●美術エッセイ『彼女だけの名画』19:ギリシアにあらわれた、彼の夢の女
2020/08/26
「眠っているときがいちばんかわいい」と、恋人に言われたことがあるひとは、どのくらいいるだろうか。
私は言われたことが多く、これはどう考えても、目覚めているときがよほどかわいくないということ。
相手がそれを口にしたときの状況や言葉の響きにもよるだろうけれど、褒め言葉ではない。「寝顔もかわいいね」くらいなら嬉しいのに。
夏に恋人とギリシアを旅した際、彼は私の寝姿をたくさん撮っていた。あがってきた写真を見て驚いた私は、なぜこんなにたくさん、と彼に尋ねた。すると彼はあっさりと答えた。「だって眠ってばかりいたから」。
そうだった。ギリシアには「シエスタ」という昼寝の習慣があり、私は旅行1日目にしてすっかり染まってしまっていたのだった。時間を持て余して彼はシャッタを切っていたのだろう。
ただ、その写真を見て、妙な感覚を抱いた。その写真に映っている私は、もちろん私なのだけど、私ではないように見えた。
私の姿形は映っている。
けれど、私の内面的な性質はひとかけらも見出せなかったし、その写真からは寝息が聞こえてこなかった。
人形、あるいは死体のようだった。
「デルヴォーの絵みたいだ」
彼が言った。
私は、ロンドンのテイト・ギャラリーで観た1枚の絵を思い出した。