして目新しい言葉ではないのに、ぐさりときたのは、「恋人とふたりで人生を歩みたい」と熱望し「自分」という単位を見失いつつあった時期に聞いたからだろうか。
魅力的なひとは、そういうタイミングも見逃さない。