■女の髪「恋愛100の法則」 なかにし礼■
2016/06/27
髪を短くしてから、周囲の感想はさまざまで、とても面白い。
先日は久しぶりに会ったひとから「失恋でもしたの?」と聞かれて笑ってしまった。
聞いたひとも、「いまどき、そんなこと言う人いないよね」と言って照れ笑いしていた。
ふと、なかにし礼が「髪」について書いていたことを思い出して、本棚を探した。
「恋愛100の法則」、これ、とっても面白い。
「時には映画のように――口説く」と「愛人学」のふたつのシリーズが合体したようなつくりになっていて、「髪」は「愛人学」のなかのひとつ。
「髪は女の命だという。ならば、その命を俺にくれ、と言ってみたくなるのが男の恋心というものである。女の髪が美しければ美しいほど、それを犯してみたくなる。
そういうサディスティックな欲望もまたどんな男の中にも蟠っているものだ。
「俺のために、ショートカットにしてくれ」と言って、女を困らせたことが僕だって何度かある。
切ってくれた女を僕はこの上なく大切にしたが、切ってくれなかった女への愛情はその場でしぼみ始めた」
エディット・ピアフの『愛の讃歌』という歌の中の「あなたがそう希むなら、この髪をブロンドに染めもします」という感動的な一節は女の恋愛心理の永遠の真実である、と男たちは信じている」
「男のために、美しい自慢の髪をバッサリ切ってみせる時、女の値打ちはぐんと上がる。また、これくらいのことができないようじゃ、幸せになんかなれないだろうな」
と、このように、ある種の人々からは猛烈な反感を買いそうなことを、言っている。
髪が女の命というならば、その命を俺にくれ。
……これが男の恋心というならば、男の恋心とは、なんて幼いのだろう、と私でさえ思う。
そして、なかにし礼の、女の愛し方が自分の好みに合うかといえば、そうではない。
けれど、好きな、何かがある。
何だろう、このなかにある、何が私は好きなのだろう。
思考をうろうろとさせた結果、やはり情念という言葉が出てくる。
熱くて重くてうっとうしくて、におうほどの、想い。
それを内包した男たちが、私はたまらなく好きなのだ。
そしてこの種の男たちが、この先、どんどん減ってゆくようで、とっても淋しい。
軽井沢は一枚また一枚と、秋のベールを脱いで、もうすぐです。もうすぐ美しい冬のヌードの季節が、訪れます。
そんな季節、失われつつある情念の男たちへの愛もこめました、「愛は禁断を超えて」。今週末21日です。ぜひみなさま、いらしてくださいね。