■■ピカソと時間旅行■■
2016/06/27
「アートサロン時間旅行」という小さなカルチャースクールみたいなものに情熱を注いでいたころ、世の中には、現在ほど一般向きの絵画本がなかった。
だから最初の本の出版までにはとても時間がかかった。
なんども諦めるくらいに。
28日のトークサロンのために、そのころから使っているテキストをひっぱり出してきて、あのころの情熱を懐かしく思っている。
二十代の半ばだからもう二十年前の話で、ときの流れに、ほとんど唖然とする。
そしてテキストの内容、レクチャー用に作成されたノートを見て、その浅さに驚く。
いいえ、けっして、「いまはすごくふかい」と思っているわけではない。
あくまで比較の問題。
それでもやはりあのころ、二十年前や、それから数度おこなったピカソとミューズについてのトークよりは、現在の自分というものを反映させた内容にしたいと思っている。
晩年のピカソは絵について教えてほしいと友人から言われて次のように答えている。
「人から教えられなくても必要なことがすべてわかるときがふいにくるよ。それまでは、何をどう説明されてもまったく役に立たない」
このところ、もちろん「すべて」ではないけれど、このピカソの言葉の片鱗みたいなものを経験することがある。
嬉しい感覚とともに。それがとても嬉しい。
ところで、新しく手に入れた本「ピカソと恋人ドラ」が、とても興味深い。
つくづく、「恋愛というものはふたりのあいだで起こる事柄」なのだな、と思う。
最近、娘との会話のなかで、わたしがあるウソをついて、それをすぐに告白したのだが、そうしたらウソが上手だとほめられた。
そしてそのあと、彼女はつぶやいた。よっぽどウソをついてきたんだね。だって。小説家はウソつきなんだよ、と言うしかありませんでした。