◎Tango ブログ「言葉美術館」

■「いくつもの涙といくつもの笑顔」とチチョと「変化」と

 

 いま、路子倶楽部で連載している小説「タンゴ、カタルシス」でワルツを使いたいシーンが出てきた。好きなワルツを流しながら、どれにしようか考える。こういう時間は大好き。

 ふたりが踊るシーンをイメージして、ラグリマス・イ・ソンリサス( Lágrimas y sonrisas)に決定。

 やはりRodolfo Biagi(ロドルフォ・ビアジ)よね。そのピアノ、超絶技巧から「Manos Brujas(魔法の手)」の異名をもつアーティスト。いや、確かに訳は魔法の手、なんだろうけど、私は「魔の指」のほうがいいと思うの。魔の指……なんかぞくぞくするもの。

 さて。「ラグリマス・イ・ソンリサス」は Pascual De Gullo(パスクァル・デ・グショ)作曲。

 私はこれを「いくつもの涙といくつもの笑顔」と訳している。

 難解ではないものの、この訳に決めるまで、かなり時間を要した。

 そう、この曲をふくめたワルツばかり聴いていたときがあった。そのときのこと。

 Lágrimasは涙の複数形でしょ、sonrisasが迷うところで、ほほえみ、微笑、笑顔、笑い……いくつかの表現がある。

 あるひとの人生を思うとき、あるいは、自分のいままでの人生を思うとき、「いくつもの涙といくつものほほえみ(微笑)」はちょっと違う気がする。

 涙と、の次にくるものは、ほほえみより、にっこり笑顔が、いいな、と思う。

 

 それで、ユーチューブの動画でこの曲で踊っているひとたちのをざっと見たのだけど、どうしてこんなに響かないんだろう、どうしてこんなに最後まで見ていられないのだろう。

 そんななか、ぴかぴかに光っていたのが、このペア。私が好きなChicho Frúmbol(チチョ・フルンボリ)。どうしても見入ってしまう。

 いいなあ。私の「いくつもの涙といくつもの笑顔」のイメージにとても近いなあ、そういうタンゴだなあ。とくに、後半のビアジの魔の指が奏でる高音の調べ、あのせつなく胸がしぼりあげられるところ、そのときのふたりの動きや表情が好きだなあ。

 このふたりにあって、ほかのひとたちにないものは何だろう(←あくまでも私がざっと観た動画のなかの話です)。

 自分のことは棚に上げて、この答えが韜晦趣味的でいやーなかんじだと承知した上で言えばこうなる。

「問:このふたりにあって、ほかのひとたちにないものは何だろう? 答:タンゴとしか言いようがありません」

 

 チチョの動画はたくさん保存してあるけれど、チチョが出ている映画「タンゴ・リブレ」が観たくなった。囚人役でね、男同士ですっごいタンゴを踊るの、チチョ。

 というわけで、私が、いいなあ、って思った動画をご紹介します。

 2017年4月の、そして2018年5月の。

 いちにちいちにち、ひとは変わるからタンゴも変わる。私はこの変化を見るのが好き。

 

 そして、こんなことを書いたり観たりしていると、踊りたくてたまらなくなる。

 

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