●美術エッセイ『彼女だけの名画』3:フィレンンツェ、「ヴィーナスの誕生」
2020/08/26
からだじゅうの細胞が空気に溶けてゆく感覚。
ふわっと異国の人間を包みこんでしまう街。旅行者であっても旅行者ではない、私もこの街の現在を創っているひとりなんだ、と感じさせる街。
私にとってフィレンツェは、いままでに訪れたどの街よりも、私に異邦人である、という事実を意識させない街だった。
旅行者が多いから、というのもひとつの理由なのだろうが、それだけでは説明のできない何かが、たしかにあった。
五百年前にこの街の人々が生み出した、自由で新鮮な空気がいまも残っているから、そんなふうに思えるほどだった。
街をあたたかく見守るサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂。
街を歩いていてふと上方に目をやるといつでも赤褐色の丸屋根が目に入る。
大聖堂がきれいに見えるカフェに入り、カプチーノを飲んだ。